第8話 プライド

「・・・うわっ、お兄ちゃん、朝から頑張ってますねえ」


 僕はリビングでテレビを付けながらBUTTONボタンをやってたけど、それを覗き込むようにして集中力を乱す奴がいた。

普津美ふつみ、お前は兄の邪魔をして楽しいかあ?」

「そっちこそ、テレビを見てないのにアツマチをやってるなんて、電気代の無駄です!」

 そう言うと布津美はテレビのリモコンを押して切ってしまった。えっ、えっ、今日の占いが・・・

「・・・お母さんが言ってるでしょ!何事にも省エネよ、しょ・う・エ・ネ!」

「はいはい、それは分かったから、頼むから僕の邪魔をしないでくれー」

「お兄ちゃんが無駄使いをしてるのがいけないんです!ったくー」

「お前さあ、最近、ますます母さんに似てきたぞ」

「お兄ちゃんは最近、お父さんに似てきてルーズ過ぎるんです!」

 普津美はそう言って僕の前で腰に手を当てて怒ってるけど、本気で怒ってる訳ではなさそうだ。その証拠に顔は笑っている。

「・・・そんなに朝から頑張ってるなら、わたしのチョコモンを育てて欲しいなあ」

「却下。お前、そうやって僕にいつもいつも頼んでくるけど、自分でまともに育てた事がない」

「そ、そんな事はないよ。ちゃあんとピッカチュウをエライチュウに進化させたよ」

「あれは育てたではない。中途半端に『らくらいのいし』を使ったに過ぎない」

「うっ・・・」

「そのせいで、逆にエライチュウの育て方が難しくなった。進化させるタイミングを見誤ったとしか思えない」

「ま、まあ、そこはお兄ちゃんの腕一つでどうにでもなるでしょ?」

「はーー・・・結局は兄頼みなんだろ?」

「うっ・・・」

「普津美、お前にはプライドという物がないのかあ?」

「ないよー」

「アッサリ言うなよー!」

 僕はまさか普津美がアッサリ返事を返すとは思ってなかったら、逆に拍子抜けしたくらいだけど、肝心な普津美は「別にいいでしょ!」と言わんばかりに少し反らし気味にして僕を見ているほどだ。勘弁して欲しいぞー、ったくー。

「はーーー・・・、断っておくけどー、普津美がやってるのはチョコットモンスター・クリスタルだ。僕はチョコットモンスター・エメラルドを極めたくてやってるのに、普津美のクリスタルを極めても意味ない」

「はいはい、わかりました。そこは認めるからさあ、また今度、お願いね」

 やれやれー、普津美は相変わらずだなー。ま、そこが普津美の普津美たるところだ。

「・・・あー、そうそう、僕は午前中は出掛ける事になった」

「うっそー!?明日は大雨?それとも人類滅亡?」

「あのなあ」

「冗談に決まってるよ。お兄ちゃんが前言撤回で出掛けるのが珍しいから、ついつい揶揄からかっちゃいましたー」

「たまにはいいだろ?」

「たまにはね」

「だから、今のうちにアツマチをやっておかないと、普津美が帰って来た途端にBUTTONを取られるからチョコモンにかまけている余裕はない。という訳だから、普津美のチョコモンを育てるのは当面無理、以上!」

「はいはい、せいぜいアツマチを頑張ってねー」

「ご声援、ありがとうございます」

 はーー・・・やれやれー、こういうところは小学生の頃から全然かわってないなあ。

「・・・ところでお兄ちゃん、バイト代はまだ入らないの?」

「お前さあ、先週から二言目にはその話だぞ。いい加減にしてくれー」

「だってさあ、可愛い妹の為に兄は健気けなげにバイトしてるんだからー、そのバイト代で妹のために『リング・デ・ポン』の1つや2つ、買ってやろうという気が起きて当たり前だよー」

「お前さあ、僕のバイト代を自分の小遣いの足しにしようとしてるだろ?」

「さあて、何の事ですかねえ」

「はーー・・・もう少しでバイト代が入るから、それまで待て」

「約束だよー、というか、忘れたら承知しないからね」

「はいはい」

 はあああーーー・・・ホント、こいつにとって兄とは便利屋かあ?それとも金を運んでくる大黒様だいこくさまか何かと勘違いしてないかあ?


「行ってきまーす」


 普津美が学校へ行ったのは8時少し前だ。今日は土曜日だから当たり前だけど給食が無い。いくら吹奏楽部と言ってもお弁当持ちでない以上、午後1時で終わりだから遅くとも2時頃には帰ってくるはずだ。

 僕としては少しでも長くBUTTONをやっていたいのだが、さすがに平凡坂の駅にまでBUTTONを持ち込むのは我が家のルール違反だ。かと言って、平凡坂駅周辺に駐輪場は少なくて、いつも自転車が溢れているから探す手間を考えたらバスか徒歩だけど、バス代を使うくらいなら歩いていった方が得だ。となると遅くとも8時半に家を出ないとヤバイ!


「行ってきまーす」


 僕は8時20分に家を出た。時間ギリギリは僕のモットーではないから余裕を見ての行動だ。遅刻などいうのは僕のプライドが許さない!もちろん、今日はエッキーのサインをもらうのが目的であり、先輩と遊ぶ訳ではない。だから僕はタイソーに行く時と変わらない服、具体的に言えばジーンズにスニーカーというラフな服装だ。

 歩きスマホは他の通行人の邪魔になるし、もしかしたらそれが元でトラブルに巻き込まれるかもしれない。当然ですがスマホはポケットの中だ。

 そんな僕が平凡坂駅に着いたのは9時少し前、ノンビリ歩いていた割には約束の時間に余裕で間に合った・・・のだが、既に伊勢国書店の前には列が出来ている!ざっと見て50人!!マジかよ!?

「えーと、先輩は・・・」

 僕は列の先頭から目で確認していったけど、先輩らしき人物は見当たらない。かと言って同じ平凡坂高校の連中や中学時代の同級生らしき人物を見当たらない。僕は黙って列の最後尾に並んで、そのまま僕はスマホを取り出した。

 とりあえず、着いたという事だけは伝えておこう・・・


『着きましたよ。既に50人くらい並んでました』


♪♪♪~


 僕は先輩にメールしたけど返信は直ぐに来た。


『よーやく自転車を置く場所を見付けましたあ!今からそっちへ向かいます』


 そうか、先輩は自転車かあ。となると、やっぱり歩いてきて正解でしたね。

 僕はそのままスマホにイヤホンを差し込むとゲームを始めた。こういう時間潰しの時にやるのは、いつもモンコラに決まってる!最近はちょっとアツマチに時間をかけ過ぎてるから御無沙汰気味ですけどね。

「・・・おーい、お待たせー」

 どのくらい待ったのかは分からないけど、いきなり声を掛けられたから僕は顔を上げたけど、そこにはニコニコ顔の先輩がモンコラを覗き込んでいた。今日の先輩は眼鏡を掛けてない。

「・・・せんぱーい、遅いですよー」

「ごめーん」

「平凡坂駅は自転車NGだって事を知らなかったんですかあ?」

「あれっ?そうなの?」

「まあ、それはいいですー」

 僕はニコッと先輩に微笑んだけど、先輩もニコッと微笑み返して、そのまま僕の横に並んだ。

 先輩もスマホを取り出して何を始めたようだけど、最初は何をやっているのか僕は全然分からなかった。タイミングを見計らってチラッと見たけど、どうやら先輩がやってるのは『ぷよんぷよん』のようだ。

「・・・せんぱーい」

「ん?どうしたのー?」

「・・・勝負しませんか?」

「へっ?」

「ぷよんぷよん」

「別にいいけどー、後で泣きを見ても私は責任を取らないよー」

「あれっ?そんな強気な事を言ってもいいんですかあ?」

「いいよー」

 先輩は僕の顔を見る事なくノホホンと返事をしているけど、そこまで言い切られると僕としてはカチンとならざるを得ない!、何が何でもギャフンと言わせないと気が済まないのだあ!!

 僕はモンコラを閉じて、久しぶりに『ぷよんぷよん』を開いた。

「・・・せんぱーい、勝負です!」

「いいわよー」

 先輩は相変わらずのノホホン調で僕の顔を見る事なくスマホを見たままだ。


「いきますよー!」

「いいわよー」

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