第9話 「ぷよんぷよん」の神(?)
「・・・うわっ、マジかよ、まだ続いてる!」
「こいつら、信じられねえ!」
「ちょ、ちょっとー、どう考えても尋常じゃあないわよ!」
僕は自分の周りを取り囲まれているのは分かっているけど、顔を上げて誰なのかを確認するような余裕は全然ない!
僕と先輩の勝負は恐らく10分近く続いているのに、未だに決着がつかない!
最初、僕は余裕で構えていた。自慢ではないが、僕は『ぷよんぷよん』『テトリス』の2つは小学生になってから一度も負けた事がない!昨年の
準々決勝以降は講堂で保護者や一般の来場者、大勢の生徒が見ている前で行われ、しかもスクリーンで実際のプレイ状況を映しながら行われるのだから、毎年のように注目度抜群のイベントなのだ!因みに・・・なぜ保護者たちが文化祭でゲームをやるのを認めているのかというと、優勝者と準優勝者、3・4位には学校の菜園で獲れるジャガイモを始めとした野菜を送られるからだ。しかも優勝者には毎年段ボール山積みと決まっている!
だから特に母親が子供たちに「少なくとも準決勝に残れ!」とハッパをかけているのだ!当然だけど、うちの母さんも例外ではなかったけどね。
話が大きく逸れてしまったけど、そんな『キング』の僕に対し、先輩は互角の勝負を繰り広げている!
い、いや、正直に言うけど押されている!
明らかに僕はギリギリ堪えていると言った方が正しいのだ!
でも、先輩も僕の反撃の『おじゃまぷよん』のせいで僕に決定打を打てない。だからギリギリ堪えているのだが、そろそろ限界に近付きつつあるのは分かっている!
「・・・マジかよ、また堪えたぞ!」
「うわー、信じられねえ!」
「ちょ、ちょっとー、まだ続いてるなんて信じられない!」
いや、先輩は明らかに笑っている!時々「クスッ!」という声が聞こえてくるから余計に腹が立つ!ここまできたら負けたくなーい!!
『・・・えー、みなさま、おはようございます。ただいまより整理券を配布しますので、1列に並んで頂きますよう、お願いします』
「・・・せんぱーい」
「ん?」
「・・・この勝負、引き分けという事にしませんかあ?」
「いいわよー」
僕はこの先輩の一言で画面から目を離した。ここで僕の方が上まで積みあがって勝負ありだけど、既に引き分けで互いに手が止まっているから画面上は僕の負けだけどドロー扱いだ。
僕は負ける寸前に伊勢国書店の店員さんに救われた形になって、ホッと一息をついた。
いや、ホッと一息ではなく、「はあああーーー」という、大きな息を吐いた。
対照的に先輩は「クスッ」と笑っていたから、正直、めっちゃくちゃ腹が立った。でも、上には上がいるというのを改めて思い知らされたのも事実だ。事実は事実として冷静に受け止めるのも、時には必要だ。
時計を見たら9時55分。つまり、開店5分前だ。
「・・・ほら、並んだ並んだ」
「あ、ああ・・・」
僕は先輩に急かされる形で列に並び直したけど、僕が前で先輩が後ろだ。既に100人を超えると思われる人が並んでたけど、僕も先輩も10人近い人に囲まれて勝負を繰り広げていた訳だ。
僕は店員さんから整理券を受け取ったけど、その番号は『49』!
縁起でもない番号を渡されて僕は閉口していた。まさに『死ぬまで苦しむ』の49なのだから、さっきまでの先輩との勝負を思い出して苦笑してしまったほどだ。
「・・・いやー、この私を相手にして、あそこまでやる人は初めて見たわよー」
「はいはい、僕もあそこまで苦戦したのは初めてですよ」
先輩は『50』の整理券をヒラヒラさせながらニコニコ顔で僕に言ってるけど、僕は憮然とせざるを得なかった。
「・・・先輩はゲームの神ですかあ?」
「違うよー。『ぷよんぷよん』の神だよー」
「何ですかあ、それは?」
「まあまあ、気にしない気にしない」
僕は先輩が言ってる言葉の意味がイマイチ分からないから、思わず首を捻ってしまったけど、列が動き出したから僕は前へ進んだ。そう、開店時間になり、列の先頭の人が店の中に入ったからだ。
” すみませーん、個人的な写真撮影はご遠慮下さーい ”
店員さんが列に並んでいる人に呼び掛けているけど、列に並んでない人は盛んにエッキーをスマホで撮っている。まあ、『超』という字がつく訳ではないけど、それなりに名前が知られた芸人なんだから、写真を撮る人が出てきても不思議ではないし、中には「今、エッキーが来てるよ!」などと電話している人もいる始末だ。
どうやら既に本にはサインが書かれていて、ただ単に『〇〇さんへ』と書き込むだけになっているから流れはスムーズだ。お金を払って本を買うとエッキーが本に『〇〇さんへ』と書き込んで、同時に2枚まで写真を撮ってもらえるルールになっているようだ。だから殆どの人はエッキーの横に立った写真とエッキーと握手をしている写真の2枚を撮ってもらっている。
僕は小声で先輩に
「せんぱーい」
「ん?」
「手分けしませんか?」
「へっ?」
「二人なら4ショット撮れます。お互いがエッキーとツーショット写真、それとエッキーを挟んだスリーショット写真を撮っても、まだ1枚撮れます」
「なーるほど。たしかに並野君の言う通りね」
「最後の1枚の権利は先輩に譲りますから、好きな写真を撮ってください」
「そうさせてもらうわね」
いや、今日の僕は先輩の手伝いだ。本当は4枚の権利を先輩に譲ってもいい位なのだが、テレビに出るような名の知れた芸人と直接会えるチャンスは生涯を通じて数える程しかないはずだ。あくまで記念で撮っておくつもりでしか考えてない。
列は順調に進んで僕たちの番になった。
僕が代表して2枚の整理券と2冊分の本のお金を払い、領収書2枚とお釣りをもらった。スマホは僕のスマホで4ショットをお願いした。
本には『まほこさんへ』『みるくさんへ』と書き込んでもらい、そのままエッキーとの写真撮影だ。
「・・・いきますよー、はいチーズ」
最初に僕はエッキーの右側に立ち、そのままVサインを作って1枚撮った。その後に先輩もエッキーの左側に立って同時にVサインをしたサインを取った。僕はそこで横へ離れたけど、先輩はオーソドックスにエッキーの左側に立ってVサインをした写真とエッキーと握手をした写真を撮り、これで全部終了だ。
ただ・・・僕は先輩が写っている3枚の写真をメール添付の形で先輩に送信した後、サイン会の会場からかなり離れたところで、他の一般の人に混じってエッキーの写真を何枚か撮った。それは先輩も同じだった。僕の今日のお出掛けの理由は、表向きは『エッキーが平凡坂駅の伊勢国書店に来るから見に行った』なのだから。先輩も口に出しては言わないけど、おそらく僕と一緒だろうな。
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