最初の依頼

第7話 不思議ちゃんの思考

「・・・という訳で、明日、エッキーのサイン会へ一緒に行って!」

「そういう事だったんですかあ・・・」


 あらあらー、先輩もある意味、押し付けられて困っているという事ですかあ?

 でも、困っている人を見て見ぬフリをするのは良くない!いつもお婆ちゃんが言ってたから、ここで先輩を一人で行かせるのは絶対にダメです。それに、困っている時はお互い様の精神が大切ですよね・・・


 あれっ?


 どうして先輩を100円で買うんだあ!?


 百歩譲って、先輩が僕を100円で買うなら分かる。なぜなら、言い出したのは先輩であり、僕の明日の午前中の予定を先輩が100円で買い取った事になる。これだと、僕は先輩に明日の午前中の予定を押さえられたにも関わらず、僕の方が先輩にお金を払う事になる。逆じゃあないのか?


「あ、あのー、先輩・・・」

「ん?何か分からない事でもあるの?」

「どーして僕が100円を払うのか、その意味を教えて下さい」


 僕は極々普通の質問をしたつもりだったけど、先輩はキョトンとしてるぞ、あれっ?どういう事?僕の質問、そんなにおかしかったですかあ?

「うちのお姉ちゃん、私に何か頼み事をする時、こうやってたよ」

「へっ?」

「だーかーら、今回みたいにお姉ちゃんが私に『〇〇へ一緒に行って』とかお願いする時、お姉ちゃんはこうやって私から100円と消費税を取ってたよー」

「何それ?」

「その代わり、必ずマイスドに行ってドーナツを買ってくれたけど、殆どの時は『リング・デ・ポン』だったけどね」

「あのー、たしか『リング・デ・ポン』は110円でしたよねえ」

「そうだよー。正確には今年の4月から110円プラス消費税で、3月までは100円プラス消費税だけど、お姉ちゃんは『リング・デ・ポン』を2個とドリンクを買ってくれたよー」

「ふーん」

「それでー、お姉ちゃんは絶対に100円と消費税の8%、つまり108円を私から取るからー、誰かにお願いごとをする時は、1件100円プラス消費税、まあ、半日100円とか時間100円とか色々考え方はあると思うけど、少なくとも1件100円プラス消費税をんじゃあないのー?」

 おいおいー、要するに先輩のお姉さんは、何かのお願いごとを先輩にする時、必ずマイスドのドーナツ、リング・デ・ポンで先輩を釣るんだけど、ドーナツ代として先輩から100円プラス消費税を徴収しているって事じゃあないかよ!それでも先輩のお姉さんの持ち出しの方が多いのは間違いないけど、それを先輩は常識だと思い込んでる!

「・・・先輩、まさかとは思いますけど、消費税10%の意味は軽減税率の対象外だと言いたいんですかあ?」

「そりゃあそうでしょ?税率8%は食品とかの生活必需品の一部の物だけ。人間は軽減税率の適用対象外から、当然10%よ」

「で、でも、先輩のお姉さんは8%だったんでしょ?」

「身内だから軽減税率だよ。それくらい常識でしょ?」

 はあああーーー・・・マジで何を考えてるんですかあ!?頭のネジが1本どころか2本も3本もぶっ飛んでるとしか思えないですよ。 

「・・・お姉ちゃんはさあ、街で知らないオジサンから『お金をあげるからついてきて』とか言われても絶対にダメー、悪い事を考えてる人だよー、とか言ってたから、もしかしたら法律や条例に引っ掛かるのかもしれないけど、並野君は知ってる人だから多分大丈夫だよね」

 うわっ!せんぱーい、もしかして不思議ちゃんですかあ!?不思議ちゃんでないなら、どう考えても頭のネジが20本も30本もぶっ飛んでる!!先輩が本当に不思議ちゃんなら、ぶっ飛んでる以前の問題だあ!!!

 で、でも先輩は実際困っているし、それ以上に先輩は可愛いから、ここは先輩の思考ウンヌンより、困っている先輩を助ける事を優先しよう!


「・・・ま、まあ、いいですよ」

「サンクス!」


 やれやれー、僕もお人好しですねえ。本当ならBUTTONボタンでアツマチをやってる筈だったのが先輩のお手伝いですからねえ。ここは考え方次第だけど、先輩の笑顔を100円プラス消費税で買うと思えば損な取引じゃあないと思うよ。

 でもその時、先輩はポケットの中から黙ってスマホを取り出すと、それを僕の前にスーッと差し出した。

「・・・これは?」

 僕は意味が分からず先輩に聞いてしまったけど、先輩はニコッとした。

「折角の機会だから、教えてあげる」

「あー、ナルホド。番号とアドレスね」

「そういう事」

 僕もスマホを取り出したけど、先輩も僕と同じでdocodemoドコデモの、それも同じ機種の色違いを使っていた。それのやり取りが終わった後、僕は先輩の番号を見た。

「・・・へえー、先輩の番号、語呂合わせが結構面白いですねえ」

「うん、みんなから言われるよー。ホントは変えたいくらいだけど、逆に覚えて貰うのに丁度いいかなあと思ってるよ」

「でもー、今は家の電話もスマホも番号を登録できるから、電話するたびに番号を押す事がないですから語呂合わせウンヌンと言ってるのは、会社やお店の番号くらいですよー」

「あー、たしかにそうかも。並野君の番号、規則性が全然ないもんねー」

「でしょ?だけど、電話帳登録してしまえば、名前にタッチすればアッサリ終りです」

「ですねー」

 それを最後に僕と先輩はほぼ同時に席を立った。

「・・・それじゃあ、明日の9時、現地でいい?」

「いいですよー」

 僕も先輩も並ぶようにしてショッピングモールを出たけど、なぜか歩く方向は一緒だった。

「あれっ?先輩の家はこっちなんですか?」

「そうだよー。いつも私服でタイソーに来てるでしょ?殆ど家の前を通るのと同じだから、いつも着替えてから来てるんだー」

「僕もですよー」

「あらあらー、それなら同じ方向ね」

 僕たちは並ぶようにして歩いたけど、そのままショッピングモール前にある、片側2車線の県道を右に曲がった。この県道を右に真っ直ぐに2キロほど行った先には、僕と先輩が通う県立平凡坂高校がある。JRの平凡坂駅は、この県道を逆に左に行けば見えてくる。

「・・・並野君はもしかして、県道のこっち側に家があるの?」

 先輩はニコニコ顔で僕に聞いて来たけど、別に隠すような事ではないから「うん」とだけ短く答えた。

「ふうーん、となると、坂之中さかのなか中学になるのかあ」

「あれっ?もしかして先輩は坂之下さかのした中学ですかあ?」

「そうだよー。この県道は中学校区の境界にもなってるから、今、私たちが歩いている側は並野君たちの坂之中さかのなか中学、道のあっち側は私の母校の坂之下さかのした中学で、平凡坂高校は坂之下さかのした中学校区だからね」

「あー、たしかに」

「私は別にどの高校でも良かったけど、さすがに県内有数の進学校である私立上等じょうとう高校だけは最初から行くつもりはなかったから、家から一番近い平凡坂高校にしただけだよ」

「あれあれ、それって、僕と一緒ですね」

「似た物同士かな?」

「そうかも」

 期せずして僕と先輩は笑い合ったけど、その短くて楽しい時間も終わりだ。なぜなら・・・

「・・・じゃあ、僕、ここでお別れです」

 僕は信号機のある交差点のところで止まった。横断歩道は赤だけど、僕は横断歩道を渡らないからだ。

「ん?というと並野君はここを右に行くの?」

「そうです。というより、この角の隣の家が僕の家ですから」

 そう言って僕は自分の家を指差したけど、この交差点からも良くわかる、赤い屋根の家だ。

「うっそー!私の家の目と鼻の先じゃあないの!」

 先輩は僕の家を指差しながら声が裏返ってるけど、一体、どういう意味なんですかあ?

「だってー、私の家、あっちの交差点の角の家の奥、赤い壁の家だよ」

 そう言って先輩は交差点の向こう側を指差したから、あまりの近さに僕の方が驚いたくらいだ!

「マジ!?じゃあ、この交差点を挟んだの位置に先輩の家があるって事ですかあ!?」

「そうなるわよ!私もまさかこんな近くに住んでるとは全然思ってなかったよ」

「僕もですよ。小学校も中学校もこの県道のあっちとこっちでは違うから、全然知らなかったのも無理ないですねー」

「そうなるねー」

 僕と先輩は笑い合ったけど、ここで横断歩道の信号が青になった。

「それじゃあ、また明日ね」

「はいはーい」

 先輩は横断歩道を渡ってあちら側に行き、県道を渡る横断歩道の手前で止まった。その位置でもう1回、先輩はこちらを向いて手を振ったから、僕も手を振った。

 僕は先輩が県道の横断歩道を渡り終えるまで見てたけど、その先輩が横断歩道を渡り終えた時点で家に入った。

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