第2話 カナタ

 カナタは生まれてからずっとベッドの上で生活していた。

勇者パーティーの一員だった父が魔王討伐で受けた呪い――【バッドラックの呪い】――の影響を生まれながらに引き継いでしまったのだ。

側室だった母は、カナタを産むと同時に亡くなっている。

これも呪いのなせる業だったのかもしれない。


 この呪いは、ある程度成長しスキルも持っている大人ならば、多少運が悪い程度で済んだのかもしれないが、赤子だったカナタにとっては正に生死をさまうが如き呪いとなった。

成長と共に上がるはずのステータスは不運にも最低値にしかならなかった。

また病にかかる確率も高くなってしまっていた。


「【無病息災】とは言わぬ。せめて【身体安寧】のスキルさえ手に入れてくれれば……」


 父であるアラタ=ミル=ファーランド伯爵は、一縷の望みとスキルオーブを買ってはカナタに与え続けていた。

スキルオーブとは魔物がドロップするアイテムである。

魔物は倒されると光になって消え、DGドロップゴールドというお金と、稀にオーブを残すことがある。

このオーブこそガチャオーブと呼ばれるもので、アイテムオーブやスキルオーブ、スペルオーブなどの種類がある。


 オーブは、おおまかに分けると確定オーブと未確定オーブの二種類となる。

確定オーブはオーブを開けると何が出て来るかが判明しているオーブで、未確定オーブは開くとその場でガチャが引かれランダムに物が出て来る。

未確定オーブは開くとその場で所謂ガチャが引けるのだ。

元々オーブのドロップ自体がガチャによるものなので、二度ガチャを引くという感じになっている。

その中でさらにアイテムオーブ、スキルオーブ、スペルオーブに分かれ、未確定オーブのみ中身不明のものが存在する。

中身が不明といっても、そのアイテムやスキルがどのレアリティであるか確定しているものもある。

なので、高レアリティ確定の確定オーブは高く、未確定オーブはギャンブル要素が強いため安く取引される。


 アラタが用意したのは【身体安寧】スキルの確定オーブだった。

今まで散々確定オーブを使用して来たが、カナタはハズレを引いていた。

【身体安寧】スキルの確定オーブ、それを何度も手に入れてカナタに開かせたのだが、スキルが定着することは無かった。

おそらく確定オーブとは、限りなく少ない確率でハズレが入っている未確定オーブなのだろうとアラタは推測していた。

創造神がこの世界にガチャを齎したなら、ガチャ要素の無いオーブなど存在しないだろうからだ。


 この世界の子供には神からの祝福として5歳と10歳の誕生日にスキルの未確定オーブが与えられる。

これは与えられた本人しか開けない特殊な神オーブだ。

神からの祝福なのでその影響力は強くカナタでもスキルを得ることが出来た。

だが、その祝福でさえガチャという要素により【バッドラックの呪い】が発動しハズレとなるのだ。

カナタが得たスキルは、見たものを分類できるという【図鑑】と、地図が描ける【MAP】という世間からはカススキルと揶揄されるものだった。

だからアラタはカナタのために【身体安寧】スキルの確定オーブを買い与えていたのだ。

そのために伯爵家が貧乏になろうとも。

なぜなら、カナタの境遇はアラタ本人が負った呪いのせいだったからだ。


「カナタ、このスキルオーブを開けなさい」


 10歳を迎えたカナタはいよいよ弱って行き死の淵に沈んでいた。

カナタは10歳ながら、その体は5歳かと見まごう程小さかった。

まともに成長出来ていないのだ。

その小さな身体から生命力が失われていくのがアラタの目には見えていた。


「父様、もう無駄なことはしなくていいよ」


 カナタが力なく答える。

しかしアラタは一縷の望みをスキルオーブに賭けた。

カナタの手にスキルオーブを握らせる。


「さあ、開けと念じるんだ」


 カナタが念じ、オーブが開く光のエフェクトが生じるも、それは明らかにハズレエフェクトだった。


(このレアリティでも駄目なのか……)


 アラタが用意したのは【身体安寧】SRスパーレア【身体頑健】の確定オーブ。

ハズレてもレアの【身体安寧】ぐらいは手に入るはずと踏んでいた。

運が良ければRの確定オーブでSRスキルを手に入れることもあるというのに……。

まさかの結果だった。


「すまない。カナタ」


 アラタはカナタをベッドに残し、もっと上の確定オーブを手に入れるべく屋敷を出て奔走するのだった。



◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 衰弱したカナタは息を引き取ろうとしていた。

魂が抜け、所謂臨死体験で良く言われる、自分の身体を自分が見下ろすという状況を体験していた。


(このまま死ぬんだな)


 そうカナタの魂が見つめるなか、カナタの肉体に光が宿る。


(え?)


 その光は2度3度と輝き、最後に大きな光が輝き始めたと同時に父アラタがカナタの部屋に飛び込んで来た。


「カナタ! 死ぬな!」


 アラタはカナタ危篤の知らせを聞き、急いで屋敷へと戻って来たのだ。

アラタ到着と同時に【バッドラックの呪い】が最大限に発動する。

と同時にカナタの肉体を覆っていた大きな輝きが失われる。

それは勇者として転生するはずだった多田野信の魂と人格データの書き込みが妨害され消えた瞬間だった。


 そこには魂を失ったカナタの肉体(勇者仕様)が残されていた。

その肉体には称号【ガチャバカ一代(ラック増大強)】が付いていた。

死の危機により、魂を失った肉体に宿る称号の力がここに発動する。

ラック増大強の効果が【バッドラックの呪い】と拮抗する。


(あれ? 引っ張られる)


 カナタの魂がラック増大強により肉体へと引っ張られ定着する。

その肉体はステータスが勇者仕様に強化されているので、【バッドラックの呪い】によって死ぬような軟なものではなかった。

ここにカナタは生き返った。


「カナタ!」


 カナタが生きていることを知りアラタがカナタに抱き着く。

その結果、【バッドラックの呪い】が強くなり、カナタは気を失ってしまうのだった。

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