父親が呪われているので家出してガチャ屋をすることにしました―愛砢人形(ラブラドール)と行く異世界冒険譚―
北京犬(英)
家出編
第1話 プロローグ
「なんでこんな変な奴が勇者に選ばれたのよ!」
女神ソフィアは苛立っていた。
上司であるこの世界の創造神がガチャで選びだしたのは
なんの取柄も無いごく普通の男、前世では所謂モブ扱いを受けていた男だ。
あだ名もノブという名前からモブ、ただのモブと揶揄されていた人物だ。
そんな立場からの勇者無双というお話もラノベではありがちではあるのだが、女神ソフィアはこの人選に納得が出来ていなかった。
「創造神様のガチャ好きにも困ったものですわ」
この世界の創造神はある時思った。
人生とは偶然の選択の繰り返し、つまり起点となる節目節目にガチャを引いているようなものだと。
試しにある人物の運命をガチャにより選択してみた。
その結果が良好であり、そのうちガチャを引くという行為自体にハマってしまった。
ついに創造神はガチャ好きが高じて世界システムをガチャ中心に変更してしまうことになる。
この世界は中世ヨーロッパのような文明程度に魔法文化が加わった、剣と魔法のRPGのような世界だった。
魔物に覆われた世界を生き残るために、小国家が乱立し魔物を倒す拠点となっていた。
魔物を倒さねば人類は生き残ることが出来ないという世界で、魔物を倒すことが利点となる仕組みが必要だった。
そのために創造神がもたらしたのが、魔物を倒すとドロップするガチャオーブと
ガチャオーブからは、アイテムや食糧、武器防具魔道具などありとあらゆる物資が得られた。
DGは、ガチャオーブからもたらされた物資の取引に利用できた。
鑑定の魔法でアイテムを調べると、適正DGが表示され、物の価値が固定されたのだ。
余談だが、各教会に設置された
魔物から得たガチャオーブやガチャ機から得られる食糧やレアアイテム、流通貨幣となったDGで経済が回る、そういう世界に創造神はしてしまったのだ。
なので当然のごとく転生者の選定もガチャにより行われることとなった。
多田野は創造神が引いたガチャによって転生勇者に選ばれたのだ。
ただの運、偶然により資質も適性も何も無視して選ばれた男なのだ。
転生者側にとってみれば公平と言えば公平なのだが、そんな勇者を受け入れなければならない異世界としては多田野のような人物ではたまったものではないだろう。
女神ソフィアは溜め息をつくと多田野が延々と続けるリセマラを見守り続けることになった。
少し時間を遡る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここは?」
所謂白い部屋に
そこへ何処からともなく若い女性の声が響く。
「ここは転生の間です。あなたは事故で亡くなりました。
ですが、創造神様の御慈悲により異世界への転生が認められました。
異世界は中世ヨーロッパ程度の文明レベルの所謂剣と魔法の世界です。
あなたは勇者として異世界転生を望みますか?」
多田野の前には、いつのまにか美しい女性が立っていた。
その姿は白い1枚布を纏ったギリシャ神話の女神のような出で立ちだった。
見た目も金髪碧眼で絶世の美女と称するのが相応しい容姿だ。
「異世界転生! 願ったり叶ったりです!」
多田野は二つ返事で転生することを肯定した。
多田野も日本人、異世界転生のラノベを読んだことぐらいはあった。
今までは主人公になれるはずもない人生だったが、今度の人生は勇者確定だ。
浮かれても仕方がない。
「申し遅れました。私は転生の女神であるソフィアと申します。
それでは転生の手続きに入る前に少し説明させていただきます」
女神ソフィアがそう言うと多田野の目の前に大きなガチャ機が現れた。
上の容器にカプセルが入っていて中央下のダイヤルを回すとガチャが出て来るあれだ。
「なんでガチャ機が?」
多田野の呟きに女神ソフィアは溜め息と共に答える。
「創造神様がガチャにハマってしまって……。
あなたの転生もガチャで決まったのよ……」
女神ソフィアが目を逸らしながらポツリと言う。
それは多田野には衝撃の事実だった。
多田野は自らの何か隠された資質が認められて転生勇者に選ばれたと思っていた。
それがただのガチャで決まっていたとは正直落ち込まざるを得なかった。
だが、このまま異世界転生すれば多田野は勇者だ。
(もらえるスキルによってはチート無双できるな!)
多田野はそれ以上めげることはなく女神ソフィアに続きを促した。
「まずどのような身分に転生するか転生ガチャ機で決めてもらいます。
年齢はその身分で都合よく亡くなる方に合わせてもらいます」
「ちょっと待て。転生したとたんに老人では割が合わんぞ!」
多田野が突っ込むのも尤もだが、話の先は聞くべきだろう。
「安心してください。
年齢は0歳から14歳まで、この世界では15歳が成人なので、転生先は成人前の年齢に限定されています」
女神ソフィアの言葉に安心し胸を撫で下した多田野は、
そのままガチャ機に向かいダイヤルを回し、あっさりガチャを引いてしまった。
ガチャガチャ
「あっ! 説明がまだなのに……」
女神ソフィアが慌てるも後の祭り。
お約束の音が響くと、ガチャ機から光が溢れた。
高レアリティ確定のエフェクトだ。
ガコン
多田野の目の前にガチャオーブが転がりでる。
そのオーブは金色に輝いている。
多田野はオーブを
「だから説明がまだだと……」
女神ソフィアが呟く。
それを耳にしたのか多田野は女神に詰め寄る。
「おい、どうすればいいんだ!」
どうやら多田野は人の話を聞くような性格ではないらしい。
その身勝手な行動に溜息を吐きつつ女神ソフィアは説明を続ける。
「先に説明を聞いてくださいね。
ちなみにオーブは手に取って開けと念じれば開けられます。
って、もう開けたんですか!」
多田野がオーブに開けと念じると白い部屋の空中に文字が出現した。
【伯爵家 三男 10歳】
「うっし! 貴族だ!」
貴族転生確定で喜ぶ多田野。
(その裏で貴族家の10歳の子供が亡くなる運命にあるということなのよ?)
そう頭の隅で思いながら女神ソフィアは、転生先ガチャ機を消すと別のガチャ機を出現させて説明を続ける。
「転生するにあたっての転生特典として、こっちのガチャ機で10連ガチャを引いてもらいます。
転生者には合計10のスキルとアイテムなどが与えられます。
それを10連ガチャで決めてもらいます。
ガチャ機を1回回すと10回分ガチャが引かれます」
ガコガコガガガコン!
説明を聞くようにと言っているそばから、多田野はまたガチャを引いてしまった。
「またですか!」
女神ソフィアの苦労は絶えない。
派手なエフェクトを発生させつつガチャ機からオーブが次々と出て来る。
どうやらチートスキルが得られると聞き、行動に歯止めが利かないようだ。
多田野がオーブを開くと白い部屋の空中に文字が出現した。
「とりあえず、もう開けながらでいいですよ」
女神ソフィアがぷくっと頬を膨らませて言う。
「説明を続けますが、オーブの開放を
引く前に設定すれば勝手に開いて、そのように空中に文字が表示されます。
ちなみにお財布は
このお財布と異世界言語と、他にも生活魔法がありますが、これらは転生者必須なので出やすくなってます」
女神ソフィアの説明を聞いているのかいないのか、多田野は淡々とオーブを開け続ける。
なんとなく性格に難がありそうな雰囲気が漂っているなと女神ソフィアは顔を顰める。
「ちっ! せっかくのSRなのに槍聖かよ。
俺は槍使いにはなりたくねーのに!」
興奮気味の多田野を無視して女神ソフィアは淡々と説明を続けることにした。
「先頭のアルファベットはレアリティのランクですね。
GRは
LRでも30弱ですね。
勇者用として用意しているものはURが中心になるかと思いますよ」
多田野は女神ソフィアの説明が聞こえているのかいないのか無視するかのうようにオーブを開け続ける。
多田野が10のオーブを開け終わる。
どうやらその結果にショックを受けている様子だ。
「LR1、UR1、SR2、R2ですか。
10全てが高レアリティの特典になるわけではありません。
平均5つ高レアリティになるような配分だと思ってください。
運が良ければ10全て高レアリティの大当たりも狙えますが……。
今回は、ちょっとハズレでしたかね?」
その言葉に多田野が泣きそうな顔になる。
それはそうだろう。
たった1回しか出来ない(と思っている)ガチャがほぼハズレだったのだから。
女神ソフィアは人の説明を無視するからだと心の底で思いつつも助け船を出すことにした。
「悲しまないでくださいね。
ガチャはやり直し――所謂リセット――が出来ますから。
ガチャが大好きな創造神様は、なるべく皆にガチャを引いてもらいたいとお望みなのです。
ってコラ!」
説明もそこそこに、また多田野は行動に移っていた。
女神ソフィアは呆れながらオーブ開放をオートに設定した。
創造神様がガチャは開ける瞬間が一番楽しいと仰っているため、デフォルトがマニュアル開放なのだが、ガチャのリセットを行うような転生者は面倒の無いオート開放を望むものなのだ。
ガコガコガガガコン!
ガチャ機から光のエフェクトとオーブが排出される音がなる。
今度はオーブの自動開放を選択したので空中にガチャの結果が表示される。
「ちっ! ハズレか! 次だ!」
多田野がまた先走ってガチャを回そうとする。
「待ちなさい!」
強い口調で制止をしたのは、当然だが女神ソフィアだ。
「ガチャのリセットはペナルティがあります!
ガチャはそれを聞いてからにしてください!
損をするのは多田野さんですよ!?」
女神ソフィアのあまりの剣幕に多田野も手が止まった。
その様子を見て女神ソフィアは安堵の溜息を吐いて説明を続けた。
「ガチャを何回も引けることはお話ししましたが、ペナルティがあることをご了承ください。
ペナルティとしてリセットごとにガチャ機から1つずつオーブが減って行きます。
その減ったオーブがNのハズレなのかGRの大当たりなのかは創造神様でも関知していません。
ガチャは残り10個まで引けますが、そこで強制終了です。
どんな酷いスキルやアイテムしか得られなくてもそのまま転生していただきます。
あと転生を行うまでのタイムリミットがあります。
魂の保持期限と言えばわかっていただけるでしょうか?
それを過ぎれば魂が消滅し輪廻の輪からも外れますのでお気を付けください」
女神ソフィアが強い視線で見つめると多田野はその場でコクリと頷いた。
女神ソフィアは、ここまで人の話を聞かない人も珍しいと思いつつ、役目は果たしたとため息をつくのだった。
「それでは好きなだけガチャしてください」
多田野は早速ガチャ機へと手を伸ばしリセマラを開始した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
で、冒頭のシーンに戻る。
ペナルティのオーブ削除もものともせず、多田野はリセマラを続けていた。
途中、これで良いのではないかという中当たりの組み合わせもあった。
だが、多田野はそれよりも良い結果を望んでリセマラを続けているのだ。
多田野のリセマラは危機的な状況にまで追い込まれていた。
まず魂の保持期限が怪しくなった。
本来ならもっと早く決めて転生していくので、ここまでギリギリになるとは女神ソフィアも思っていなかった。
(このままでは転生が間に合わないかもしれない……)
女神ソフィアは最終手段として強制的に転生させることを覚悟した。
そして、転生の下準備として異世界における勇者の転生先の肉体を確保することにした。
転生先の肉体は貴族家の三男だが、病気により衰弱し死を迎える運命だった。
その死すべき肉体を転生に備えて神力で維持しているところだ。
この肉体を勇者たりえるものにするためステータスを強化する準備をした。
あくまでも準備なのは、先走って強化することによって死すべき状態を脱してしまうことになるからだ。
現地の魂の病死が覆ってはならない。
ガコガコガガガコン!
「ハズレ、次」
いよいよガチャからは基本セットとDGしか出なくなっていた。
それでも多田野はガチャを引き続ける。
基本セットは複数入っているため出易く、親切設計で重複しないようになっていた。
これが尽きたらいよいよハズレのDGしか出ないはず。
女神ソフィアは多田野の無謀な賭けに呆れるしかなかった。
ガコガコガガガコン!
(出た! GRとLRスキル! これで満足しなさいよ!)
「まだいけるな」
ガコガコガガガコン!
「ちょっと! なんで!?」
祈るような目を向けていた女神ソフィアを他所に多田野はさらにガチャを引いた。
GRとLRのオーブが消滅するかもしれないのに彼は強行したのだ。
既にURの異世界言語が無くなったかもしれないのに。
異世界言語無しでどうやって生きるつもりなのか……。
多田野はやたらハードルの高い選択をしている、いやもう選択し続けるしかなくなっているのか。
おそらくあと2回でラスト。
ガチャ機にはもう12個のオーブしか入っていないはず。
「じ、時間切れよ!」
ついつい女神ソフィアは声を出してしまった。
本来なら転生者本人の意思を尊重するべきところだったが、女神ソフィアは我慢出来なかった。
これまでのデータから残るオーブは5万DGか3千DGか2千DGのいずれかだった。
このうちの1つのオーブが既に消滅していて、次に消滅するのはURやLR、GRのオーブの可能性もある。
多田野にガチャを残り10個まで引かせていたら、その中の2つも消滅してしまう可能性があるのだ。
今がほぼ最良の結果だ、せいぜい最高で5万1500DGプラスになる未来しかない。
特別なオーブが消滅するリスクを負ってでも5万1500DGが欲しいのだろうか?
魂消滅の危機と脅してあったおかげか、どうやら多田野はガチャを諦めてくれたようだ。
URアイテムの1億DGが出て満足したのかもしれない。
「それでは転生を始めるわよ?」
女神ソフィアは転生先の肉体を勇者用に改造する術式を起動させた。
『ステータス上昇、肉体改造終了』
システム音声が流れる。
「それじゃ転生開始「やっぱもう1回ガチャを」やめてー!」
ガコガコガガガコン!
ギリギリでまたガチャが回る。
幸いなことにガチャは1千DG増える結果となった。
だがこのタイムラグが最大の不幸を呼んだ。
『スキル転送完了、アイテム転送完了、記憶データ転送完了、魂・人格データ転送……エラー。
再試行……再試行……時間切れにより魂・人格データは消滅しました』
システム音声を聞いて呆然となる女神ソフィア。
そこには魂と人格を持たない勇者としての肉体だけが残されていた。
だが、そこで奇跡が起こった!
転生ギリギリまでガチャを続けた多田野は【ガチャ馬鹿一代(ラック増大強)】という称号を得ていた。
それを引き継いだ勇者の身体に強運が働いたのだ。
肉体が強化されことと強運で、死にかけた魂が肉体に戻って来たのだ。
残念ながら多田野の魂が強運なのではなく、称号は多田野の身体となるべき肉体に紐づき肉体が強運だったのだ。
死ぬ運命を迎え肉体を転生勇者に利用されるはずだったファーランド伯爵家三男カナタ=ミル=ファーランドは強運によりここに生き返った。
勇者の肉体とレアスキルを手に入れて。
「あれ生きてる?」
女神ソフィアは多田野が入る予定だった勇者の身体に魂が宿り生きていることに気付いた。
勇者転生は神が直接現地人に干渉してはいけないという禁忌により回避措置として行われているものだった。
転生者を介することで現地人に干渉する。
目的からすれば、ある意味では魂や人格などはどうでも良かったのだ。
「現地人が勇者として活動してもらえるなら問題ないわよね……。
多田野さんちょっと変な人だったし……。
結果オーライということで」
女神ソフィアは転生失敗を見なかったことにした。
そのおかげでここにカナタという名の現地人勇者の物語が始まることになる。
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