第54話 ヤコイケ子爵

メアサ男爵の野望の崩壊はこんな話から始まった。


「メアサ男爵、リーキヤ領から来た商会から、回復薬の仕入れが出来ないとクレームが入っております」


「なに! 何故ヤコイケから回復薬を仕入れ出来んのだ。ヤコイケには大した商会が無いと聞いておるぞ。至急ヤコイケ子爵を呼び出せ!」


「はい。承知しました」


メアサ男爵の使いであるウオハ・ヨーニユ・ウギヨは、都市ヤコイケの領主の館に急いだ。


ヤコイケに入ったウオハは、胸を張り門番に大声で叫ぶ。


「我はメアサ男爵の使いウオハ・ヨーニユ・ウギヨである。ヤコイケ子爵の面会を求める!」


「はっ、承知しました。ヤコイケ子爵様に確認して参りますので、少々お待ちください」


「なに! この紋が見えんのか? メアサ男爵の使いである事は明白、入らせて貰うぞ!」


門兵を押し退け、館に無理矢理屋敷に入ろうとするウオハ。


「ちょっと待ってください」


ウオハが同行した騎士に目配せする。


「退け!」


押し止めようとする門兵を、ウオハに同行した騎士が押し倒した。


「何を騒いでおる!」


館から出て来た初老の男。


「む! お主は何者だ?」


ウオハは怪訝な顔で初老の男に誰何する。


「儂はヤコイケ子爵だぁ! この騒ぎは何事だぁ!」


(ん? ヤコイケ子爵は気の弱い青年と聞いていたが、この迫力のある男は何者だ?)


「我はメアサ男爵の使いのウオハ・ヨーニユ・ウギヨである。あなたは本当にヤコイケ子爵なのかな?」


「おいおい、子爵の前だぞ! 跪けぇ! お前は何様だぁ! メアサ男爵の使いだから多めにみるが、平民だろう! 不敬罪で首を斬り落とされても文句が言えんぞ」


ヤコイケ子爵は貴族の紋を掲げてみウオハを睨む。


「は、ははぁ」


跪き頭を垂れるウオハ。


「で、儂に何用だぁ!」


「はい、ヤコイケ子爵におかれましては……、メアサ男爵から至急、都市メアサに来るようにと言伝を──」


「なぁにぃ! 俺は子爵だ! メアサより爵位は上だ。呼び出すとはどう言う事だぁ! 用があるならそっちから来い! と言っておけ」


「は、はひぃー」


ウオハは這々の体で都市メアサに戻るのであった。


新ヤコイケ子爵。この男はビーカル辺境伯の元騎士だ。押しの弱いソウタに替わりヤコイケ子爵を継いだ。リーキヤ公爵からの手出しを毅然として撥ね除ける為に、ここに残ったのだ。


長年守り続けたビーカル領をリーキヤ公爵に奪われた事に憤り、最終的にリーキヤ公爵に攻め込まれるのも厭わず、ここで死ぬ事も覚悟の上で、意地を張り通したいと本人の強い希望があり、ソウタは年上のこの男を養子に迎えて、ヤコイケ子爵の家督を譲ったのだ。


ウオハが慌てて、走り去る後ろ姿を見詰めニヤリと笑った後、決意の表情に変わるヤコイケ子爵。


「始まったか……。リーキヤ公爵め、見ておれ、容易たやすくこの地を治められると思うなよぉ」


「ひぃ、メアサ男爵に何と言えば良いのだぁあああああ」


ウオハは都市メアサに急ぐのであった。

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