第十話 新たな祝福
その後、火竜がまた睡魔におそわれはじめたのを見て、僕とアキトは部屋を出た。
「――思ったんだけど」
「どうした?」
僕はアキトと火竜の会話を思い出して聞いてみた。
「アキトが火竜に『一つ減らせば、その分起きていられる時間も長くなる』って言って真実の剣をゆずってもらったけど、僕のしおりを渡したら結局数は同じだから、眠る時間は変わらないよね?」
アキトは首を横にふり、答えてくれた。
「変わるさ。真実の剣の持ち主だった者と火竜との付き合いは、何十年も続いていた。でも、ユウタとの思い出は一日とないから、それほど夢の中で対話する時間は取られないだろう」
「そうなんだ」
それを聞いて少し安心した。
「あ、あと『寝言に返事をしてはいけない』って。『おばあちゃんは教えてくれなかったのか?』っていうのは? どういう意味?」
「ああ、俺はカイトのばあちゃんが言っていたのを聞いたんだが……。ユウタの家では教わらなかったか?」
「うちのおばあちゃんから聞いたことはないけど……。檜葉くんのおばあちゃん、そんな話してたの?」
アキトは今度は首を縦にふった。
「ああ。寝言を言っている間、その本人は霊や神のような目に見えない存在と対話しているらしい。寝言に返事をするというのは間に入って邪魔をする行為だから、その霊や神を怒らせたり、何か悪いモノに付け入れられたりする。だから寝言に返事をしてはダメなのだ――と。迷信のようだが、火竜は正にそれだと思ったよ」
「火竜の寝言に返事をしたから、その霊とか神様が怒ったり、悪いモノがきて、そのせいで火竜もあんなに怖くなってたってこと?」
「おそらくは。寝ている当人の命を奪っていくこともあるそうだが、火竜の場合は生命力があり過ぎて奪いようがないから、それで周りに被害がいっているんだろうな」
「命を奪う……?」
「らしい。確かめたことはないが。――ユウタ?」
僕はこれまでに、入院中のお母さんの寝言に答えたことがあった。
あの時はほほ笑ましい気持ちでいたけど、急におそろしくなって、もう二度と何も言わないでおこうと強く心に思った。
ちなみに、部屋を出て廊下を進む間、大きすぎて僕にはどうすることも出来ない剣は、アキトが軽々と引いて運んでくれている。
「ここを出たら、僕の体も元の大きさに戻れるかなあ」
農場の妖精の魔法は、岩山を下りるまでの間だ。
だから、この夢の中のような空間を出てまたカメの里に戻ることが出来たら、きっとサイズも戻れるはずなんだ。
「でも、まだそう簡単には眠れそうにないなあ。そうだ、これ。夢の中なのに現実に持っていけるのかな」
アキトが運んでくれているこの剣。持ち出せないとなると、せっかく手に入れたのに、結局無事に家に帰ることが出来なくなってしまうかもしれない。
「剣のことなら問題ない。ここに入ってきた時と同じように出ていけばいいだけだ。ユウタの物だと心が認識していれば、共に移動する」
「僕の物……か。それなら僕の物じゃなくなったしおりが元の大きさに戻ったみたいに、この剣も僕の物になって小さくなってくれてたらよかったのに」
無理だと分かっていてそう言ってみると、アキトは「この剣に農場の妖精の魔法はかけられていないから、それは無理だろうな」と笑っていた。
「そうだ、ユウタ。ここを離れる前に、俺からも妖精の祝福をおくろう」
「祝福……。アキトもしてくれるんだ」
アキトは確か、ボガートという妖精だった。
帽子屋たちの話では、ボガートは人間に悪さをするのだという。
「ボガートって僕はよく知らないんだけど、本当はどういう妖精なの?」
僕がそう質問すると、それまで大人っぽい雰囲気をまとっていたアキトが、初めてイタズラっぽい顔をした。
「ボガートっていうのは、人間の家に住み着いて、いたずらをする妖精なんだ。時々ちょっとばかりやり過ぎちまうのが玉にキズなんだがな」
「ええ?」
僕は壁に背中を付けた状況で、アキトの手のひらが顔の前にかざされた。
「だけど、人間が好きで役立ちたいとも思っているんだ。――だから、ボガートから与えられる祝福はいたずらだ。みんながすごく驚くような、そして、最後には必ず笑顔になれる、そんなとびきりのいたずらをおくろう」
手のひらからあふれ出てきた光が僕を包んで、そして何事もなかったようにすぐに落ち着いた。
「……それから、カイトに会ったら『ありがとう』と伝えておいてくれ」
「アキトは……、名前を付けられてうれしいと思ってるの?」
「ああ」
アキトは、懐かしむようなどこか遠い目でほほ笑んだ。
「あの時ようやく、俺はただの一人になれたんだ。それまでは、ボガートという妖精の種類でしかなかった。でも、カイトが俺を俺として見てくれて、そこで初めて俺個人としての考え方、生き方を認められたんだ。だから俺はカイトに感謝してるし、カイトの力になりたいと思っているよ」
「そっか。ここに檜葉くんがいなくて残念だね」
「また会えるさ。俺は人間の家に住み着く妖精だしな。今度はユウタの家に住み着くかもしれないぞ」
「それは楽しみだけど、その前に早くここから出ないとね」
まさにその時、遠くからドタドタと数多くの足音が響いてきた。
「にゃああああああっ‼︎ ごめんなのにゃあ! 違うのにゃ違うのにゃ。わざとじゃないのにゃ。知らなかっただけなのにゃあ! ぃにゃーん‼︎」
聞き覚えのある声が、足音と共に遠くからこちらに向かって近付いてくる。
察するに、茶トランが逃げていて、それを大勢が追いかけているのだろう。
「このどらネコめーっ‼︎」
というどなり声も聞こえてくる。
すぐそこの角の向こうから、いよいよこちらへ来る――と思ったが早いか、姿を現したややぽっちゃりとした茶トランが、勢いよく飛びかかってきた。
ここに僕がいるとは思っていなかった顔だった。
飛びかかられ、激しく壁に頭をぶつけた僕は、そのまま意識を手放した。
これが、この夢をこえて入ることが出来るという、夢の国での最後だった。
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