第八話 火竜の部屋にて
僕は今、またあの火竜の部屋の前にいる。
真実の剣を使わずにバケモノを倒す方法がないものか、アキトにたずねてみたのだが、
「倒すだけならもっと強力な武器はあるが、二人が無事に元の世界に戻るには、真実の剣を使わなければいけない」
と言われてしまったため、しぶしぶとここまでやってきたのだった。
たださっきとは違って、今回はアキトも一緒に付いてきてくれている。
いや、付いてきて――ではない。
むしろ、見えない糸で引っぱっていくかのように、さっそうと僕の前を進んでいったのだった。
まるで、火竜の部屋には何も恐いものなどないと言わんばかりに。
「さて、ヤツは起きているかな。――火竜は眠ってことの方が多いから、起きているタイミングで会えることはそうそうないんだ」
アキトは、困ったようなちょっと笑った顔で、こちらに目を向けた。
「さっき来た時は起きてたけど……」
そんなに眠ってばかりなのに、よりにもよって、どうして僕ひとりだけの時に起きていたんだ。
――でも、ずっと寝ていてくれるというのなら、その「真実の剣」とやらを持ち出すのはそれほど大変ではないのかもしれない。
「なら今は寝てる可能性の方が高いな。起きていれば話が早かったんだが」
「え⁉︎」
「どうした?」
「――起きていた方が話が早いって、どうして?」
火竜は、茶トランが「うたがい深くって全然話を聞かにゃいし、すぐに怒る」と言っていたとおりの性格で、僕もつい先ほど、身を持ってその頑固さを知ったばかりだ。
絶対起きていない方がいい。
「どうしてって……。起きていないと、剣をゆずってくれるよう頼めないじゃないか」
アキトが当然のように答える。
「頼むの? 火竜に? こっそり持ち出すんじゃなくて?」
「当たり前だろう。
「そう、だけど。だけど……」
「それに、ここにある物は全て火竜にとっての宝物ばかりだ。一つでもなくなれば、ヤツはひどく悲しみ、
「………………うん。そうだね」
うつむいて答えた僕の頭を、アキトが「よしよし」となでてくれた。
それはいつかお父さんがしてくれたのと同じ感じがして、彼の見た目が檜葉なだけに、なんだか変な気持ちだった。
その何とも言えない空気をどうにかしたくって、僕はらしくなく変に大きな声を出し、話を変えた。
「えーっと、えー。もしかして、アキトって、火竜に会ったことないの?」
もしそうなら、火竜に話が通じると思っているのも理解できる。
「いや。古い付き合いだ」
「じゃあ、仲がいいの?」
だったらすごく頼もしい。
「いや。普通だな」
普通か。
初対面の僕にはああだったけど、古い付き合いの普通の仲の相手に対しては、一体どんな風に話をするのだろう。
アキトは左手を上げ、扉をノックしようとして、ピタリと動きを止めた。
「そうだ。もう知ってるかもしれないが、火竜は起きている間は目を閉じて、眠っている間には目を開けているから、間違えないよう気を付けた方がいいぞ」
「え?」
言い終えたアキトは、いぶかる僕など全く気にも止めずに、コツコツとこぶしで扉をノックをした。
「……やっぱり寝ているか。仕方ないな」
少し待ってみたものの扉の向こうから何も返事がないため、アキトは建て付けの悪いその扉をぐっと押して、部屋の中へと足をふみ入れた。
「あの、さっき僕が見た時の火竜は、目を開けてたんだけど……」
おそるおそるアキトの背にかくれるように付いていきながら、僕は言った。
「じゃあ、起きてたんだな」
「でも、話、したよ」
「寝言だろう」
「でも。ちゃんと会話をしたんだよ。……僕の言うことは、あんまり、ちゃんと、聞いてくれなかったけど」
思い出したら気持ちが暗くなって、段々声が小さくなってしまう。
その時、
「誰だ?」
と、まさに先ほどここへ入ってきた時に聞いたのと同じ、地面の奥底から響いてくるような低い声がした。
「ほら。やっぱり目を開けて起きてるよ。僕たちを見てる」
金色の瞳が、しっかりとこちらを見すえて返事を待っている。
「誰だと聞いているんだ」
前回、帰り際に「次にここへ来たら、一切容赦はせんぞ」と言われた。「二度と顔を見せるな」とも。
名前を言って、また来たことがばれたら、一体どんなおそろしい目にあわされてしまうのか。
なかなか返事をしない僕たちにじれたのか、火竜の声に怒りが混じりはじめている。
「あ、あ、あの。ごめんなさ……」
「ユウタ。いいから」
火竜に謝ろうとした僕をアキトが止めた。
「寝言に返事をしてはいけないって、ユウタのおばあちゃんは教えてくれなかったのか?」
「え? 返事? どうして? ……おばあちゃん?」
僕がおばあちゃんと一緒に暮らしていることはアキトに言っていない。それなのにどうして突然おばあちゃんの話が出てくるんだ。
それに寝言に返事をしてはいけないって、一体どういうことなのか。
「ねえ、アキ……、わあっ!」
いつまでも答えない僕たちに向かって、ゴオォォォォッと、火竜が熱い息をはいた。
素早くアキトが僕の腕をつかんで引っぱってくれたおかげで、それを直接浴びずにはすんだけど、入口の扉が今にも外れてしまうのではないかというほどに、いつまでもガタガタとゆれている。
「仕方ない。起こそう」
アキトは僕の腕を離すと、ずんずんと火竜に向かって進みはじめた。
「やはり盗っ人か。こどもの姿をしていても油断は出来んな」
向かってくるアキトを小馬鹿にするように笑うと、火竜はまたあの熱い息をはきだした。
「アキト‼︎ ダメだよ。やっぱり起きてるんだよ。いったん戻ってまた来ようよ! ねえ」
精いっぱい呼びかける僕の声は、熱い息の暴風の音にかき消される。
そしてアキトはというと、熱い息などさらりとかわすと、トントンと火竜の厚いうろこの上を登っていっている。
背中側から登っているため、短い火竜の腕ではアキトを捕らえることは出来ない。
それならばと体を大きくゆらし、太くて長いしっぽでたたき落とそうとするが、それもアキトはひょいとよけてしまうのだった。
その間にも、火竜は熱い息をはくことを忘れてはいない。
しかも大きく体を動かしながらなので、はく息も部屋中あっちこっちとでたらめに吹きあれている。
「アッツ。熱い熱い‼︎」
僕は逃げ回るが、全部はかわしきれずに何度か熱い思いをした。
それでも、はき出された物が火ではないだけ、まだましなのかもしれない。
そんな僕を置いてついに火竜の顔の後ろまで登ったアキトは、口の左はしのやや上くらいの位置に落ち着いた。よく見るとそこに小さな穴が開いているのが見える。
アキトは大きく息を吸うと、穴に向かって僕とは比べ物にならないほどの大声を出した。
「わっ‼︎」
ビクッと火竜の体がゆれた。
その衝撃でアキトが落ちてくる。
ただでさえ小人サイズの僕たちにとって、火竜は正に巨大怪獣なみの大きさだ。
その高さから落ちてくるアキトは、やっぱり人間ではなく、妖精だった。
ぽんと、体重を感じさせずに、床に両足を着いた。
動きを止めた火竜の下まぶたがピクピクと動き、ゆっくりと数回まばたきをしたと思ったら、そのまま上に動いて目を閉じた。
トカゲは下まぶたを上下させて目を開けたり閉じたりするって何かで読んだけど、竜も同じなんだ。サムデイもそうだったような気がする。
そうして火竜が完全に目を閉じると、アキトは彼の真っ正面に立って口を開けた。
「おはよう。ようやく起きたな」
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