第七話 真実を映し出す剣
「檜葉くん……?」
もう一度、彼の名を呼んだ。
それに対する反応はない。
だけどどう見ても檜葉だ。違うのは、着ている物くらい……?
そんな、この世界の妖精と同じ服を着た檜葉が、真っ直ぐな目で僕を見て言った。
「お前は誰だ?」
「…………」
檜葉の声だ。
それでも、どこか違和感を覚える。
「僕は、ゆうた。椹木、悠太」
答えながら、目の前の人物は見た目よりももっと年上の人なのではないかと感じた。
僕はゴクリとつばを飲みこんだ。
さっき茶トランは、この男の子を指して「アキト」だと言った。ということは、目の前の彼は人間にうらみを持っているボガートという妖精で、僕を食べてしまうかもしれないんだ。
それは分かっているのに、檜葉と同じ顔をしているからか、おそろしいとは思えなかった。火竜の部屋で嫌な思いをした後なだけに、檜葉と同じ顔を見てちょっとほっとさえしていた。
「あ、あの、アキ……」
言いかけて「しまった」と思った。
何か言わないといけないような気がして、とりあえず名を呼んでしまったけど、彼は人間に名前を付けられたことをうらんでいるのだ。その名前を口にするなんて、火に油を注ぐだけじゃないか。
アキトは「おや」というように片眉を上げた。
「あっ。ごめ、ごめんなさい!」
「なぜ謝るんだ?」
「えっ? いや、えっと……」
檜葉は大抵笑っているし表情豊かだけど、アキトは僕に対してどう思っているのか、怒っているのかさえも全く読めない。謝ったことを責めているようにも聞こえたし、ただの質問のようにも感じられた。
「あの、勝手に部屋に入ってしまって、それであの……」
「勝手に入れたのはさびネコの茶トラのヤツだろう」
僕はこくりとうなずいた。
「ごめんなさい。もう出ます」
アキトに背を向けてドアノブをにぎると、彼がこちらへ向かって歩いてきた。
僕はそのまま部屋を出ていけばいいのに、うっかり扉に背中をはりつけるように彼と向かいあってしまった。
「あ、あの。ぼ、僕を食べるの?」
僕がそう聞いた途端、アキトはあからさまに不愉快そうな顔をした。
「なぜ俺がお前を食べると思う?」
目の前まで来たアキトが、僕の横に手を付いて顔をのぞきこむようにした。その気になれば、パクリと食べられそうな距離だ。
「に、人間をうらんでるって」
不愉快そうな表情だけど、すぐに食べるつもりではないようだ。試されているような気がする。
「……あの、そう聞いたから」
「誰に?」
「だれっていうか、あの、みんな……」
段々と語尾が小さくなっていく僕を、アキトがバカにしたように――あるいはとても腹を立てているように鼻を鳴らした。
「俺がそう言ったか?」
僕は首を横にふる。
ついさっき初めて会ったばかりなのだ。彼から直接そんな話を聞いているはずがない。
「なんで俺の気持ちを他人が勝手に決めるんだ」
そう言われると僕は何も答えられなくて、黙りこむしかなかった。まったくそのとおりだと思ったからだ。火竜に僕の話を聞いてもらえず泥棒あつかいされて悲しかったのに、僕も同じことをしていたのだ。
「…………ごめん、なさい」
なんとかそう声に出して言うと、アキトは一歩後ろに下がって僕から離れた。
僕を食べようとか、仕返しひどいことしようとか、そんな風に思っているようには見えない。
「あの」
「なんだ?」
「あの、…………」
聞きたいことがいろいろあってうまく言葉に出来ない僕を、じっと待ってくれている。そういったところが、檜葉に似ているのは見た目だけではないと思わされた。
「えーと」
やっぱりこれは、偶然ではないのではないか。
「……あの。檜葉くんを、知っていません、か?」
アキトは考えるように首をひねり、「いや」と答えた。
「知らないな」
それはうそをついているふうではなく、本当に知らない様子だった。
「僕と同じ歳の男の子で、ア……き、君にそっくりなんだ」
「ヒバ。聞いたことがあるような気もするが…………。悪いな。やはり心当たりはない」
しばらくの沈黙の後、結局アキトはそう言った。
「そう、ですか」
「――だが、俺のこの姿は、名前を付けた人間の姿を映したものだ。そのヒバというこどもとも、どこかでつながっているのかもしれないな」
そうか。檜葉本人じゃなくても親戚とかの可能性もあるんだ。
「その、名前を付けた人間て、日本人ですよね」
「ああ、まだ4つの小さなこどもだ。――ヒヤマ・カイトという」
「カイト⁉︎ ヒヤマ⁉︎ 檜葉夏衣斗じゃなくって⁉︎」
そこで僕ははたと思い当たった。
「佳音ちゃんは、
突然大きな声で檜葉の妹の名を口にした僕を、アキトがまじまじと見つめてきた。
「カノンはカイトの妹だ。まだ赤ん坊だが。知っているのか?」
どうやらアキトの記憶は、檜葉の小さな頃で止まっているようだ。
まだ檜葉の両親は離婚していなくて、この頃、檜葉の名字は桧山だったのだろう。アキトが「檜葉」を知らないのも無理はない。
そこで、僕は檜葉と一緒にこの世界へ来てしまって、佳音をバケモノから救い出さなければならないという話をアキトにした。
いろんなことがあって、彼とはぐれてしまったということも……。
「あの小さなアキトとカノンが突然そんなに成長したとは……。奇妙な感じだ」
部屋にある姿見に檜葉と同じ姿の自分を映して、アキトは苦笑いした。
「今まで気付かなかったんですか?」
「ユウタに会うまでは、本当に小さなこどもだったんだよ」
ここは心だけで入ってくる国だから、記憶が外見にも影響を与えていたらしい。
言い訳のように口にしながら、姿見の前で腕を上げたり背中を映したりしていたアキトは、ようやく満足したのか、妖精の国での出来事に話を戻した。
「――それでだ。ユウタがこの夢の国へ入ってきたのは、真実の
「真実の剣?」
「そう。真実を映し出すことの出来る剣だ。バケモノを倒すのに必要となる。おそらく、妖精の祝福によって導かれて来たのだろうな」
よく分からない場所に一人きりで、無駄に気持ちが疲れるだけだと思っていたけれど、ちゃんと理由があったんだ。
「それで、その剣はどこにあるんですか?」
早くそれを持ってここから出ていこう。
でも、心だけで入ってきて心だけで出ていくのに、剣なんて持ち出せるのかな?
そんな僕の疑問などよそに、アキトはそこでおそろしい事実を教えてくれた。
「――真実の剣があるのは、火竜の部屋だ。そこで火竜に守られている」
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