第五話 竜と僕とあざとい歌

 ほ乳類とは違う爬虫類の目でじっと見つめられると、竜が今僕をどう思っているのかが全く分からなかった。

「あ、あの、ごめんなさい」

 とっさにあやまると、もう一度低い声が響いてきた。

「お前は誰だと聞いているんだ」

 そうだ。確かにさっき聞かれたのはそれだった。

「さ、椹木悠太です」

 竜は学校のこわい先生よりもずっとこわくて、無意識のうちに僕の体はちぢこまっていた。こう言ったら悪いけど、オーベロン王よりもずっと偉そうに思えた。それはなんていうのか……。そう。「威厳」がある。きっとそれはこういう感じのことを言うのだ。

「サワラギユウタ。何をしにここへ来た」

 悪いことをしたつもりはないけれど、悪いことをしてしまった後のように落ち着かない。ああでも、勝手に部屋に入っちゃったのだから、やっぱり悪いことかな。

「あの……、この夢の国から出たいんだけど、あの、眠れなくて出られないから、だからあの……」

「だからわしの財宝を盗みにきたと?」

 なんとも言えない気まずさを感じてまごまごと答えていた僕に、竜が冷たい言葉をはなった。

「え? 財ほ……? いやっ。まさか、そんなの」

 予想もしていなかった疑いを向けられて、ブンブンとはげしく首を横にふった。

 それでもそんな僕を竜は信じてくれようとはしない。

「やましいことがないのなら、何故こそこそとしていた?」

「そ、それは、ボガートがいたらいけないと思って……」

 うそをついているわけではないのに、緊張でのどがかわいて、舌がうまく回らない。徐々に小さくなっていく語尾に、竜がいらいらとしているのが分かった。

「言い訳ばかりだな」

「違うんです! 本当にそんなつもりじゃなくって」

 もう竜の中では、僕が財宝を盗みにきたのは決定してしまっているようだった。多分何を言っても否定される気がする。

「……ん?」

 僕をじっと見ていた竜が、何かに気づいたらしく、下まぶたをぐっと上げて半目になった。

「それは、妖精の祝福を受けたナナカマドだな」

 竜の言葉にはっとして、僕はリュックにさしてあったナナカマドを見た。

「そそそ、そう! そうです」

「オーベロンの使いか?」

「使いじゃないけど、オーベロン王に……」

 オーベロン王のことを知っているのなら、僕を悪いようにしないかもしれない。

 期待に胸をふくらませ説明しようとしたその途中で、竜はカッと目を開き、大きな口を開けた。

「そうか。オーベロンの命令で儂の財宝を奪いに来たというのだな」

 大きな声ではないのに、地面からビリビリと響いてきて体がしびれそうになる。

「えっ? えっ? ち、違います。そうじゃなくて、僕は」

「うるさい。黙れ! オーベロンが儂の財宝を狙っているというのは聞き知っておるぞ。あいつが宝石好きなのは有名だからな」

 言われてみれば、確かにオーベロン王の指に宝石の入って指輪がたくさんあった。

「でもそんな、奪うなんて、そんなこと」

「黙れ黙れ黙れ――‼︎」

 竜がほえながら宙に向かって火をふいた。

 僕に向かってふいたわけではなかったけど、頭上から火の粉がパラパラと落ちてくる。熱い。

「ぼ、僕を、た、食べる、の?」

 首をすくめておびえる僕を、竜は鼻で笑った。

 あの大きな体だ。僕なんてゴマ粒程度で、腹の足しにもならないだろう。

「どうしてくれようか? 見せしめに黒こげにしてオーベロンに送りつけてやろうか。二度とこんな真似ができんように思い知らせてやらんとなあ」

 竜がコモドオオトカゲのような首をこちらに伸ばして、細い舌をチロチロと動かしてみせる。

 ここにあるのは心だけのはずなのに、黒こげなんて、そんなこと、はたして出来るものなのか。

 けれど確かに、火をふいた後の彼の呼吸からは、火傷をしそうなほどの熱さを感じていた。

 今すぐ後ろの扉から逃げ出したい。けど、今の僕では開けることも出来ない。ぴったりと背中を扉に預けて、僕は懸命に何か方法がないか考える。

 ゴブリンのときのように出来ることがあるかもしれないと、頭の中で今まで読んだ本を思い返した。

 竜――ドラゴンを倒す話というのはよくあるものだ。

 どんな内容だったっけ? どうやって倒していたっけ?

 しかし思い出すのは、特別な剣を手に入れて倒すというパターンが大半だ。あとは竜の腹に弱点があって弓で射るとか? けれど弓なんてないし、あったところで僕には扱えない。何よりも大きさが、力が違いすぎる。ゴマ粒の力でどうこう出来るとは、到底思えなかった。

 魔法なんてもちろん使えないし、武器もない。力もない。会話も全然成り立っていない。ゴブリンみたいに歌でどうにかできればいいのに…………。

 あれ?

 だれかがそんなようなことを言っていたような……。

 なんの本だったろう。

――いや、本じゃない。三月ウサギだ。あの時、ゴブリンだろうがドラゴンだろうが聞きほれるって、そう言ってた。

 恋を歌うキラキラ星の歌。

 僕は三月ウサギに教わったその歌を歌った。竜が聞きほれてくれるようにと、心をこめて。

 聞きほれてくれているかどうかは分からないけど、その間、歌を止められることはなかった。

 歌い終わって、そろりと竜の方を見ると、ふんっと鼻息を吹きかけられた。背中に扉がなかったら飛ばされていただろう。

「終わりか?」

 問われて、僕は「うん、うん」とうなずいた。

「ウサギだか帽子だかに知恵を入れられたな」

「うっ」

 ばれてる。

「あざといが、あの女王を怒らせた狂った歌を歌わなかっただけ、まだとしておいてやろう」

 あざとい……。

 下心のような気持ちがあったのは事実だけど、はっきりそう言われると、結構ショックだった。

 うなだれて前へかがみ込むと、後ろの扉がバンッ! と手前に開き、それにお尻を打たれた僕の体は前にくずれ落ちた。

「行け。次にここへ来たら、その時は一切容赦はせんぞ。二度と顔を見せるな」

 そう言いながら竜は熱風のような熱い息をはき出した。それによって僕は後方へと吹き飛ばされ、転がりながら部屋の外へと追い出されてしまったのだった。

 扉がバタンとひとりでに閉まる。

「……………………そんなに乱暴に閉めるから、立て付けが悪くなるんだよ」

 僕はだれに言うともなしに毒をはいた。

「あざとい」と言われたショックが残っているんだ。

 当分、歌は歌いたくない。

 結局、眠くなるどころか余計に目が覚めてしまって、力なく、しばらくその場に座りこんでいた。

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