第九話 黒い回転木馬の上で見る夢は

 ぼくは三月生まれになんかにはなりたくなかった。

 みんなより小さい。

 かけっこもいちばんさいご。

 四月生まれだったらよかったのに。


 入学したばっかりの小学校で、おなじクラスにおなじようちえんからきたともだちはいなかった。

 どうやってはなしかけたらいいかわからないでいたら、まえのせきの男の子がはなしかけてきてくれた。

「ねえ、ともだちになろうよ。ぼく、こばやかわともひさ。きみは?」

「ぼくは、さわらぎゆうた。よろしくね」

 それが、ともくんとはなしたさいしょだった。


 ともくんは四月生まれ。

 クラスでいちばんせがたかくて、かけっこがいちばん早くて、あたまもよくって、なんでもできた。クラスの人気ものだから、学きゅういいんにもなったんだ。

 ぼくが一人でいたらいつもはなしかけてきてくれて、休みじかんもえん足も、いつもいっしょだった。

 うちにかえったら、まい日おとうさんとおかあさんに、ともくんとあそんだことをはなしてた。


 あきに学年べつのドッヂボールたいかいがあった。

 ともくんがさいごまでのこって、ぼくたちのチームがかった。

 そのときにぼくが

「ともくんはすごいなあ。ぼくも、ともくんみたいにできたらいいのに」

っていったら、ともくんは

「ゆうたもがんばればできるようになるよ」

っていってくれた。

 だから、ぼくもともくんみたいになりたくて、べんきょうもうんどうもがんばろうとおもったけど、なかなかうまくいかなかった。


 二月の「おわりの会」のときだった。

 先生が、

「もうすぐ一年生がおわりますが、そのまえに、三月に『学しゅうはっぴょうかい』をやります。おうちの人たちに日ごろのみんなのがんばりをみてもらいますから、がんばってくださいね」

といった。

 はっぴょうかいの目玉はえんげきだ。

 しゅやくは一人でうたをうたうから、おんがくのじかんにうたのテストをして、みんなのかんそうをきいてきめることになった。

「きっと、ともくんがしゅやくだよ」

 だれか女の子がそういった。

「まだ分かんないよ」

 ともくんがこたえた。

「でもともくんだよ。ともくんがいい」

 しゅやくの王子さまは、ともくんでまちがいないだろう。

 女の子たちは、ともくんといっしょにしゅやくになりたいとはりきっている。

 ぼくも、ともくんといっしょにぶたいに立てたらいいなあ。

 そうおもっていた。


 ぼくのおかあさんは、学生じだいにえんげきをやっていて、うたもうたっていたらしい。

 こないだ、おかあさんのおともだちがやっている子どもむけのぶたいを見にいったとき、そのおともだちが

「おかあさんはすごく上手だったのよ」

とおしえてくれた。

 だから、うたのテストのはなしをしたとき、おかあさんはよろこんで、ぼくにうたをおしえてくれた。

「すごく上手!」

っていっぱいほめてくれた。

 おとうさんも、はっぴょうかいにはきてくれるっていってたから、一人でうたうやくをもらって、二人にきかせてあげたいとおもった。


 うたのテストの日。

 おかあさんが「いつもどおりにうたえばだいじょうぶよ」っていってくれた。

 すごくきんちょうしたけど、うまくうたえたとおもった。

 うたいおわったあと、みんながにこにこしていっぱいはくしゅをしてくれて、いちばんほめてもらえた。

 先生が、しゅやくは「ゆうたくん」といったときも、なかのいい男の子たちが「すごいじゃん」といってくれた。

 だけど、ともくんだけはおこったかおをしていた。


 おんがくのじかんのあと、おこったかおのともくんにはなしかけられた。

「みんなひどいよな。ゆうたがかわいそうだ」

 いみがわからないでいたら、ともくんは、ぼくでもわかるようにやさしくおしえてくれた。

「ほら、ゆうたのこえってみんなとちがって、なんかかわってるだろ。ぼくは、ゆうたがそんなこえでも、ゆうきを出して、大きなこえでがんばってるとおもっておうえんしていたんだ。なのに、みんなおわったあと、ばかにするみたいにわらってはくしゅしてただろ。それを見てたらすごくはらが立ってきたんだよ」

 ともくんのはなしをきいて、ぼくはショックでかなしくなった。

 なにかかんちがいしているんじゃないかとおもった。

「先生も、ゆうたがほかの人よりできることがないから、おうちの人たちのまえでいいところ見せられるようにしゅやくにしてくれたんだってわかるけど、またみんなのまえでうたわされるのなんて、かわいそうで見てられないよ」

 そしていってくれた。

「ぼくは、ゆうたのみかただからね」って。


 そのあと、しゅやくのおひめさまやくにきまったクラスでいちばんかわいい女の子と、その子となかのいい女の子たちにろう下によばれて、「ゆうたくんはしゅやくにむいてからやめたほうがいいよ」といわれた。


 ぼくをほめてくれたなかのいい男の子に、

「ぼくのこえってかわってるの?」

ってきいたら、

「うん。みんなとちがうよ」

とこたえられた。


 ぼくは先生に「しゅやくしないで」っておねがいした。

 たくさんの人にこえをきかれるのはいやだった。

 おかあさんがうたが上手だからって、そのおかあさんがほめてくれたからって、じぶんも上手だとかんちがいしちゃったんだ。

 かんちがいしていい気になっていたじぶんが、すごくはずかしいとおもった。

 学しゅうはっぴょうかいでは、えんげきじゃなくてがっそうに出て、カスタネットをたたいた。

 しゅやくの王子さまはともくんで、「かっこよかったね」ってクラスのみんなも、みんなのおとうさんとおかあさんもたちも、いっぱいほめていた。

 これでよかったんだ。


 一年生のしゅうぎょうしきがおわって、はる休みにはいった。

 ぼくは、なかのいいともだちとおうちの人たちといっしょに、ゆうえんちにあそびにきている。

 おかあさんは、ときどきねつを出しちゃうから、こういったところにいっしょにきてくれるのは、いつもおとうさんだった。

 それでぼくは、おとうさんと二人だけでメリーゴーランドにのっていた。

 白いうまのメリーゴーランド。

 ほかの子たちはみんなジェットコースターにのりにいったけど、三月生まれのぼくだけ、しんちょうが足りなかったんだ。

 ジェットコースターだけじゃない。ぜっきょうマシンはどれもしんちょうが足りなくってのれなかった。

「おとうさん、ごめんなさい。おとうさんもジェットコースターにのりたかったら、いっていいよ」

 大人の男の人に、メリーゴーランドがたのしいわけがない。

 おとうさんに、すごくわるいことをしてしまったとおもった。

「いや、おとうさんはメリーゴーランドすきだよ。ゆうたのことはもっとすきだから、いっしょにいたいんだ」

「……ごめんなさい」

「なんであやまるんだ。ゆうたはなんにもわるいことはしてないだろう」

 なにもいえなくなったぼくに、おとうさんはやさしくいってくれた。

「ジェットコースターはことしだけのもんじゃないだろ。ゆうたのしんちょうがのびたら、そのときにいっしょにのろう」

「うん。……学しゅうはっぴょうかいも、ごめんなさい。おかあさんにおしえてもらってれんしゅうしたのに」

「ゆうたががんばってたのは、おとうさんもしってるよ。こんかいはざんねんだったけど、これもこれでおわりじゃないんだ。またがんばればいい」


 メリーゴーランドはおなじところばかり、ぐるぐるとまわりつづけている。

 一年生がおわれば二年生、三年生、四年生、そして五年生。

 それでもまだ、同じ所からぬけ出せずにぐるぐると回り続けている――


「ごめんね、お父さん。お母さんみたいに歌えなくて」

「あやまることはないだろう。お前はまだこれからなんだ。楽しみにしてるよ」

「ごめんね。ジェットコースター、一緒に乗れなくて」

「もう身長は届いているだろう。どうして乗らないんだ?」

「どうして? って……」

 どうしてだろう。せっかくお父さんと遊園地に来ているのに。

 気づくと、乗っていた白い馬が黒い馬に変わっていた。

 その頭から出ている棒が、ずっとにぎっているからかトゲトゲで痛くなっていた。

「お父さん」

 いつもぼくの話を聞いてくれた。

「お父さん。僕の今のつらい話も聞いてほしい」

 手のひらにささるトゲの痛みが、ぼんやりとしていた頭を覚ましていく。


「今のつらい話って何だ?」

「お母さんが入院していることだよ」


「それから?」

「知らない世界で恐い目にあってるんだ」


「どうして? どうしてそんなことになったんだ? お父さんがいるのに」

「違う。違う違う違う違う違う違う! ――いないんだ。もういないんだよ、お父さんは! だって、二年生の時、事故で死んじゃったじゃったから――‼︎」


 はっと目を覚ますと、そこは黒い馬の上だった。

「お父さん……」

 目から涙がぽろぽろとこぼれてくる。

 昔からよく見る夢は、お父さんにしてあげたかったこと、一緒にしたかったことを叶える夢だ。そして、お父さんがもうこの世にいないことを思い出したとき、その夢は終わりをむかえるのだ。

 無意識に強くにぎりしめていた手を開くと、リュックにさしてあったはずのナナカマドの枝がそこにあった。

 魔除けの力のあるこれのおかげで、悪い夢から目を覚まことが出来たのかもしれない。

「あっ、檜葉くんは……」

 涙をふきながら向かいの馬を見ると、檜葉はそこで苦しそうに倒れたままだった。

 彼のナナカマドは、僕がまだ預かったままだ。

 投げて届けるには、とてもじゃないがコントロールに自信がない。

 馬から降りるにしたって、例え無事に降りられたとしても、この小さな体で檜葉のいる所まで登れるとは思えなかった。

 どうにか馬が動いて檜葉の方に近づいてはくれまいか。

 そう思って辺りを見渡すと、馬の足元に、何かこげ茶色のかたまりが動いているのが見えた。しかも馬の足を登って、どんどん近づいてくる。

「よう。無事か」

 カッコいいひびきの声の主は、川に沿って進むということを教えてくれた、あのカブトムシだった。

「虫の知らせってやつかな。どうにも気になってね。様子を見にきたんだが……、ナイトメアに捕まっているとは。やはり来て正解のようだ」

 ナイトメア。

 だからいやな夢を見ていたのか。

 檜葉もつらそうだ。

「あの。これ、あっちの檜葉くんに、届けてもらえませんか?」

 カブトムシは、ナナカマドと向かいにいる檜葉を確認してうなずいた。

「オーケイ。任せとけ」

 そう言うと、ナナカマドの枝をかかえて、檜葉の方へと飛んでいった。カブトムシはあまり飛ばないと聞いたことがあるが、それがよく分かるゆっくりとした飛び方だった。

 向かいの馬の上にたどり着いたカブトムシは、檜葉の上に枝をそっと置いた。

 置かれた直後、檜葉がさらに苦しそうにしていたように見えたけど、すぐに目を覚まして起き上がった。

 ぼうっとしていて、何があったのか分かっていないようだった。

「ヘイ少年。いつまでもこんな所にいるもんじゃない。降りるなら手伝うぜ。しっかりつかまりな」

 カブトムシにうながされて、やっと檜葉の目に光が戻ってきた。

 檜葉がツノにつかまって頭の後ろに乗り、地面に降りた後、カブトムシはまたぼくの所まで戻ってきてくれた。

 それから僕も檜葉と同じようにして地面に降りた。

 ナイトメアであるという馬は、意外にも僕たちが離れたことは気にしていないようだった。

「ナイトメアは宿主の心の奥に入りこんで、その奥にある悪夢を引き出すんだ。それによる宿主の苦悩や苦痛を味わう。――きっとこいつらはお前たちの苦しみを存分に味わって満足したんだろう」

「ナイトメア……? ああ、だから」

 檜葉はぼんやりと、自分の見た夢を思い出しているようだった。

「つらそうだな、少年。君は一体なんの夢を見てたんだ?」

「夢……。なんだろう。ああ、そうだ。バケモノの夢だ」

 檜葉は遠くを見るように、そう答えた。

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