第七話 どうにも地に足がつかない
「山の上にはモンスターがいる。出会わなければ問題ないが、出会ってしまったらとにかく逃げるんだ」
モーリーンの背中にまたがる僕たちに、農場の妖精がそんな注意をする。モーリーンはそれに
「だーいじょうぶだって。あたしが付いてるんだもん。おあにいさんたらほんっとに心配性なんだから」
と翼をバタバタとさせながら答えた。
これも妖精の力なのか、僕たちは小さくなってから、にわとりであるモーリーンの言葉も分かるようになっていた。
「じゃ、おあにいさん、いってくるね。――夏衣斗、悠太。しっかりつかまって」
そう言って、モーリーンは農場の柵を越えたときと同じく、岩山へ向かって翼を動かしながら勢いをつけて走りはじめた。
「ふんっ」
体がふわっと浮いた。
それから、岩山に飛び移ってつめで引っかけるようにつかまると、またバサバサと飛んでさらに上でも同じことをくり返した。
「ほっ。はっ。よっと」
なんてかけ声を発しながら。
背中に乗る僕たちは、翼を動かすとこんなに背中の筋肉も動くとは思っておらず、落とされないようにしがみつくのが精いっぱいだった。
僕たちの持ち物も僕たちに合わせて小さくなっていて、檜葉のナナカマドは今、僕のリュックにささっている。
「あたしなかなかやるじゃない? ケッコー上まで来たわよ」
おそるおそる下をのぞき込むと、どうやら半分くらいまで来たように見える。こんなにうまくいくとは。モーリーンに頼んで正解だったな――なんてうっかり油断をしていたら、
「ふう。あ、いい枝。ちょっと休憩させてもらうわね」
と、そのいい枝とやらにとまって動かなくなってしまった。
「えっ。いや、オレたち急いでいて、出来れば早く行きたいんだけど」
「急がば回れって言うじゃなーい。無理するとかえって時間がかかるものよ。最初にがんばりすぎちゃったのよねー。ちょっと休んだらまた行くから」
ちょっとと言いつつも、目を閉じてこのまま眠ってしまいそうだ。
「んー。さっきナナカマドの実食べちゃったせいかしら。お腹いっぱいでなんか眠いのよね」
「モーリーン!」
「分かってる分かってる」
口を大きく開けて、あくびなんかしている。
「ほんとに分かってるのかなあ」
「まあまあ。景色でも見ててよ。いいながめでしょ。あたし時々農場をぬけ出して、こんな風に見下ろすのが好きなの」
なるほど。それでここまでこんなにうまく飛んでこれたのか。
「でもてっぺんまで行くのは初めて。おあにいさんがいつも危ないって口をすっぱくして言ってるからね」
うつらうつらと寝言のようにしゃべっている。もしかしたら眠らないためにしゃべっているのかもしれない。
「モンスターがいるって?」
「うん。それにゴブリンの飼ってる家畜もいるみたいだし」
「ああ、農場からさらっていったっていう」
「そうそう。かわいそうに、ずっと地下に閉じこめられっぱなしだし、地下でなんかやってるのか、普通とは違う生き物になっちゃってるの」
「なんか?」
「そ。なんか。あいつらって性格悪いけど頭は悪くなくってね、手先が器用だからいろいろ作ってるんだって。武器とか。ま、とにかく気をつけて。昼間は外に出てこないけど、ほら、こういう感じの穴から……」
モーリーンは自分で言って、はっと気がついた。
「こんな所に穴があったなんて」
枝の生えている辺りに小さな穴があり、その中が真っ暗なのが見える。
モーリーンは目が覚めたらしく、あわててそこから離れるために翼を動かした。
「引きずりこまれたら大変。おあにいさんもいないのに」
そうしてまた、上へ上へと進みはじめた。
僕は引き続き背中にぎゅっとつかまっているけれど、檜葉は慣れてきたのか、モーリーンのおしゃべりに付き合っている。花畑でのことや王様たちのことなんかを話していた。
「いいなあ。あたしも王様のお城行ってみたーい。女王様に会ってみたーい」
とてもこれからモンスターがいるかもしれない場所に行くとは思えないノリだ。
「ねえねえ。あたしってそんなに太ってる? おあにいさんにいつも言われるの。農場の子たちはやせすぎなんじゃないかと思うんだけど、他のにわとりってどんな感じ?」
答えにくい質問に、檜葉がしどろもどろになる。
「あ、いや、オレ、生でにわとり見たのってモーリーンが初めてだから……。どうなんだろう」
「悠太は?」
「あ、うん。僕も」
振り落とされないよう必死につかまりながらそう答えた。
僕も檜葉と同じだ。他のにわとりを知らないから答えようがない。
「じゃあねえ、あたしっておしゃべりだと思う? 農場でもね、あたしばっかりしゃべってる気がするのよ」
「まあそれは、そんなもんじゃないのか? モーリーンみたいな女子ってよくいるし」
確かに彼女の話を聞いていると、クラスの女子がしゃべっているのを聞いているような気がする。
「そうよねそうよね。そもそも他のめんどりが無口すぎるのよ。ねえ、悠太もそう思うでしょ」
「う、うん」
同意を求められてうなずいたのに、なぜだがモーリーンは僕の返事を聞くと機嫌が悪くなった。
「もうっ。悠太ったらさっきからそんな返事ばっかり。たまには自分で考えなさいよ。ずっとそんな風になーんにも考えないで流されて生きていくつもり?」
「………………」
不機嫌そうに強く言われて、僕は返す言葉も出なかった。
違うんだ。そうじゃなくて……
「何にも考えてないわけじゃないよ」
それは、僕ではなく檜葉の口から出た言葉だった。
「オレの妹も、あんまりしゃべらないんだ。――だけどさ、絵を描いたらすごいんだよ。なんていうか、こう、とにかくすごいんだ。すごくたくさんのことが描いてあって、想像力とか、ふだん見ているものとか。オレの頭ん中にあるものよりずっといっぱいあって、複雑で……。そりゃそんだけのこと考えてたら、これを言葉にするのは難しいよなあって。オレは思ったこと全部口から出ちゃうからそれが全部だけど、みんながそうじゃなくて、言葉にしないからって何にも考えてないわけじゃあないんだよ」
「ふうん。そういうもの?」
「そうだよ。な、悠太」
「…………ん」
それ以上声を出したら、きっと泣いてしまうと思った。そんな風に思ってくれていたことが、うれしくて。
ただ、僕の場合は檜葉の妹と違って、言葉に出来ないわけではない。むしろ、頭の中にはたくさんの言葉と文章がつまっている。
僕は声を出すことがうまくない。
僕は、自分の声が好きではなかった。
そろそろ頂上が見えてきた。
モーリーンは絶好調だ。
「最後のひと飛びいくよー。気合い入れるからしっかりつかまってて。――えいやっ!」
岩の壁を勢いよくけり、力強く翼を動かした。浮き上がった彼女の背中ごしに、山の上の様子が見える。
「おー」
思わず檜葉の口から声がもれたのが聞こえた。
そして、モーリーンは地面の上に足を下ろそうとした。
「よーし。とうちゃ……」
しかしここでもほんの少し高さが足りず、足は地面に乗らずにはじかれて、後ろへとのけぞった。
「くぉーっ‼︎」
鳴き声のような悲鳴を上げながら、モーリーンごと僕らは下へ落ちていく。
落ちていく中、モーリーンは翼をはげしく動かしてなんとか体勢を立て直し、山の壁に足を引っかけてふんばることに成功した。
ちなみに僕は、はずんだ拍子にうっかり背中から手を離してしまい、今は無我夢中でつかまった尾羽の先にいる。
「悠太ー。大丈夫かー」
「だいじょう…………、ぶ」
こんなにドキドキしたのはどれくらいぶりだろう。
今もこのつかまっている羽根がぬけてしまわないかハラハラしている。
「ごっめーん。待ってね。また上にもどるから」
そう言いながら、無意識なのだろうけど、尾羽をピコピコと動かした。
「う、う、う、うううう動かさない……で!」
尾羽に振られながら訴えかける。
「えー。なーにー? 聞こえなーい」
またも揺らされた。
「だ、だから、うわああ」
「早く! 早く上まで飛んで!」
「分かったあ」
檜葉がモーリーンに頼んでくれて、それでやっと飛び立ってくれた。
今度こそ無事に着地をして、僕は力なく地面に落ちた。
「うーん。これぞ冒険って感じ」
全く悪びれる様子のない声が聞こえる。そんなモーリーンに、檜葉がどこかで聞いたような声で
「全く不愉快だ」
と言った。
「やだー。似てるー」
農場の妖精のまねをしながら文句を言うのを聞いて、モーリーンは
「おあにいさん、さっきの見てたかしら。やだ。帰ったら怒られちゃう」
と、笑っているのか泣いているのか分からない声を上げていた。
落ち着いたところで、僕たちはまたモーリーンの背中にまたがる。この岩山を越えるまでは小さいままだから、いざというとき、少しでも飛べるモーリーンに乗っていた方が安心だからだ。
太陽をあおぎ見ると、岩山に登る前と比べてほとんど動いてはいなかった。
「じゃ、しゅっぱーつ。あっ! 待って」
モーリーンがあわてたようにななめに走っていく。
「何かあったのか?」
何か悪いものでも出たのかと心配していると、彼女は地面をつつきだした。
「見てみて。大きいミミズ!」
モーリーンのくちばしの先には、地面から出てきたばかりとみられるミミズがいた。僕たちが小さくなっていることを差し引いてもかなり大きい。
「うーん。いいのどごし」
さっと口の中に放りこみ、まるでうどんでも食べるかのようにミミズを味わっている。
「お待たせー。元気チャージしたからもう大丈夫。じゃ行こっか。あっ。何? あの木の実」
そう言って、今度はまた別の方向にかけだした。
「……モーリーン」
「分かってる分かってる」
初めての場所に興奮しているモーリーンは、その後も珍しい物を見つけてはふらふらと近づいていく。
「――あのさ。オレたち自分で歩いていくから、モーリーンは好きにこの辺見てていいよ。農場の妖精には言わないから」
二人でそう決めてモーリーンから降りようとすると、彼女はそうはさせまいと翼を背中側に向けた。
「だめだめー。もうより道しないから一緒に行こう」
かなりあわてている。今度こそ大丈夫だろうか。
「でさ、モーリーン。どっちの方向に行ったらいいか分かるか?」
今僕たちは、モーリーンがあちこち考えずに動いていたせいで、周りの風景の見えない林の中にいる。大きな木の枝で、太陽もはっきりとは見えなかった。
「あっ上から見たら分かるよ」
あわてているモーリーンには背中にいる僕たちの様子まで確認する余裕はないらしい。先ほど降りようとしていたため、二人ともちゃんと彼女につかまっていなかった。そこで急に羽ばたかれたため、僕と檜葉は、飛び立つモーリーンの背中から落ちていってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます