第8話
翼はどんな非難にも毅然として強かった。そしてある放課後、教室に一人の大柄な女の先輩が訪ねてきた。
「初めまして、3年3組のイズミといいます。アンタ、アスカやエマに何したの?」
「何もしていません。あなたには関係ないので関わらないでください」
「関係あるわ。アスカは私の妹、エマは私の親友。なんでアンタと付き合ったあの子たちの性格が豹変しちゃったのかって聞いてんの」
「知りません」
「アンタねぇ……。アスカは男好きだった。中学から彼氏が途切れたことなんてなかった。それなのに何?アンタと別れて以来のあの子、一人も男連れてこない。それにエマも、明るくて心が広くて、強い子だった。それなのに自殺未遂?私はあの子がリスカ始めた時びっくりしたよ。アンタと付き合いだしてからね。おかしいわ。アンタ誰?オバケ?吸血鬼?」
「俺は、アスカやエマちゃん、チアキも、知らずと傷つけていたのかもしれません。でも俺は彼女たちに求められたことをしていただけです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「あっそ。じゃあ私も求める。実験してよ。私と付き合いなさい」
「はい?」
「そう、じゃ、今日からアンタ私の彼氏ね。じゃあね」
そんな告白アリか。そもそも告白というのか。
翼はこんな状況でも言われるままに従った。イズミ先輩と付き合ったのだ。
イズミ先輩は今までの彼女と違い、かわいい女の子とは言い難かった。それでも構わず翼は服従した。
どう考えても普通の付き合い方ではない。今までのものとも明らかに違った。というのはイズミ先輩が実際には翼に恋愛感情は抱いていなかった。全く口約束であるだけの恋人関係。二人で出かけることも、一緒に通学したりお弁当を食べたりすることもなかったようだ。
「涼〜!明日のホームルーム、学祭の話し合いだね!演劇の話までいくかな!ドキドキ〜」
チアキは翼との別れからも立ち直りすっかり元気そうだ。2年生の終盤である今、既に来年の学祭の話が出始める。3年生のパフォーマンスは準備に時間がかかるから。
最初の話し合いの段階で、合唱、演劇、創画それぞれのコアメンバーが決まった。チアキはもちろん演劇に、僕も一応演劇に立候補した。3年生の学祭。少しでもチアキと近づけたら、という下心があった。
「コアメンバーだよ!第一段階クリアだ〜」
チアキは何事にも喜んでいた。感情豊かだ。
僕だってまだチアキを諦めていない。さりげなく探りを入れてみた。
「すっかり元気になって良かったな。一時期はすごい心配したのに。今はもう好きな男とかいないの?」
「ぜんっぜん!なんか恋愛とか飽きたっていうか、よく分かんなくなったし!」
楽しそうで何よりだが、希望のない答えだ。
3月1日、3年生の先輩方が卒業する。エマ先輩も、イズミ先輩もこれでお別れだ。翼とイズミ先輩が付き合った約2ヶ月。同じ学校にいるのに、最初の日を除いて一度も会っていないという。
僕と翼は受付係をしているところ、イズミ先輩が寄ってきた。
「翼。アンタと付き合ったら感情がなくなるんだと思ってた」
「感情が、なくなる?」
「恋愛感情。人を好きになる感情。アンタの元カノが、みんなそうだったんでしょ」
「……」
「なぜかって。アンタに感情がないから。アンタは好きじゃなくても女の子と付き合ってきた。そうでしょ?一方的な思いに応えるだけじゃ女の子は満足しなかった。だから傷つけた。それで傷ついた女の子も自分の恋愛感情を失った。アンタの元カノ、みんなそうじゃないの?」
アスカとエマについては説明がつくし、確かにチアキも『恋愛が分かんなくなった』とついこのあいだ言っていた。
「イズミ先輩、感情失ってますか?」
「それがさ……」
先輩は急に弱気になった。女々しくなった。
「私は好きな男子がいたの、クラスに。でもその人は私の友達と付き合った。だから諦めなきゃいけなかったの。でも、どうしても彼のことが好きで。このままだと彼も友達も傷つけちゃうかもしれない。そして思いついた。アンタと付き合えば、きっとこの感情もなくなるって。思った通り、付き合ったのに何一つアンタからは連絡来なかったし、悲しい思いもしたんだよ」
「その人のことは今……?」
「好き」
さっきまでの仮説は全て通らなくなる。
「でもね、いいの。卒業したら彼とも合わないし、諦められる気がする。ただ最後にひとつ言わせて、好きじゃないのに付き合ったらダメだよ」
「さよなら、翼」
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