第7話

学祭を終えバンドは解散し、翼はまた帰宅部として足早に帰ると思っていた。

ところが今度は、毎放課後、図書室で遅くまで過ごすようになった。エマ先輩と。今回のお相手は3年生、受験生だ。受験と恋愛の両立には賛否両論あるが、エマ先輩は自ら翼へ寄って行ったのだ。そして後輩の彼氏を自習に付き合わせるという、なかなか賢いやり方だ。

グラウンドに面した図書室は、外練習のときによく見える。窓際の席に見えるのは確かに翼の姿だ。静かに集中しているように見えた。

その向かいにいるのがエマ先輩だろう。色素の薄いショートヘアで背は低め。短い髪を耳にかける仕草は、アイドルのような印象を与えた。


似たような情景で翼とアスカが一緒にいたのはもう10ヶ月も前のことだ。時が経つのは早い。翼はこの間に3人目の彼女だが僕には未だにできそうにもない。少しだけ惨めな気持ちになった。来年の今頃には僕は引退。最後の大会が終わるまでは野球に専念しようと自分を励ました。


その頃、翼は成績がぐんぐん伸びていた。


「期末考査の1位、もしかして翼!?」

「あ、うん、そうらしい」

「えー!?」

「うわー!なんで?」

「え、すごい!」


いつもダントツで一位をとるクラスの天才女子が2位に落ちたそうで、周りの女子が騒いでいた。騒がれても嫌味なく「ありがとう」と言って返す翼は男子から見てもイケメンだ。


「翼すごいな、理系科目ほぼ満点じゃん。急にどうした?」

「教えることで理解が深まるって聞いたことないか?たぶんそのおかげ思う」

「どういうこと?」

「エマちゃん、さ。今年入ってから理転したんだって。それで数IIとか理科の応用科目、履修してないのに急に必要になったから俺が教えてたんだ」

「流石だわ、敵わねぇ…!」

「まぁ、エマちゃんに誘われるおかげで図書室通って毎日勉強するようになったのが大きいかな。今までまっすぐ帰っても寝るかギター弾くかだったから」


「なぁ、なんでエマ先輩と付き合ったんだ?」

「…逆に断る理由あるか?」


そうゆう態度が、翼らしさだと思っていた。


「そういえば涼、インスタの使い方わかる?俺全然使えなくって。フォローリクエストってなんだ?」

「インスタ始めたの?」

「あぁ、エマちゃんがインスタ登録しろってしつこく言うから」

操作を説明してストーリー機能を見せていると、どこかの大学の

オープンキャンパスの広告が出てきた。

「翼は、もう大学決めた?」

「どっかの教育学部に行こうと思ってる」

「もしかして、ここ最近で教える楽しさを知ったとか?」

「そんなもんかもな」

翼はごまかすように笑った。純粋だ。


カップルが別れるって精神的にビックイベントなのだと思っていた。いや、普通の人はそうなのかもしれない。けれど翼を見ていると、「別れ」なんてものは当たり前のように時間と共に通り過ぎていくものだという錯覚を覚えた。


それから2ヶ月して、翼は図書室に通わなくなった。別れたの?と聞いたけどそうでもないらしい。秋になり3年生はいよいよ受験勉強のラストスパートに入ったのかもしれない。


後から聞いた話だが、その頃エマ先輩は学校に来れなくなっていたらしい。重症な鬱にかかり、リストカットをするようになっていた。やがて、冬休みに差し掛かる頃に自宅のアパートから飛び降り、自殺未遂をした。一命を取り留めたエマ先輩は、それを契機に自ら翼との別れを切り出した。


学祭をきっかけにできた翼ファンの熱狂はすでに落ち着いていた。しかしエマ先輩と付き合ったという噂は全校中に広まっていた。そして、エマ先輩が病んでいくにつれ、翼アンチも生まれていった。幸い、自殺未遂の件は主に3年3組内での噂にとどまったが、今度は翼の良くない評判で溢れていた。


僕は翼と教室移動を共にすることが多かったが、すれ違いざまに知らない人から暴言を吐かれることが度々あった。

「なんでなんだよ、俺は関係ない」

翼は僕の前で訴えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る