第6話

翼と別れたチアキはしばらくのあいだ落ち込んだ様子だった。ひとりで歩くのが不安でしょうがないと言ったように、怯えた目で世界を見ていた。

「元気?」

「あ、涼おはよう」

「もうすぐ学祭、元気出しなって」

「んー、出店の飾り付けなんて全然楽しくない。絵描いて段ボール切るなんて作業、小学生の図工みたい」

「おっとそれは問題発言」

僕がおどけるとチアキは笑った。一瞬でもチアキを笑顔にできてよかった。


「来年、3年生になったらクラス企画は演劇でしょ、私、それ楽しみにしてるの

「まさか、主役やりたいとか?」

女子が大半を占めるクラスで主役は狭き門だ。

「そうだよ」

「え?」

チアキはそんなキャラではなかったはずだ。


「ああいう役って可愛い子じゃないと認められないでしょ?でもまだ一年ある。今からダイエットして、メイクの練習すれば、まだ間に合うよね?私ヒロインになるの!」

「急にどうした、でもいいんじゃない?チアキならなれると思うよ」

「ありがと!」


今回の学祭で目立つ翼に、対抗心があるのかもしれない。

今までなかった「目立ちたい」願望がチアキに現れていた。



いよいよ学祭のオープニング。ステージには既に例のバンドの影が映る。

ボーカルの先輩の雄叫びを合図に幕が開き、激しい楽器の音が鳴る。

ギターを持った翼をステージの右側に見つけた。先輩たちに弄られたのか、前髪はオールバックで固めてあるようだ。とてもいつもの翼には見えないけど、それがかっこいい。


クラスの女子たちは、普段男子とほぼ関わっていないような子までがみんなして「ツバサ〜」と黄色い声を上げている。翼は観衆に向かって手を振りファンサービス。その中でチアキはちょっと居心地が悪そうにしながらも笑顔で手を叩いている。


演奏は歓声に包まれ、見事な盛り上がりを見せた。このパフォーマンスのおかげで、翼は一役有名になった。


これがまた厄介ごとの始まりだった。


その日の夜から、「翼くんの連絡先が知りたい」と女子からの問い合わせが後を断たなかった。

あの一瞬でできた多くの翼ファンが、あらゆるSNSから翼の名前を探したが何一つ結果は出てこなかったそうだ。翼はインスタもツイッターもやっていなかったのだ。クラスメイトや親しい友人だけLINEを持っていたが、他クラス、他学年とは一切繋がっていなかった。なかった。


翼の噂はどんなものなんだろう、と興味半分1年以上放置していたたインスタを開いてみた。

タイムラインは未だ学祭の余韻でキラキラしており、みんながクラスTシャツやクラス写真をアップしていた。

しかしそれ以上に驚いたのは、僕宛に送られていたDMの数。


『突然失礼します!学祭お疲れ様でした〜(笑顔)(花)

 翼くんと同じクラスの方ですよね?もし良ければ翼くんのアカウント教えてもらえませんかー?』


そんな似たり寄ったりのメッセージが6件来ていた。

ファンはそこまでするのか。見なかったことにして、そっとログアウトした。


「熱狂ファンはどこまでもするんだなぁ、僕のとこにも翼のアカウント教えろってめっちゃ来てるよ」

「迷惑かけたな、でも情報漏らさないでくれて本当に助かってる」

「うん。で、また彼女できるオチ?」


「うわ、誰これ」


翼のスマホをチラッと覗くと、LINEが来ていた。


エマ: 初めまして!3年3組のエマといいます(笑顔) ギターの翼くん、めっちゃカッコよかったよ(星) お友達になれたらと思って!よろしくお願いします(ハート)


「ついにLINEが浸食されたか」

「誰だよ、一方的に知られてるって気味悪い」


一方的に追加された友達、即ブロックすることもできる。しかしあろうことか、翼は「追加」を押した。


『誰からLINEもらったんです?』

返信はすぐに来た。


エマ: アスカちゃんから、もらったよ!


「うわぁ」

翼は見るからにひいていた。僕はその文面の意味が分からずにいると翼が説明した。

バンドにスカウトした先輩方は、アスカの投稿から翼のギターの腕前に目をつけていたという。別れた時に消されたとチアキも話していたあの投稿。

スカウトのきっかけは翼自身も知っていたようだ。

翼のLINEが欲しければ、バンドメンバーの3年生に頼むのが早いが、彼らはさすがに勝手に個人情報を教えたりはしなかった。それなら発端のアスカに、と。アスカならインスタもアクティブユーザーで、手っ取り早かったことだろう。


それでも翼はアスカを責めることも、エマ先輩を拒絶することもせず、物事をなるがままに受け入れていた。それから2週間、毎日エマとメッセージのやり取りをしていたようで、ついに2人は付き合った。


ここまで来ると、もはやデジャブのようだ。

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