エピローグ

それから、毎日、彼女のところへ行った。


いろんな話をした。

冒険家になりたいこと。まずは日本の山を登っていきたいこと。多くの人に、自分の感じた景色や風景を教えてみたい。喜んでほしい。そういうことを、喋った。


彼女は、文字を書く練習を始めた。


まだおっかなびっくりで毛虫のような字しか書けないけど、彼女はたのしそうだった。生まれたばかりの心なんだから、ゆっくり、書けるようになればいい。


そして、容態が急変した。


親父も母さんも、まったく分からない状態になってしまった。ほとんど、お手上げだった。


なんとなく、自分は、分かっていた。知っていた。良いことのあとは、大体わるいことがある。決まってこうなる。


生きようとしたら、しぬほど苦しいんだ。それでも、なぜだか、生きてしまう。


しななかったからじゃない。しねないからでもない。くるしいけど、生きてしまう。そして、生きようとする自分を、許さないといけない。


彼女がくるしいのは、あとすこしだろう。もうちょっとしたら、楽になれる。


下手したら、自分が声をかけて、生まれさせたから、彼女はしぬほど苦しいのかもしれない。


毎日、彼女のところへ行った。

高熱でも、薬でしんどくても、彼女は文字を書こうとしていた。俺の話を熱心に聞きたがった。


俺がやめろと言っても、両親は薬の投与をやめなかった。薬なんて効くはずがない。そういう苦しみじゃないのに。彼女の苦しみを増やすな。


それでも、彼女は、笑って両親を許した。助けたいと思って投与してくれる薬だからと、副作用も気にせず、全部飲んだ。


俺は泣いた。なるべく、つきっきりで彼女の側にいた。


そして、その日がきた。


仮眠中に、彼女が俺を呼んでいるらしいと、両親が呼びにきた。


彼女。

ベッドに横たわっている。もう、文字を書く気も、起きないらしい。


「加流奈」


俺の名前。何度も呼んでくれた。俺の名前。


「どうした、真名」


自分も、彼女の名前を呼んだ。その瞬間だけは、なぜか、繋がっているような、気がした。


「私。あなたに会えてよかった」


「なんだ急に。しぬわけでもなし」


「えへへ」


彼女。くるしそうだ。


「ありがとう。あなたに会えて。私は、生まれることができた」


「うん」


「私。私ね」


彼女の顔が歪む。


「生きたい」


それだけ呟いて、彼女は、眠りについた。

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