第6話 ミラーリング

「えっうそ。すごい。どうやったの?」


予想していない質問。怒られるか無視されるかだと思っていた。


「いや、ミラーリングを」


「ミラーリング。感情共感のために他者の行為を真似ること」


「そう。よく知っているな」


「色々読んだの。暇だったから」


「頭がいいのか。それは俺にとっても予想外だ」


「でしょ。無気力な人間だと思ったって、顔に書いてある」


「おっ」


「ミラーリング」


「すごいな」


「だからって、人扱いしないでね」


おっと。踏み込まれたくないための理論武装か。


「私。人に同情されるのが、いちばんいやなの」


「わかった。人だとは思わないことにする。だけど、人に同情されたくない理由を、訊くのは許されるか?」


「理由?」


「うん。同情されたくない理由か、原因」


「同情されたくない原因、なんだろう。ちょっと待って」


考える仕草。


カルテとは真逆の人間が目の前にいる。聡明で冷静。真剣。無気力とは反対の側にいる人間だ。


「たぶん」


「うん」


「文字が書けないから、かな」


「文字が書けない?」


「私、学校に行ったことがないから、文字が書けないの」


答えに詰まった。

ありえない。今の会話から、相当に頭のいい人間だというのが分かる。ミラーリングもできるから、心裡も分かる。


それなのに。

文字を書けない理由が心因性だと、気付かない。


「そんな」


そんなはずはない。


言おうとして、止めた。

同情されたくない。心因性のものを閉じ込める。そして、文字が書けない。


この子のトラウマは、普通ではないことか。


「そんな程度の問題で、同情がいやなのか」


「え?」



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