第16話 アリスとデート!?

 爽太は体育館裏の壁に背中をべったりと預けてしゃがみ込んでいた。

 視線は力なく上を向き、のんびりと流れる雲の動きを眺める。どこに向かっているのかわからない雲に、これからの自分の行く末を重ねてしまう。

『アリスに告白してしまった』、というとんでもない事態を高木に教えてもらい、そればかりが爽太の頭の中を支配していた。


 これからどうすりゃいいんだ、俺は。


 だが放心状態の頭では何も思い浮かばなかった。


「はぁ~……」

「ちょっと、ため息ばっかついてる場合じゃないでしょ」

「へっ?」


 爽太は視線を横に向ける。そこには同じように体育館裏の壁に背中を預け、しゃがみ込んでいる高木の姿があった。


「あんたさ、これからどうするつもりなのよ」

「どうしようか、どうしようかな、ほんと、どうしよう……、はあ~」

「ちゃんと考えなさいよ。どうしようばっか言っても、どうしようもないでしょうが」

「いや、そうなんだけどさ。でも、ほんとどうすれば良いか分んねえんだよ」

「まったく……、情けないわね」

「あはははっ……、その通りです」


 爽太が弱々しく素直に答えると、高木が居心地悪そうに顔を歪めた。


「うっ~、も、もう! 調子くるうわねっ!? しゃきっとしなさいよ! しゃきっと!」

「あはははっ……、はい、そうですよね、はあ~……」

「うぅ~……! もうっ!」


 高木が勢いよく立ち上がった。


 あぁ、こりゃあれだな。怒って帰る感じっぽいかも。まあ、そりゃそうだよな、高木がこんな俺にずっと付き合う必要はないし。

 爽太は隣にいる凛々しい高木を、どよんとした瞳でただ見つめるしかなかった。高木は真っ直ぐしっかり立ちながら、正面を見据える。そこには低い木々の植え込みくらいしかない。


 なんでそんなの熱心に見てるんだ?


 爽太は少し小首を傾げる。だがどうも高木の瞳はそんなものを見ている感じではなかった。なにか考え事に集中している感じに思える。なかなか動こうとしない高木に、爽太がしだいにそわそわし出した時だった。高木がこっちを急に向いた。力強い、意思の宿った瞳に思わず喉が鳴る。


「爽太っ!」

「はっ、はい!?」


 慌てて返事をした拍子に思わず立ち上がってしまった。でもそうしないといけない気がしたのだ。

 高木は、グッと目元を引き締め、意を決したかのように口を開いた。


「もう一度、告白しなさい」


 爽太の目が見開く。自分の耳を疑った。


「えっ? 今なんて?」


 すると高木がの眉がぴくりと動く。はっ? 何で一回で聞かないの? バカなの? とそう目で語っていた。


 こ、怖えぇ……。


 高木が小さくため息を付いた。


「はあ~、いい、爽太?」

「は、はい」


 高木がしっかりと言葉にする。


「アリスちゃんにもう一度、告白しなさい」

「う、うおっ……」


 思わず唸ってしまった。聞き間違いではなかったことにショックを受ける。アリスにもう一度、告白する。マジで? え? いやそれはおかしくないか?


「いや、えっ、ちょっと」

「なによ?」

「な、なんかおかしくないか」

「どこが?」

「いやいや! なんで俺がもう一度アリスに、そ、その、こ、告白するんだよっ!?」


 すると高木が目をスッと細め、冷たい眼差しで見つめてくる。 はっ? 何で分からないの? バカなの? とそう目で語っていた。


 うおっ……、怖えぇ。って、そうじゃねえ!? まじでわからん!!


 爽太は慌てて猛抗議する。


「だ、だってさ!? またアリスに告白なんかしたらダメだろ!? またアリスは顔を真っ赤にしてさ、俺の事を今よりも避けるようにならないか!? そうなったら俺はアリスともう喋れないまま、あっ」


 そこまで言って気付いた。もしかして高木はそれを狙って!? 俺とアリスがもっと近づきづらい関係性を作って、そのまま引き離す気なのか!? 


 高木の口角が不気味に上がった。お、恐ろしい子っ!!


「なるほどねぇ~、そういう方法もあるわね」

「や、やっぱり、そうなのか……」

「もう、違うわよ、そういうのじゃないの」


 高木は呆れ顔をしつつも、少し優し気に答えた。


 急にみせられた優しさのかけら。なんだか今はそれも変に怖かった。でも怖がってばかりではいけない。


「な、なあ、一体どういうことなんだ?」


 爽太が意を決して素直にそう聞くと、高木が穏やかに話しかけてくる。


「あのさ、あんたはアリスちゃんに英語で『友達になってくださいプリーズ・テイク・ア・フレンド』、って言う所を間違って、『彼女になってくださいプリーズ・テイク・ア・ガールフレンド』って言ったでしょ」

「うっ、はい、その通りです」

「でもね、アリスちゃんはあんたが間違って言った事なんて知らない。ちゃんと言葉の意味を理解して、一応OKしてくれた」

「えっ、えっと、そ、そうです、そうだと……、思います、たぶん」


 爽太は顔を赤くしながら答えた。高木は少し鬱陶しい表情を滲ませつつも、そのまま話を続ける。


「でもさ、あんたは悪気がなくても、言葉の意味を間違えたまま、アリスちゃんの返事を受け取ってるじゃない。アリスちゃんは『彼女』としてなのに。あんたはそれを『友達』として受け取っている。それはさ、すごく――」


 高木が一瞬言葉を止めた。そして真剣な眼差しで爽太に告げる。


「ひどいことだよ」


 高木のその言葉に、ドクン、と鼓動が大きく脈打つ。心臓を中心に波紋が広がり、体中の血液にひろがっていくみたいだった。


『ひどい』か……、うん、そう、だよな。だってアリスは『彼女』としてちゃんと答えてくれたのに、俺は……それを、ただの『友達』として受け取ってるなんて。


 高木の言う通りだと思った。


『もう一度、アリスに告白する』


 今の俺はちゃんと言葉の意味を理解している。そしてその重さも理解している。間違っていたときとは違う。俺は……、もう一度ちゃんとアリスに告白しなきゃいけない。いや、ちゃんと告白したい。それで、もう一度、ちゃんとアリスから返事をもらいたい。たとえ今と違う返事だとしてもだ。


 爽太は、高木に力強く頷いた。


「わかった。俺さ、もう一度告白する。ちゃんと正しい意味で」


 爽太の言葉に、高木がふわっと優しく微笑んだ。一瞬だけ、高木がなんだか可愛く思えた。いやいや、今はそんな場合じゃないよな。


 爽太は頭を軽く左右に振り、高木に話かける。


「でも、どういうタイミングでこ、告白すればいいんだ? ん? あっ、そうか、今みたいに体育館裏に呼び出して――」

「はあ? なにそれ。最悪でしょ」


 爽太の提案は、高木の威圧的な声に両断された。


「へっ!? い、いや、あの、でも告白するには、ふ、2人きりになれる場所が良いかと」

「なんでこんなムードもない場所でするのよ、バカじゃないの?」

「うっ……、ぐぐっ……!」


 爽太が下唇を噛んでいるなか、高木が、しょうがないわね、と呟いた。


「あのね、告白するにも順序ってもんがあるでしょ。それにタイミングもあるし。というかまだどこにも遊びに行ったりしてないのにさ、いきなりまた告白とかありえないから」

「は、はあ? じゅ、順序? タイミング? ……、え?」


 爽太は、そこまで言ってあることに気付いた。


「な、なあ、高木」

「ん? なによ?」

「そ、その、あ、遊びに行くって……」

「そりゃあもちろん、『アリスちゃんとあんた』がよ。ほら、よく漫画とかドラマであるじゃない、男女が仲良く遊んでさ。それでよ、その帰りに、あんたがもう一度ちゃんと告白するっていう感じ」


 高木の説明を受け、爽太は納得する。なるほど、そう言うことか。なるほど……、なるほどね。い、いや、そ、そ、それって。


 爽太の心音が大きく鳴り、体温が上がっていく。


「おっ、おい。高木、そ、それってさ、つ、つまり俺はアリスと、で、で、で……」


 そこまで言って爽太の口が止まる。言葉にするのがとても恥ずかしく、恐ろしい。額に汗が滲む。

 だが、高木はそんな爽太を見つめ、口を細く三日月のように歪ませ、楽しそうに告げた。


「デートよ」

「なっ!?」


 爽太は急に降りかかって来たその言葉に戸惑う。口をわなわなしている爽太に、高木がにひるな笑みを一層濃くする。


「そう、あんたはデートするのよ。お相手はもちろん、アリスちゃん」

「なにいいいいいいいっ―!」

「つっ!? うっさい!!」

「ぐふっ!?」


 爽太のみぞおちに、高木のグーがめり込む。


「がはっ! がはっ……!? お、お前、また……」

「それでよ」


 高木は爽太の悲痛な訴えを無視して話を続けようとした。すると――、


「お~い、そこに誰かいるのか? もう下校時間だぞ~っ?」


 大人の声。


 爽太と高木は顔を見合わせ焦る。隠れなければ!


(高木! あそこの茂み!)

(わ、わかった!)


 爽太と高木は小声でやりとりし、慌てて正面にある茂みに身を潜めた。ちょうどそこに教師らしき男性が見回りに来る。辺りを見渡し誰もいない事を確認すると、少し小首を傾げながら去っていった。

 それにあわせ爽太と高木が立ち上がり、ガサっと茂みから体を出す。お腹から下はまだ茂みの中だ。


「ふう~、危なかったわね」

「だな……」

「とにかく、爽太。アリスちゃんとデートしなさい」

「へっ!? なっ!? で、デー、!?」


 思わずまた声を大きく出しそうになり、口を押える。あともう少しで高木から鉄拳をもらう所だった。

 高木が両手を腰にあてる。少し諦めたような不思議な表情をしたあと、なにやら次はいきいきした顔で口を開く。


「まあ、あんたがアリスちゃんに告白したのは腹立つけど、言っちゃったもんはしょうがないからさ。でも、もうここまで知っちゃったら、私も引くに引けないわよね。もうまったく、世話の焼けるやつよねぇ~、あんたは。しょうがないから私も協力してあげる、しょうがなくよ、感謝しなさい。だって私はクラス委員長だから。ちなみにあんたに拒否する権利はないから」


 高木の決意めいた有無を言わせぬ言葉に、爽太は意味が解らず戸惑う。

 すると、高木が思いもよらぬことを口にする。


「今からさ、あんたの家に行くわよ」

「へっ!? な、なんで!?」


 戸惑う爽太をよそに、高木は告げる。


「だって、ここじゃ計画できないでしょ。さっきみたいに見回りに来るかもだし」

「へっ!? 計画!? い、一体何を――」

「あのね、デートの計画に決まってるでしょ」

「で、デートの計画!? そ、それって」


 高木は好奇心一杯の瞳をランランと輝かせ言い放った。


「もちろん、あんたとアリスちゃんのデートプランに決まっているでしょ」

「なっ!? な、な、な、なにいいいー!?!? ふぐっ!?」


 本日3度目になる、高木の愛のある拳をお腹に受けた爽太。ここにいることバレたらどうすんのよ、高木がそう目配せする。


「うおっ……」


 爽太は悲痛な声を必死に押える。弱々しく両膝曲げ、また茂みの中にずぶずぶと沈んでいったのだった。

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