第15話 アリスは、彼女!?
放課後、爽太は体育館の裏にいた。
高木の約束通り来てみたはいいが、その本人がいない。
「なんだよあいつ……」
爽太は顔をしかめる。
しょうがない、取り合えず待つか。
爽太は体育館の壁に背中を預けその場にしゃがみ込んだ。視線を上げ空に浮かぶ雲をぼーっと見つめる。
ふわふわと気持ちよさそうに浮かぶその姿。
俺もあんな風になりたい……。
「って、何考えてんだ俺は……」
現実逃避していた自分を引き戻す。そして高木が言っていた言葉をしみじみと思い出す。
『やっぱり何かやったのね、アリスちゃんに』
「…………別に、何もやってないと思うんだけどなぁ~……」
思わず独り言が口からこぼれる。
だがほんとに思い当たることがないのだから仕方がない。あえて言うなら、
ふと、アリスのここ最近の様子が脳裏に浮かんだ。
話しかけてもうなずくだけ。
近づくと慌てて隠れる、または逃げる。
爽太の額から一筋の汗が流れる。
「そ、それって、友達とは違うよな……」
で、でもアリスはOKしてくれたじゃん。顔を真っ赤にしながら頷いてさ。あっ……、も、もしかしてほんとは嫌だったのか!? だから何回も、友達になって、って言う俺の口をふさいで!? そ。そうだよ! そうじゃなきやおかしい!
爽太の鼓動が大きくなる。そして今の自分の状況にハッとする。
高木のやつ、もしかしてアリスから事情を聞いているんじゃ……! それでここに来るのが遅いのは女子全員に声をかけてこっちに向かっているから!? やばい……、俺もしかして袋叩きにされる!?
爽太の体が小刻みに震える。慌てて立ち上がった。
と、とりあえず逃げよう。
爽太は足を進めようとして、
「どこいくのよ」
「ひ!?」
爽太は冷たい声がする方へ振り向いた。
「た、高木……」
怪訝な顔でこちらを見ている。
爽太は慌てて高木の周りに注意を払う。幸い高木1人のようだった。そのことにひとまず安心する。
「もう分かっているとは思うけど」
高木はそう前置きをして、威圧的な態度で爽太を睨みつける。
爽太の全身に緊張が走る。
「アリスちゃんに何をしたの?」
「へっ!? いや、あの……、お。俺は何もやっていませんよ……?」
「うそ。じゃあなんで、あんなにあんたのこと避けるのよ。スカートめくりしたときよりもひどくなってるじゃない」
「なっ!? あっ、いや。それはですね…………」
爽太があたふたしていると、高木がめんどくさそうに口を開く。
「あのさ、怒らないからちゃんと言いなさい」
いやいや、それは絶対怒るやつだろ。
爽太の額に嫌な汗が流れる。
『何もやってない』とまた言えば、きっと高木に怒られる。もう嘘でもいいから何か悪い事をしたというべきか。いやいや、ダメだ。なんでそんな事しなきゃいけねえんだよ。じゃあ何を言えば……。
「ねぇ、どうなのよ?」
「うっ……」
高木がギロリとした目を向けて催促してくる。
爽太は喉を鳴らす。も、もう素直に言うしかない。恐る恐る口を開いた。
「お、俺は――、ただアリスに、『友達になってください』、って言っただけなんだよ……」
すると高木の吊り上がっていた瞳が急に丸くなる。
「えっ、なにそれ?」
「いや、だから……。そのまんまの意味なんだが……」
「ふ~ん……」
高木がなにやら考えこむような表情を見せた。
爽太はただじっとその様子を見つめる。
すると、高木が口を開いた。
「というかさ」
「は、はい」
「アリスちゃんに、いつそんなこと言ったの?」
「えっ……?」
「だってさ、アリスちゃんとあんたがしゃべっているとこなんて、全然見たこと無いし」
「あっ――」
高木の疑問に爽太はハッとする。確かに俺、学校ではアリスと全然しゃべってない。高木が不思議がるのも無理はない。
爽太が口ごもっていると、高木の目がスッと細くなる。
「う・そ・ついたでしょ?」
「ちっ!? 違うって!? ほ、ほんとのことだから!」
爽太は必死に言うも、高木は疑いの眼差しを向けていた。
くっ!? もう仕方ない。ちゃんと全部話そう。
「えっと、俺さ! 学校の帰りにアリスとばったりあったんだよ」
「はい? いつ?」
「その……、ア、アリスにスカートめくりした次の日にさ……」
「ふ~ん?」
高木の怪しむ目にさらされながらも、爽太は高木に事のいきさつをもう一度一から話した。
アリスにスカートめくりをした際、アリスの服のポケットからハンカチが落ちた事。
そのハンカチを次の日に返したら、アリスがお礼を言うため下校中の俺を待っていた事。
なんでハンカチを届けたのが俺と分かったのか、アリスにそれを聞いた際、ハンカチに付いたお好み焼きのソースの香りで分かった事。
アリスがお好み焼きに興味を示したので家に招待し、作って食べてもらった事。
そして――、
「んで、アリスを家まで送っているときにさ、言ったんだよ、『友達になってください』ってさ……。そしたらアリスはOKしてくれて……」
爽太が話し終えると、黙って興味深げに聞いていた高木が、大きな瞳を薄目にし冷たい吐息をもらす。
「ふぅー……、だったらなんでアリスちゃんは、あんたから逃げてるのよ?」
「それが分からねえから困ってんだよ……」
「そもそもさ、アリスちゃんはほんとにOKしてくれたの?」
「あっ、ああ……、たぶん」
「なによ? その微妙な感じ」
「いやちょっと……、自信がなくなったというか……。でも……、ちゃんと頷いてはいたんだよ……」
「ふ~ん……?」
爽太はアリスが頷いてくれた光景を思い出す。顔を真っ赤にし、何度もコクコクと頭を上下に揺らしていたあの姿。アリスのすごく慌てたあの様子が脳裏に浮かび、思わず口が緩む。あんなに恥ずかしがらなくてもいいのにな。
そう思った時ふと気になった。そういや、高木もアリスと友達になるとき、あんな感じだったのかな?
「なあ、高木」
「んっ? なによ?」
「あのさ、高木がアリスと友達になったときさ、アリスめちゃくちゃ恥ずかしがったりしなかった?」
「へっ? なにそれ?」
高木が不思議そうに目を丸くする。爽太はそのことに少し驚く。
「えっ? あれ? いや俺のときはさ、すげぇ顔真っ赤にして、もう必死に頷くだけだったから……、ち、違うのか?」
「私のときは、すごく喜んで手を握ってくれて、めちゃくちゃ笑顔だったわよ」
「なっ……、ま、まじかよ……」
「うん」
爽太は全身から力が抜けるのを感じた。あははっ、やっぱ俺はアリスと友達になれてないんじゃ……。あの頷きはきっとその場しのぎといいますか……、きっとそうだったんだよね……。
爽太が遠い目をしているなか、高木はなにやら難しい顔をして片手をあごに添えていた。まるで探偵が事件について考えているみたいだ。
すると高木が片手をあごから離す。そして爽太に尋ねる。
「ねぇ、爽太」
「はい……、なんでしょう……」
「アリスちゃんに『友達になってください』って言ったんだよね?」
「はい……、そうです」
「それってさ、日本語で言ったの? それとも、英語?」
「へっ? そりゃもちろん……、英語で」
爽太がそう言うと、高木は腕を組む。
「う~ん……、私もアリスちゃんと友達になるとき、英語で伝えたのよね」
「はぁ、さようですか……」
「だから、あんたと全然反応が違うのはなんというか……」
「あはははっ……、ですよね~。きっと、俺の英語の発音が超ヘタクソで、違う意味に聴こえちゃったんだろうな」
「ふ~ん……」
爽太は力なく肩を落とす。そんななか、高木は少し思案顔をしたあと口を開いた。
「あのさ、アリスちゃんに英語で何て言ったの?」
「へっ?」
気の抜けた声を出す爽太に、高木が眉根を寄せる。
「だから英語。あんたのヘタな発音はこの際おいとくから、ちょっと私に言ってみなよ。アリスちゃんに言った英語」
「は、はあ……?」
「ほら、はやく」
少し吊り上がった瞳で急かす高木。
はあ~……、それを言ったところで、何か変わるわけでもないよな……。爽太はそう思いつつも、アリスに告げたあの言葉を、ゆっくりと、そしてはっきりと口にした。
「
高木の瞳が一瞬にして大きく見開いた。そして――、
「なっ……!? えっ!? う、うそ!? そ、爽太!? う、うそでしょっ!?」
高木が驚愕の表情で爽太を見つめる。あまりの変わりように爽太の心臓が跳ねる。俺、そんなにビックリするようなこと言ったのか!?
気づけば高木の顔も、アリスともまではいかないが赤くなっている。
「ちょ、ちょっと爽太!」
「はっ、はい!」
「もう一度言いなさい! さっきの英語! わ、私の聞き間違いかも知れないからっ!」
「ええっ!? いやでも――」
「はやくっ!」
「ひっ!? は、はい!」
高木の鬼気迫る勢いに押されつつも、爽太は口を開く。
「プ、プリーズ・テ、テイク・ア――」
少し息継ぎをし、最後の言葉を発した。
「ガールフレンド」
「つっ!? そ、そ、そそそ、爽太っ!!」
「ひいっー!?」
ガシッ!
爽太は高木に両肩を力強くつかまれた。高木の指がぐいぐい食い込み鈍い痛みを感じる。獲物を逃がさないようにしているみたいな雰囲気に爽太が戸惑っていると、高木が声を荒げる。
「あんたアリスちゃんに、な、何を言ったか分かってるの!?」
「いやあの!? それはもちろん、と、友達になって――」
「全然!・違うわよっ!」
「うそだろ!? やっぱり俺の英語の発音がヘタで――」
「そういう問題じゃないっ!! つっ~! このバカっ!!」
「なっ!? なんだよいきなりバカって!?」
「バカだからバカって言ってるのよ!!」
「はっ、はあっ!? わけわかんねえし!」
「く~っ!! もうっ!! このバカ!!」
高木はそう言うと、爽太の肩から両手を話す。爽太は両肩を労わりながら高木を見据える。
「なんなんだよ、さっきから!! バカバカって!?」
「ほんとの事だからそう言ってるのよ! まったく……、そ、そりゃ、アリスちゃんも驚くわよ! あんたがいきなりそんな事を言ったら!!」
高木の言葉に、爽太の胸が大きくざわつく。
「や、やっぱり俺、ア、アリスにひどい事を言って……」
「ひどいってもんじゃないわよっ! すごい、最悪よッ!」
「う、うそだろ……!! 俺、どうしたら……」
爽太は思い悩むもどうしようもなかった。もうアリスに言ってしまった言葉は取り消せない。俺はアリスになんて最悪な事を言って…………、ん? えっと、俺は結局、どういう事を言ったんだ?
「なあ、高木……」
「なによ!」
「俺は、アリスにほんとは何て言っちゃったんだ?」
「なっ!?」
高木の顔が赤くなる。
「そ、それを私に言わせる気!?」
「えっ!? いやだって俺解らないし……」
「ほんとっ、バカね!」
「ぐっ……、ああ、バカだからさ……、頼むよ、教えてくれ……」
「つっー! あ~もう! わかった! ちゃ、ちゃんと聞いときなさいよ!」
「お、おう」
高木が戸惑いつつも、小さく口を開いた。
「か、かの、じょ、になってください」
「え? かじょ、になってください?」
「ち、違うわよっ!! か、かのじょ!」
「かのじょ?」
「そうよっ! かのじょ! 彼女!」
「彼女って……、えっと~、好きな女子の事?」
「そ、そう! 男子が告白して付き合う、女子の事よ!」
爽太は瞳を丸くする。
「な、なんでいきなり彼女が出てくるんだ?」
「あんたがそう言ったからでしょ! 英語で! アリスちゃんに!!」
「…………え?」
爽太は一瞬何を言われているのか分からなかった、だが次第にその意味を理解しだした。かのじょ、彼女……、えっ? つ、つまり俺は、ア、アリスに言ったあの言葉は――、
プリーズ・テイク・ア・ガールフレンドは――
『友達になってください』
ではなく、
『彼女になってください』
「まじかよおおおおおおッー!?!?」
「つっ!? いきなり大声出すなっ!!」
「ぐふっ!?」
高木のリバーブローが、爽太にクリンヒットする。
「がはっ!? がはっ! い、いきなりなにしやがる……、ふう、ふう」
だがそのおかげが、爽太は息を整えている間に少し冷静さを取り戻す。だが鼓動は大きく、全身がすごく熱い。爽太は高木に遠慮気味に視線を合せ、恐る恐る口を開いた。
「あの、高木さんや……」
「な、なによっ!」
「俺……、これからアリスと……、どう接したらいいですかね……?」
高木は顔を赤くし、大きな声を上げた。
「そんなの知るかああああああああー!!!!」
「ですよねぇー……」
爽太は弱々しい声で呟き、天を仰いだのだった。
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