第13話 アリスのお父さん
アリスの様子が、おかしい。
爽太は後ろを振り返った。少し離れたところにいるアリスが、慌てて視線を外す。だが、横目でこちらの様子をうかがってはいる。
爽太は困惑しつつも、ちゃんとついて来ていることに、ひとまず安心する。
「えっと……、このまま、真っ直ぐでいい?」
爽太は左手の人差し指で、今進んでいる道を示す。するとアリスは、頬を赤く染めながら、コクコク、と小さく頷く。アリスの返事を確かめた後、爽太は前を向き、歩き始めた。アリスも、少し遅れてから続く。
さっきからずっとこの調子だった。
なんでアリスは、俺から距離をとるんだろ? せっかく、
できれば、アリスにもっと近づきたい。仲良くしゃべりながら家まで送ってあげたい。だが、爽太が無理に近づくと、なぜかアリスは一定の距離を取ろうとする。このままじゃ、またアリスが逃げ出す恐れもあるため、結局今の形に落ちついた。時々アリスが爽太を呼び止め、後ろを振り返ると、片手で曲がる道を指示してくる。爽太はそれに素直に従った。
なんだか思っていた
気分が落ち込む。
まあでも、仕方ないか。俺がちょっと強引に、
爽太の頬が少し熱を帯びる。慌てて、頭を左右に振った。
ま、まあ! これから徐々に仲良くなれば良いんだから! 少しづつ、慣れていけばいいさ。
「そ、そうた!」
「ん?」
アリスの呼び止める声。また曲がる指示かな。
爽太は立ち止まり、後ろを振り返る。
アリスは、その場で固まっていた。指示を待つが、何もこない。
アリス?
爽太はアリスに一歩近づいた。すると、アリスも一歩後ろに下がる。
爽太は慌て足をとめた。
そうだった、近づいたら逃げちゃうんだった……。でもなあ……。
爽太が困っていると、アリスの表情がなにやら引き締まった。なにか覚悟を決めたかのよう。そして、爽太にゆっくりと、近づいてくる。
えっ!? ア、アリス?
突然距離を縮めてくるアリスに、爽太の鼓動が早くなる。そんなに驚くことではないのだが、今までの距離感があっただけに、戸惑ってしまう。
そしてアリスは、爽太の目の前にやってきた。
「そ、そうた……」
アリスが指を指し示した。
え?
爽太は、アリスの指の先の方向に目をやる。思わず声を上げた。
「なっ……!? も、もしかして、ここがアリスの家!?」
目の前には大きな西洋風の家が建っていた。レンガ調の外壁に、アーチ状の窓がいくつもある。三角の赤色屋根が目を引く立派なたたずまいだった。
「そ、そうた」
「はっ、はい!?」
アリスが顔を赤らめながら口を開いた。
「あ、ありがと」
「えっ!? おっ、おう……」
2人はその場で固まる。爽太の額から汗が滲む。
なんだかすごく気まずい。あっ、そ、そうだ!
「ア、アリス!」
爽太の呼びかけに、アリスの小さな両肩が跳ねる。
アリスが恥ずかし気に視線を合してきた。爽太の鼓動が大きくなる。
なっ、なに、ドキドキしてんだよ、俺は!? アリスは、と、と、友達だろ!
「えっと! これ……」
爽太は右手に持っていた、ビニール袋をゆっくりと差し出す。中には、アリスのお土産用に作った、お好み焼き、焼きそば等を詰めたパックの容器が入っている。
アリスの頬が、優しく緩んだ。強ばっていた目じりもふわっと下がり、とても愛らしい。
いや、ちょっと、か、かわ、かわい――、
「ありがと」
動揺する爽太をよそに、アリスがそっと手を伸ばし受け取った。
「あっ……、う、うん……」
そのまま、また互いに見つめ合う。
……って、このまじゃいけない! アリスが家に帰りづらいだろ、これじゃあさ!?
爽太はそう思い、腹をくくり、アリスに別れの言葉を――、
「こんにちワ」
「わわわっ!? は、はいっ!?」
とても穏やかで紳士的な男の声が、爽太の後ろから響いた。慌てて振りかえると、そこには見知らぬ外国人が立っていた。
えっ!? だ、誰!?
「
アリスが嬉しそうな声を上げ、その人に近づいていく。
「
とても優しい笑みを浮かべ、アリスを迎える彼。
黒のスーツをぴしっと着こなし、とてもカッコいい。まるで、映画に出てくる俳優さんみたいだった。見た感じでは、30代後半か、40代前半くらいだろうか。
アリスがピタッと彼に引っ付く様子に、爽太の胸が変にざわつく。よくわからないモヤモヤした感情が爽太の心の中でうずく。
彼が、ふと爽太に視線を合した。爽太の全身に緊張が走る。
背が高く、上から見下ろされ、すごい威圧感。だが、とても優しい笑みを浮かべていることに、爽太の気持ちが少し軽くなる。
彼が、口を開く。
「はじめましテ。Aliceの、父です」
「えっ!? ア、アリスの、お父さん!?」
爽太がそう言うと、彼はにっこり微笑む。
「えっと、君はなんてお名前かナ?」
「あっ! そ、爽太っていいます! その、アリスの友達です!」
「あ~! Aliceの
上手な日本語で話すアリスの父。ときどき交じる流暢な英語に、爽太はどぎまぎしながらも、しっかり頷く。
するとアリスの父が、なにやらアリスに色々と話を聞きだした。アリスは、頬を赤くしながらも、なにやら必死になって英語で話している。一体何を話しているのか、爽太には全くわからないが。
するとアリスの父が、爽太に優しく声をかける。
「ありがとう、ソウタくん。Aliceを家まで送ってくれて。それに、こんな素敵な
「いえいえ!!」
「良い
そう言われアリスは、必死にコクコクと頷くのみ。
アリスの父は笑いながら、爽太に話しかける。
「すまないネ、ソウタくん。Aliceがこんなに照れるなんてめずらしイ」
「そっ、そうなんですか?」
「あぁ。ふふっ、きっと日本で
「はっ、はい!」
アリスの父が嬉しそうに、目を細める。爽太の気持ちが高ぶる。アリスの父親にも、友達として認めてもらえたことが嬉しくて。
だから爽太は、しっかり言葉にして伝えたいと思った。
爽太が元気よく、口を開く。
「Aliceは僕にとって大事な……、
「…………、
Aliceの父が突然低い声を上げた。表情がとても重苦しい。
えっ? あっ、あれ?
急に空気が重くなり、爽太が不思議がるなか、アリスが慌てて口を挟む。
「
「
アリスの父が、娘の口を押えていた。
紳士的な感じが急に消え失せたアリスの父が、爽太につめよる。
「ソ、ソウタ、くん」
「はっ、はい!?」
「もう一度聞くが、アリスとは……、どういう関係かナ?」
「へっ!? えっと、友達で……」
「ふむ……、そうだね……、ほんとに、そうだネ……?」
「はっ、はい!そうです!」
「そうか、そうか、アハハハハハッ! 私としたことが! てっきり勘違いするとこだったよ。君はアリスの、友達、なだけだよネ!」
「そ、そうなんですよ、アリスは僕の友達! つまりですね!
「
アリスのお父さんが、大柄な体を盛大に反らせ、両手で頭を抱えていた。まるでアメリカンコメディアン。そのそばでは、口をパクパクと金魚のように動かしているアリス。顔の色も、赤い金魚のように鮮やかに染まっていた。
えっ、ええっ!? い、一体、ど、どうなってんだ!?
爽太は今の状況に混乱するばかりだ。
すると突然、どこからか携帯の音が鳴った。
アリスの父が慌ててスーツのポケットに手を入れる。スマホを取り出し、耳に当てる。何やら話し込んだあと、通話を切った。そしてアリスに早口でなにやら話した後、爽太にも口を開く。
「えっと、ソウタくん」
「は、はい!」
「すまないね……、急な仕事で、会社に戻らないといけなイ」
「あっ、はい」
「本当なら……、今から我が家で、手厚くもてなしたいところなのだがね。アリスの
「い、いえいえ! そんな、おきになさらず――」
アリスの父が、爽太の両肩を力強くつかんできた。
「そういう訳にはいかなイ!!」
「ひっ!?」
アリスの父はすごみのある顔付きで話し出す。
「ソウタくん!」
「はっ、はい!」
「必ず! いつでもいいから、家に遊びに来なさい!」
「へ!?」
「必ず、我が家に遊びにきなさい。君は、私の愛しの娘、Aliceの
「は、はい! ぜひ! そ、そうさせてい、い、いただきますっ!!」
「うむ、良い返事だ……。ソウタくん、では……またね。それから、Aliceも」
そういって、アリスの父は急ぎ足で去って行った。
取り残された爽太とアリス。
「えっと……、アリス? なっ!?」
爽太はアリスの表情を見て驚く。顔を真っ赤にし、なにやら怒っている様な、すごい剣幕だった。口元をわなわなと震わすも、アリスはそのまま何も言わず、家のチャイムを粗々しく押す。すると大きな門が開かれる。
「えっ!? ちょ、アリス!」
爽太の呼び止める声を無視し、アリスは開け放たれた門を通り、真っ直ぐに進んでいく。門が次第に閉じていく。
門が閉じ、アリスが家のドアを開け中に入っていってしまった。その場で茫然と立ち尽くす爽太。しばらくしてから、爽太は力の無い足取りで、元来た道を、とてとてと歩いて帰っていった。
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