第12話 ガールフレンド
「アリスッ! 待てって! アリスッー!!」
爽太は大きな声を出す。だが目の前を走るアリスは止まってくれない。むしろ速度を上げていく。
くそっ! なんで、逃げるんだよッ!
爽太はアリスにいらつきながらも、なぜ逃げるのかその理由を必死に考える。思い当たることと言えば――、
俺がアリスに、友達になってください、って言ったことくらいしかないよな……。
英語で、一生懸命伝えたつもりだった。
もしかして、俺の発音が悪すぎて、
爽太の脳裏に嫌な思い出がよみがえる。
アリスにスカートめくりをしたあの日のこと。
怒られて、思いっ切り頬をぶたれたこと。
アリスを泣かしてしまったこと。
涙を流しながら、走り去ってしまったこと。
あのときのアリスが、今追いかけているアリスの背中に重なってしまう。
「ああっー!、くそっ!」
爽太は走りながら、片手で頭を荒々しく掻いた。走る速さが落ちていく。
アリスとの距離が開き始めた。
このままじゃ、追いつけない。
でも……、もうそれでいいか。
またアリスを傷つけたんだ。もう、許してもらえないだろうし……。
(いいから走りなさいッ! じゃないと……、一生後悔するよッ!)
絹江の言葉が突如、爽太の頭に蘇る。
爽太の両肩が跳ねる。
つっ!? 、なんで……、今そんなこと思い出すかな。
だいぶ離れてしまった、アリスの後ろ姿を再度見つめる。
このままアリスを逃がしたら、俺はきっと――、
後悔する。
「ああ~! くそっ!! 俺は何やってんだよッ!」
爽太は両足に力を込めた。走る速度が一気に増していく。ぐんぐんと縮まるアリスとの距離。
またアリスを傷つけてしまったのなら。
また謝ればいい。
また仲直りすればいい。
そして――、
「
迷いが吹っ切れた。
「アリスッ!!」
そう叫んだと同時に、爽太は左手をめいいっぱい伸ばし、アリスの右腕を掴んでいた。
「!? …………」
アリスは、爽太に顔を向けない。小さな両肩が大きく上下し、荒い息遣いが聞こえる。
「ア、アリス……、えっと、その……」
爽太が何を話せばいいか悩んでいると、アリスがゆっくりとこちらに向く。
頬を赤く染め、瞳が少し潤んでいる。
「うっ……!?」
爽太はアリスの顔を見て、声を詰まらせる。
怒っているんだと思った。
あっ、謝らないと……。
「そ、そうた……」
「つっ!? はっ、はい!?」
アリスに突然名前を呼ばれた。爽太が慌てて返事をすると、アリスはすごく顔を赤くしながら、右腕をそろりと上げる。爽太の左腕も持ち上がる。
「あっ――」
自分の左手が、アリスの右手首をしっかり掴んでいることに、今気づいた。
アリスの細い腕の感触に意識が集中する。柔らかな張りのある弾力と、滑らかな肌触り。それに、ほんのりと感じるアリスの体温が、爽太の左手に優しく伝わってくる。
「わわわっ!? ご、ごめん!!」
慌てて左手を開き、アリスの右腕を開放する。
アリスは右手首を、そっと自分の胸元にまで引き寄せた。恐る恐る、右手首をさする。顔や両耳を真っ赤に染めながら。
アリスの異様な様子に、爽太の胸が大きくざわつく。
怒っている様な、そうでもないような……。
「そ、そう……、た」
アリスの薄い唇が、また小さく開いた。
爽太に緊張が走る。
アリスが小さな声で、聞いてくる。
「
「えっ?」
英語で何かを問われた爽太。でも、その言葉の意味は分からない。
なおもアリスは続けて、口元を動かす。
何かを言おうとしている。
白い喉元がしきりに動き、詰まらせている言葉を、押し出そうとしているのが分かった。
爽太も思わず喉を鳴らす。
そしてアリスの声が、耳に届いた。
「
アリスの言葉を聞き終えた爽太は、確かめるように口をひらく。
「えっと……、ガール・フレンド?」
アリスは、爽太に慌てて頷き、
「
と、真意を確かめるよう瞳で爽太を見つめる。
爽太は、そんなアリスに申し訳ない気持ちになる。
あははっ……やっぱ、俺は英語の発音がダメなんだな……。きっとアリスには違う意味で伝わっているんだろう。何かはわからないけど。
「そ、そうた?」
心配そうなアリスの声音に、爽太は苦笑する。
「あっ、いや、大丈夫」
だったら、また伝えたらいい。
何度でも。
ちゃんと伝わるまで。
だって俺は、アリスと――、
友達になりたいから。
「アリス!」
ビクッ!
爽太の声にびっくりするアリス。身構えるアリスに、爽太は笑顔で声を発する。
「
「
アリスが思わず甲高く裏返った声を辺りに響かせる。
くっ! やっぱちゃんと伝わってないか! なら! 何度でも繰り返すだけだ!
「
「
「
「
「お願いだ、アリス! ガール! フレンドッ!」
「
「ガールフレ~ンド!」
「そ、そうた!?」
「ガール! フ・レ・ン・ド!」
「
「アリス! お願いだ! プリーズ! マイ・ガールッ! ふぐっ!? もがもがっ!?」
「そっ! そうたッ!!」
アリスがいきなり、両手で爽太の口をふさいだ。
アリスの柔らかな手のひらの感触が、爽太の唇にぎゅ~っと押し付けられる。ほんのりと温かく、それになんだが良い香りもする。爽太の心臓か大きな鼓動をたてるなか、アリスが「そ、そうた」と小声でささやく。
爽太の視線がアリスの顔に吸い寄せられる。そこには、顔を朱に染めた涙目のアリス。
小さな唇を小刻みに震わし、下唇を少し噛みながら、小さく、
頷いた。
えっ?
爽太の瞳が大きくなる。じっと見つめてくる爽太に、アリスは、ためらいがちに、でももう一度ゆっくりと、頷いて見せた。
こ、これって、もしかして……、ちゃんと伝わったのか?
そう思っていると、アリスの手のひらが、爽太の口からそっと離れた。
アリスは、顔を赤くし、爽太をチラチラと見ている。
爽太は、確かめたくて、口を開く。
「アリス……、その、ガール――」
「そ、そうたっ!」
慌てて爽太の言葉を止めるアリス。すごく恥ずかし気に、顔を伏せる。
爽太の頬が緩む。
そっか。うん、良かった。ちゃんと――、伝わってんだな!
「アリス!」
爽太の呼ぶ声に、アリスは両肩を大きく震わす。両頬と耳を朱に染めたアリスが、爽太に横目で視線を合す。
爽太は、思わず苦笑する。
「えっとさ、これからもよろしく。アリス」
爽太が満面の笑みで優しく笑う。
アリスは、目を見開き、おどおどした様子で、湯気が上りそうなほど、赤く顔を染め、コクコクと小さく慌てて頷いた。
爽太は喜びをかみしめながら、アリスに話かける。
「じゃあ、アリス。家まで送るよ。今さ、どこにいるかかわからないだろ?」
そう言って優しく微笑む爽太に、アリスは――、
コクコク、と、また小さく慌てて頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます