第11話 ガールフレンド(仮)

『お好み焼き屋 たけもと』の玄関の引き戸が開いた。カラカラカラと、乾いた金属音を穏やかに立てながら開け放たれ、アリスと爽太、絹江の3人が外に出てきた。外に出ると夕日が周囲を照らしており、綺麗な茜色に染まっている。

 アリスが、おもむろに爽太と絹江の正面に立つ。片手にはビニール袋を1つ下げており、中には透明なプラスチックの容器にパックされたお好み焼き、焼きそばなどが入っている。

 アリスが手にしている袋を少し上に掲げ、爽太と絹江を見つめる。表情はとても嬉しそうだが、少し申し訳なさそうな雰囲気を醸し出していた。

 爽太は少し苦笑する。

 ちょっと張り切って作り過ぎちゃったなあ。

 アリスに、お好み焼きを始め、色々なものを食べてもらいたくて、量を考えず作ってしまった。小柄なアリスには食べきれないくらいに。そんな自分に恥ずかしさが込み上げてくる。

 すると、爽太の隣にいる母の絹江が、アリスに向かってほがらかに口を開く。


「いいのよ、アリスちゃん。お家の人にね、ぜひ食べさせてあげて」

 

 絹江はそう言って、ニッコリと笑う。爽太も続いて口を開いた。


「アリス、その……、プレゼント! アリスのファミリーと、レッツ、イート! えっと……、これで分かるかな……」

 

 爽太はつい最後の言葉尻が弱くなる。だが、そんな心配は必要なかった。アリスは瞳を大きくし、嬉しそうに顔をほころばせた。


「ありがと」


鈴の音のような愛らしい声音とともに、アリスは綺麗なお辞儀をした。その可憐な姿に見惚れてしまい、爽太は思わず照れる。すると爽太の隣で、


「もうほんっと……、可愛い子だねぇ~。はぁ~……」


絹江の生温かい声。爽太の背筋が少しざわつく。絹江にチラッと視線を向けると、うっとりとした表情を浮かべていた。爽太はつい眉間にしわを寄せ、呟いた。


「なにその顔、気持ちわる……」

「ああんっ? なんか言ったかい? この、バカ息子」

「なっ……! だ、誰がバカだよ、この、ババアッ……!」

「バッ……!? は~ん、そうかい……」


 絹江が冷ややかに目を細める。

 な、何だよ。


「スカートめくりする子に、バカって言って何が悪いんだい?」

「なっ⁉ い、いきなり何言いだすんだよ!? 今ここで言うか、そんなこと!?」


 爽太の訴えを絹江は無視する。絹江が意地悪く笑う。


「はあ~、私もパンツ見られないように、気を付けなくちゃいけないねぇ~」

「バッ!? バカじゃねえの!? 誰が見るかそんなもん!! バカじゃねえの!!」

「こら! 爽太! 親に向かってバカって言うんじゃないよ! この、バカ息子!!」

「そう言う母ちゃんもバカ! って言ってんじゃねえか!! 俺に!!」

「あんたは良いのよ、バカなんだから」

「納得できるかっ!!」


 爽太と絹江がググっと顔を寄せ合っていがみ合う。すると、クスクスと楽し気な笑い声が、2人の鼓膜をくすぐる。声の主は、もちろんアリス。目を細め優しい笑みを浮かべている。そんなアリスに気付いた爽太と絹江。2人とも少し照れながら、いがみ合うのを止めた。そんな様子を温かく見守るアリス。

 爽太は思わずバツの悪そうな顔をする。 

 俺は店前で、なに母ちゃんと言い争ってんだよ……。

 爽太は内心そんなことを思いながらも、気持ちはとても穏やかで、温かかった。アリスが、楽しそうに笑ってくれているのなら、それで良いか。アリスと仲直りができた喜びを、爽太は改めてかみしめていた。

 これでアリスと、友達になれるな。

 ふと爽太がそう思った時、ハッとする。

 そう言えば俺は、アリスに『友達になってほしい』、って言ってないな……。

 別にあえて言うこともないと思うが、爽太の心がうずく。気恥ずかしさが込み上げるも、素直に『友達になってください』と、今目の前にいるアリスにちゃんと伝えたかった。

 爽太は、少しむくれている絹江の耳に小声で話しだした。


「なあ……、母ちゃん」

「なんだい、急にこそこそと……」

「その……、『友達になって』って、英語でなんて言う……」


 爽太の遠慮気味な声に、絹江はにやりとした笑みを浮かべる。

 うっ……、な、なんだよ。


「あらあら……、そんなことも知らないのかい?」

「しっ、知ってるよ……!? その、ちゃんと合ってるか、念のために聞いてんだよっ……!」


 爽太の話を聞き終えると、絹江は少し考えた素振りをみせた。一瞬、不敵な笑みを浮かべたように見えたが、すぐに爽太に耳打ちをする。

 絹江の言葉を聞き終えた爽太。絹江は、なにやら爽太の様子に興味津々。だが爽太は別に気にすることなく、とても穏やかな顔で、

「ありがとう」

 と絹江に小声で言った。

 絹江の顔がぎょっとする。予想外の反応だったみたいで慌てているようだった。だが爽太はそんな絹江を無視し、アリスの目を真っ直ぐ見つめる。

 不思議そうに首を傾げるアリス。とても柔らかな表情で、『なに?』と、爽太を見つめる。

 爽太の喉が少しなる。恥ずかしさもあるが、優しく微笑み、絹江に教えてもらった、その言葉をつたない英語で、はっきりと口にする。


プリーズ! ビー・マイ・ガールフレンド僕の彼女になってください!!」

 

 辺りが急に、静かになった。そして、突如動かなくなったアリス。時間が止まったかのようにピクリともしない。爽太の体に緊張が走る。アリスの身に何が起こっているのか分からなかった。


「ア、アリス?」


 思わず、アリスに手を伸ばした瞬間――、

 

 ガシャ!


 突然、アリスがお土産のビニール袋を落としてしまった。

 

「わわっ⁉ アリス⁉」 


 爽太は驚きつつも、慌ててお土産のビニール袋をひろう。アリスにもう一度手渡そうと、パッとアリスの顔を見るとそこには―、


「なっ!? ええっ!?」


 熟れたリンゴのように、顔を真っ赤にしたアリスがいた。

 突然のことに慌てる爽太。

 まさか母ちゃん、アリスを怒らすようなことを言わせたんじゃ⁉ い、いや、落ち着け! そんなことする意味ないだろ!

 爽太はとりあえずお土産のビニール袋を渡そうと近づく。だがアリスは慌てて後ろに下がってしまう。


えっ!? なんで!? ちょっと、アリス!?


 爽太がもう一度、距離を詰めようとすると、アリスが慌てて背を向けた。そして、いきなり駆け出した。


 予想外の出来事に、茫然とする爽太。そんな爽太に、絹江が声を荒げた。


「なにをぼさっとしてんのッ! 爽太!!」

「なっ!? ええっ!?」

「早くアリスちゃんを追いかけなッ!!」

「えッ!? いや、一体何が起こって――」

「いいから走りなさいッ! じゃないと……、


絹江のすごい剣幕に押され、爽太は弾かれるように駆け出した。

アリスの背中を追って。全速力で。


「アリスーッ!! 待てってー!! アリスー!!」


 爽太が声を張り上げながら店から遠のいていく。だいぶ距離がはなれた頃合いに、絹江が困ったように口を開いた。


「あんたが、そこまで英語知らずと思わなかったわよ……。で気付きなさいよ……、あの息子」


 小さくなった爽太の背中に、絹江はバツが悪そうに、弱々しく呟いたのだった。

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