第14話 白本

「ライト君は、オカルト的な鏡はないと言ったが、僕は、全て鏡のせいにすれば筋が通る気がするんだがね」

 とロバートが言った。

「オリバー・ジャクソンの死因は自殺だが他殺だといったオリビアの証言とも合うし、あの娼婦だってそうなんだろう。

 だから思うんだ。

 そもそもの原因はあの本じゃないかい? あの本に書かれていた映想鏡という魔法の鏡のページを見たから、こんなことに巻き込まれている。と思わないかい?」とロバート。

 サミュエルは白本を手にして掌に背表紙を乗せた。すると本は迷いなくぱっと映想鏡のページが開いた。

「また加筆してある」

 二人がページを見る。


【見たものの望みをかなえる。

 相手の死を望めば、相手は死ぬ。自分が死を望めば死ぬ。

 永遠の若さと、永遠の命。永遠の富。あらゆる望みが叶う。

 だがそれと引き換えに、寿命が吸い取られていく】


「おかしなことを言うね。永遠の命を授けながら、寿命を吸い取るだなんてね」

「まったくだね」

 とロバートの意見に同意する。

「でも、この加筆に従えば、自分が、例えばアイラー・グリフィスが、「オリバー・ジャクソンに振り向いてもらいたい」と願ったとする。その鏡をオリバーに見せようと近づく。

 あぁ、オリビアが劇場前でボーイに追い払われたり、鏡を翳そうとしていた点でも、間違いないと思うけども。どうだろう?」

「たぶん、そうだろうね」とサミュエル。

「アイラーはなかなかオリバーと接触できなかった。そのうちに、接近禁止命令が下るは、オリバーがエミリーが好みだと言い出す。まぁこれは間違いで、あの辺りにいる人。のつもりだったようだが、アイラーにターゲットにされたエミリーは命を狙われる。

 双子のオリビアが外の仕事だったがためにアイラーに突飛ばされる。その時鏡に映りこみ、エミリーの中に入りたいという願いがかなえられた」

「そういう所だろうね」

「それから、……だが、なぜアイラーはオリバーを殺そうとしたのだろうか?」

「そこだがね、……可愛さ余ってなんとやらじゃないかと思うんだよ」

 ロバートが同意したように頷く。

「アイラーは自分を好きになってもらえないのならば、死んでくれとでも思ったんじゃないだろうか?

 あの日、ワインと鏡を差し入れ、オリバーは鏡を見た。オリバーには恋人がいるわけだからもちろん手に入るわけがない。手に入らなければ死を。の通りに、オリバーは死んでしまった。という所だろうかね?」

「それならば、なぜ今もまたエミリーを狙うんだろうかね?」

「そうだね……、オリバーが死んだことをエミリーのせいだと、責任転嫁をしていたとしたら、おそらく、オリビアを殺した後で、エミリーを見つけ、死んでいないことに激怒し、そして付け回しているのだろうね」

「だったら、彼女が危ないじゃないか。アパートは突き止められているのだから」

「ああ、でも、君は気付かなかったかい? エミリーのあの赤い扉のアパートの入り口に銀泊の十字架が掲げてあったんだがね」

「……気付かなかったねぇ。それがどうかしたのかい?」

「十字架が効くのか、銀が効くのかよく解らないが、たしかに両方とも【妖魔】には効いただろ?」

 サミュエルに言われロバートは黙る。しばらく考え、

「僕はね、物忘れが激しいと思ってはいないけれど、ふいに君が言い出すことをすっかり忘れている時があるようなんだ。だから、君が【妖魔】と言うまですっかり忘れていたけれど……つまり、この鏡は【妖魔】で、アイラーは【妖魔】に操られていると言いたいのかい? いや、……そうだった。タニクラ ナルは半妖で、彼女が関わるといつも【妖魔】が犯人なのだ。そういう事だね?

 だから、オリバーも殺せたし、相手を思っただけで、遠く離れていても殺せるなんて、非現実的な殺人が起こる。そう言いたいんだね?」

 ロバートはそう言って立ち上がると、部屋をうろうろ歩き始めた。

「僕は、今、非常に、その、恐怖を、恐怖を感じているんだ。じっと、していたら、頭がおかしくなるよ」

 サミュエルはそれをちらりと見た後で、本に目を落とす。


 タニクラ ナルは映想鏡をどうさせたくてこのページを見せているのだろうか? そもそも、宋国に鏡があるとなぜわかったのか? ましてや、サミュエルに関わってくると、なぜ、この本は解ったのだろうか?


 サミュエルが思考しているのを、うろうろと歩きながらロバートが見る。


「もし、妖魔の仕業だとしてだよ、」

 ロバートが立ち止まる。

「エミリーを助けるという意味でもだが、アイラーを捕まえなきゃいけないのじゃないかな? そして鏡を……鏡はどうするのがいいのだろうか? 鏡と言えば、あの、ピ、……エミリーに鏡を押し付けようとした男もピ何とかといったね、同一人物だろうか?」

「たぶんね」

「何者だろうか? 彼もまたエミリーを狙っているのだろうか?」

「アイラーのような攻撃的ではないだろうが、エミリーはピル・オトにとっては鏡を授けたい人だったのだろうね」

「ピ、ピル・オト。君はよくこの変わった名前を覚えたねぇ」

「パイロットをいやらしく崩して読んだだけだよ」

「パイロット? pi_l_o_tなるほど……、変な呼び名にはなるが……、よくパイロットだと解ったね」

「そうだね」

 サミュエルが視線をそらせたのでロバートは深追いを辞めた。あの状態で話すとは思えなかったからだ。

「ともかく、二人に狙われているエミリーを助けるためにも、二人を捕まえるしかないと思うのだが、どうやって捕まえようか?」とロバート。

「エミリーの家に行けばたやすいだろうね、二人とも外で見張っているわけだから」

「そうか。では、明日以降。明日でも、大丈夫だろうか?」

「あのアパートから出ない限りはね」

「……食事とか、大丈夫なのだろうかね?」

「……何か買って差し入れをしようか?」

 ロバートは「それはいい考えだ」と笑顔を見せた。


 翌日朝早めにエミリー宅を訪れると、エミリーはいたって元気そうだった。

「食事はエレノアが運んでくれているんです。仕事へは行かないほうがいいと思うと、具合が悪くて来られないって、アパートの隣人役で報告してくれて、この数日実際顔色も悪かったし、ミスも多かったので、職場には休みをもらいやすかったのですけど、納期に間に合うように家で作っていますけどね。

 そもそも職場へは一週間に一度納期納めしに行くだけですからあまり気にしていませんでしたけどね。

 食事を運んできてくれて、おしゃべりして帰ってくれるので、本当に助かってるんですよ。お二人に頼まれたと言ってましたけど……違いまして?」

「いや、そうですよ」とサミュエル。

「お気遣い、本当にありがとうございます」

 エミリーは元気そうではあったが、少し気になることがあるような落ち着きのない様子も見られた。

「何か気がかりでも?」とサミュエル。

「え? ええ。実は、明日の11時から姉の鎮魂式を執り行いますの。すぐ近くの教会でご近所の人を集めて。軽食をお出ししてすぐに解散するのですけど、」

「死者をきちんと埋葬し、われらが父のもとへと届けたという大事な式です。しないわけにはいきませんね」とサミュエル。

 エミリーは「ええ、そうなんです」と言い、俯き、

「でも、外にいる人が怖くて」

 というので、窓から外を見れば、ピル・オトがエミリーの部屋を見上げているようだった。その後ろの街頭そばにはアイラーが立っているのも見える。

「あの人がずっと見ているんです。怖くて」

「あの連中は、すっかりおかしくなっているようだね」

「連中? 一人でしょう? 女の人です」

 エミリーはピル・オトの存在は気付いていないようだった。ピル・オトは鏡を譲ろうとした男だということだけを話した。

「なぜ? 私は鏡など持っていないのに」

「考えられるのは、あなたを襲おうとしているアイラーから鏡を奪うことでしょうね」

 エミリーの顔色が悪くなってきた。

「大丈夫。明日はちゃんと護衛しますよ」とロバート。















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