第13話 映想鏡
帰宅後、サミュエルは何も言わず食事を摂ると、一人で考えたいと書斎にこもった。
翌日も一日だんまりを決め込むかと思っていた。夕方になってライト記者がやってきたので、サミュエルの無言はそこで途切れた。
「昨日偶然、ロバートに会って【魔法の鏡】の話を聞きましてね」
と、昨日、サミュエルが宮殿へ行ったので、ロバートが一人で帰っている道でライト記者に会ったのだという。
ロバートはカフェでの不思議な出来事をライト記者に話して聞かせると、ライト記者は「思い当たることがあるので、明日にでも伺います」と走り去ったのだ。そして今日、
「あれから古い記事に目を通していたんですよ。新聞の記事にはならない、三面記事の、デマのような、言伝えのようなそういう話の山です。そういうのを保管していて、まぁ、たいそうな事件がない時には、噂の真相。なんて記事を書く、ネタの保管庫ですよ。
そこで以前【魔法の鏡】の記事を見たんです。正式名称は【映想鏡】というらしいのですがね。
ロマンチックな昔話では、片思いの女、これがかなりの性悪女で、男のほうは純粋な青年てことになってますが。まぁ、よくある話です。
貧乏な男がいくら言い寄っても、女はなびかない。だが彼は諦めなかった。毎日会いに行っていたら、女に気に入られようとした暴漢どもに目を傷めつけられ失明する。
男は一目でも自分を見てほしくて考えた結果、鏡を作る。彼女が鏡を見つめる時に、自分を見つめているようにするために、男は自身の命を削って鏡を作った。
まぁ、それが女の手に渡ったかどうかは解らない、何とも中途半端な昔話ですよ。とはいえ、鏡にはそういう思いが込められているので、男からもらった鏡には要注意だという。地方の話しなんですが、それを悪用する輩はいつの時代にも出てくるものでね。
三十年以上前の話しですよ。北部の小さな村が集団殺人にあった事件があって、まぁ、村人全てが死んでしまってはどうしようもないと思っていたら、一人だけ生き残りがいましてね。当時17歳の娘で、アンヌという名前の娘です。
アンヌの話しでは、ある日、魔法の鏡をもった魔女がやってきたそうです。魔女ですよ、魔女」
ライトはそう言って少し嫌味に笑う。
「魔女が言うには、茶色い屋根に住む
その次には、腹の出た中年の男が水に浮かんで死ぬ。という。宿屋の亭主が酒に足を取られて川で溺死した。亭主の腹は大きくせり出していた。
まぁ、そういう予言が次々当たるものだから、村人は怪しがり、魔女の家を覗く。すると、鏡に向って何かを唱えている。
聞けば、「今度は誰が死ぬのかしら? 赤毛がいいわ」などと言っている。
予言ではなく、鏡に呪いの言葉を浴びせているんだ。村人は恐れ、魔女を殺そうと家に行き、火をつけた。
女の絶叫と、お前たちをすべて殺してやる。という言葉とともに灰にすら残らなかったそうだ。
すると、一人、一人と気がおかしくなり、気付けばすべての村人がすべての村人を怪しみ、警戒し、そして、今にも破裂しそうだったときに、まったく無関係だった無垢な子供が「遊んでいた時すッ転んで柵に突き刺さって死んだ」のを皮切りに、誰が誰を殺したのか不明な殺し合いが始まったのだという。
アンヌが助かったのは、父親がかばって上に覆いかぶさるようにしてくれたから。彼女は父親とともに倒れたはずみで意識を少し失っていたので、身動きもしなかったために生き残ったらしい。
だが村はアンヌ以外誰も居なくなった。
という嘘か真か解らないような、」
「嘘なのかい?」とロバート
「作り話か?」とサミュエル
「まぁ、まぁ。結末を急がないで。
その後、アンヌは大人となり、どうなったと思いますか?」
「どうなったって、結婚したのではないだろうか?」とサミュエル。
「子供ができて、その魔女にそっくりだったとか?」
「いい感じですねぇ。だが外れです。
アンヌは奇跡の生還者として妙な力を得た。という触れ込みで、教祖になったんです」
「教祖?」二人が同時に発する。
「ええ。そこで、アンヌは自分は奇跡の生き残りで、魔女の力を唯一信じたおかげで不思議な力を得た。この鏡が証拠で、これですべてが叶う。というような宗教ですよ。
最初は、多少の金が入ればいいとか、そういった小さな願いがどんどん膨らみ、地区議員をするものや、敵対勢力を滅ぼしたり。など、まぁ、そういう【魔法】につきものの血なまぐさい伝説は加えられ、アンヌの鏡は魔法の鏡となった。
だが、鏡を覗き望みがかなったものが急に歳をとるようになる。事の大小でその表れは違うようだが、それでも、一気に老けるものも居たり、願いがかなった瞬間死んでしまうものまで現れた。
魔法の鏡は壊さなければならない。と人々は立ち上がりアンヌを襲ったが鏡はなく、アンヌはその願いの大きさからか、まるで老婆のようないでたちで死んでいたという」
「それも作り話か、寓話か?」
「両方ですよ」
村の話しですが、まぁ、村人全員が死んだというのは大げさですが、飢饉によって大量に死んだ村のようですけどね。
いくら飢饉が対処なしとはいえ、30年前に大飢饉は発生していないし、村人の大多数が亡くなったなどという記録はありません。せめて、100年以上昔ならあった話かもしれないですけどね。
ともかく、【魔法の鏡】というキーワードで探しただけでも、亭主に愛想をつかされていた奥さんが急にきれいになり男と出て行った話や、嫁いびりのひどい姑があっという間に心臓発作で死んだとか。とにかくいろんな話が出てくるでてくる。
特に、カルト宗教のいい御神体になっていて、いつの時代にも出てきますよ。
だがね、ロバートから聞いた、相手を殺せるのか? という仕組みに関しては証言は少なくて、先ほど言ったように、敵対している相手を殺す。というのは、アンヌが嫌っていた相手でもあったので、呪ったのでしょう。話しが本当ならば。
だが、ロバートが言うには、娼婦に鏡を見せた途端死んだというのでしょう? お前を呪い殺してやる。と言ったとしても、鏡を見るであろう相手が、お前が死ね。と願えば、それは、」
「呪い返しに遭うということだね?」
「そうです。でもそうではなかった」
「女が言った言葉は、呪い殺してやるではなく、【真実の姿を見せてやる】だ。あの娼婦は、63歳だそうだよ」
「え?」
ロバートが驚いてサミュエルを見た。
「63歳に見えないほどの化粧と若作り。もし、真実の姿だと言われ、自分が必死に隠していた老化を見せられたらそりゃびっくりするだろう」
「鏡にそんなことができると?」
「さぁね。……例えば、例えばだがね、」サミュエルはそう言って天井を見上げた。
「例えば、君が何かとてつもない隠し事をしているとする。誰にも言ってはいけないようなことだ。君は常日頃からそのことに心を煩わされている。心が重いのだ。笑っていても、食事をしても、恋人といてもね、そのことで心は非常に重いのだ。そんなある日、ちょっと肩をぶつけた相手に、お前の秘密をばらしてやる。と言われたら、君はどう思うね?」
「え? いや、……どうって、」
「ドキリとしないかい? 心臓がぐっと苦しくならないかい?」
「あぁ、そうだね、そういう事ならば、びっくりするし、驚いて身動きできず、相手を見入ってしまうね」
「例えばだよ、老婆娼婦は娼婦ゆえの持病を持っていた。酒のせいかもしれないし、性病かもしれない。だがそれをすべて化粧の下に押し込んでいたとしよう。そんなある日、急に「本当の姿を見せてやる」と言われたらどう思うだろうか?
二人連れだったので、お互いの化粧のノリは確認できただろう。だが、お互い客を取ってなんぼの世界じゃないか、もしかすると、化粧が崩れているのをこの女は言わなかったのかもしれない。もしかすると、化粧が失敗しているのかもしれない。それでは客は取れない。客が取れないと、生きていけない。というようなことを瞬間的に想像したとしよう。
娼婦がすべてそうだとは言わないが、彼女たちは夢や、想像を持たない。持てば現実が悲しくなるからだと昔聞いたことがある。だとしたら、あの老婆娼婦も、夢や想像力は常日頃は持っていなくて、非常にドライな性格だとしよう。そんな人が普段行わない想像や空想に頭を使ったらどうなる? 僕は、彼女たちは瞬間催眠のようなものにかかったのじゃないかと思うんだ」
「瞬間催眠?」
「隠し事を暴いてやると自信たっぷりに相手に言われたら、相手がそれを本当は知らなかったとしても、もしかしてばれているのではないかという恐怖から、見えないものが見える」
「じゃぁ、鏡にはべつに細工はないが、その瞬間催眠でボロボロの本来の老婆の顔が映った気がして、そのショックで心臓が止まったというのかい?」とロバート
「そう考えれば、あの二人に関しては答えが出るだろう?」
「オリバー・ジャクソンは?」
「え? オリバー・ジャクソンの事件は、」とライト記者が口を出す。
「彼もまた魔法の鏡の犠牲者らしいのだよ」とロバート。
「まさか、だって、鏡はなかったですよ」
「箱だよ」とサミュエル。
「箱? ……ワイン二本分の、あの箱、ですか?」
「そう。あの箱に鏡が入ってあった。舞台で使うには十分な鏡なんじゃないか? たしか、魔法の鏡とやらは装飾が見事らしいから。
鏡を手にセリフの練習をしていたとする。ヒ素は殺鼠用に彼が買っていて、愚かにも机の上にでも置いていたのだろう。
魔法の鏡が存在しているとして、彼はセリフを言う。【美しいまま死にたい】だったか? その催眠にかかったのかもしれないね」とサミュエル。
しばらくロバートとライト記者は考えていたが、
「いやいや、鏡にそういう催眠作用。そう思いこますためのマインド・コントロール術を知っていますが、いくらなんでも、一度見ただけでは死なないでしょうし、オリバーが鏡を見てセリフを言うとも限りませんしね。その推理はちょっと無理があるように感じますね」
とライト記者はそう言って帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます