第7話 6通目、7通目の手紙

 今朝は朝からひどい雨で、夏の暑さが和らぐのではないかと感じていたが、そんなこと全くないほど蒸し暑かった。窓を全開にすると雨が吹き込んでくるので、すかす程度なのが更に暑さを増すようだった。しかし、こういう雨が降ると、宋国に秋が近づく合図なので、仕方なく受け入れるしかなかった。

「手紙は、来ないようだね」

 ロバートが窓から見えるポストを見て呟いた。

「雨だからね」

 サミュエルが答える。

「雨だと幽霊は来れないのかね?」

 とロバートが聞く。

「幽霊?」

 サミュエルが聞き返す。

「ジェームズがそう言ってたじゃないか」

「君はそう思うのかい?」

「どうかな……。僕は後ろ姿しか見ていないが、あれは人だと思うよ。女性だ。少し背は高いほうかもしれないけれど、いたって普通の女性だと思うね」

「普通の女性かぁ。トレンチコートを着ていると言っていたが?」

「ああ、着ていたよ。真夏にあれでは暑いと思うけどね」

「なぜ着ているんだろうかね?」

 サミュエルの言葉にロバートは少し考え、

「体系を隠す。いや、姿を隠しているのかもしれないね。……そうだよ。彼女は犯人に顔を見られてしまったんだ」

「犯人?」

「オリバー・ジャクソンの犯人だよ」

「ほぉ、なるほど?」

「つまりさ、彼女は犯人の目を盗んで手紙を出しに来ているんだよ。犯人に見られてはいけないから、トレンチコートで隠しているのさ」

「今の時期、その方が目立ちそうだが、」

「いやいや、ライト君ではないけれど、央都はかなり他人に対して無頓着になってきているよ。誰がどんな格好をしていても比較的気にしない。そりゃ、最先端のものを身に着けていれば目が行くようだが、ありきたりなものには目を向けないよ」

「なるほど……、真夏にトレンチコートは。と思ったが、確かにね、昨今の人々はそういう事に無頓着になったかもしれない」

「そこでさ、今度来た時には、逃げるのなら保護したらどうだろうか?」

「保護?」

「そうさ。彼女は困って手紙を出しに来ている。だったら、ここに避難させればいいじゃないか」

「なるほど、お嬢さん、助けますよって?」

「そう」

 ロバートの意気揚々とした顔を裏切るようにその日手紙は来なかった。


 翌朝、七時を少し回るまで雨は降り続いていた。だが、八時ごろには陽がさし、雨のおかげで湿気がむせ返るように上がってきた。

 ジェームズが新聞を取りに外に出て、書斎に手紙二通を持ってやってきた。

「手紙……」

 ロバートが唖然として言う。

「いつ入ったのだろうか?」

「これは昨日のようだね、これは今朝だね」

 サミュエルがそう言って指を指す。

「なんだってそう言い切れる?」

「昨日、来たものはもうすっかり表書きが消え、ポストの中で何とか乾いてしまったのだろう、ヨレがひどい。だが、こちらのヨレは少なくて、まだ字が滲み始めている」

「なるほど」

 ロバートが感心する前でサミュエルは来たであろう順番に手紙を開いた。


6通目

【私の話を聞いて欲しい】


7通目

【オリバー・ジャクソンは殺されたのだ。私に】


「おい、これ」

 ロバートが絶句する。

「急いじゃいけないよ。彼女は長文は書けないんだ。これは続きがある文章かもしれない。もしくは、これで終わりかもしれない。だが、【私の話を聞いて欲しい】と書いている以上、犯人が挑発で書いているのわけではないだろう」

 サミュエルの説明にロバートが唸る。


 ロバートが昼前になってようやく、

「頭がこんがらがってきたが、僕はこう思うね」

 と言い出した。

「最後の手紙は、犯人の告白だと思う。つまり犯人は彼女だ。聞いて欲しいというのは、犯行理由、動機を聞いて欲しいのじゃないだろうか?」

「動機を聞いてどうする?」

「情状酌量さ。オリバー・ジャクソンに脅迫、もしくは恐喝されていたのだよ。だから、ワインに毒を混ぜて殺したんだ。だが、良心の呵責に耐えかねて口を拭き、手を胸で組んだんだ」

「……なるほど、ありえなくはないが……ロバート、君が誰かから脅迫、もしくは恐喝されていたとする。その相手を殺して、良心の呵責に耐えかねたとしても、毒で汚れた口元を拭いてやり、手を胸で組んでやるだろうかね?」

「……、男と、女では考え方が違うからね」

「なるほど……おや? ライト君が来たようだよ」


 そういうと、ライト記者がジェームズに案内されてはいってきた。その後で、額に汗を浮かせたホッパー警部も入ってきた。

「お二人でそろっておいでとは、」

 ロバートが椅子をすすめ二人にレモネードを差し出す。

「蒸せますね、雨上がりは」

 ライト記者はそう言って椅子に座るや否や手紙に気づき覗き込みながら、

「新しい手紙ですか? これは犯行自供では?」

 というのでホッパー警部も手紙を見る。

「これは一体なんですかな?」

「よく解らない手紙なんですよ。実はね」

 ロバートは、先日ホッパー警部に話さなかった手紙の話しをし、残りの手紙を机に並べた。

「なるほど、確かにこういう手紙があれば、あの事件どもは面白いものではないですなぁ。そうそう、あの事件どもは無事に解決しましたよ。

 田舎の資産家の死因は心筋梗塞。前夜若い奥さんと楽しくやったがために心臓に負担が来たそうです。

 貞淑なる妻は有名な泥棒で、まぁ、年寄りを狙って後家として入り、どこに何が隠されているかを熟知した途端、宝石もろとも消えるという連中で、新たな獲物を物色中、職務質問に引っ掛かりましてな、いやぁ、助かりましたよ」

 ホッパー警部はそう言って、全てがホッパー警部の手柄になったのだろうなぁと解る笑みを浮かべた。


「警部に頼んでいたのは、オリバー・ジャクソンの現場の詳細説明ですから、後回しにしましょう。それよりも、ライト君は何を調べてきたんですか?」

 顔が高揚したままのライト記者にサミュエルの美人微笑みスマイルが向けられると、思わずライト記者の顔が更に赤くなった。

「実は、容疑者を発見しましたよ」

「容疑者?」

 ホッパー警部の声が裏返った。

「ええ、警察だって調べているはずでしょうが、それを無視しているのか、それとも調べていないのか、とにかく、容疑者です」

 そう言ってライト記者は一枚の写真を机に置いた。

 かなり美人の若い女の写真だった。年は23か24歳ぐらいだろう。まとめた髪はきっちりとしてたし、服装も上品なものだった。

「名前は、アイラー・グリフィス。オリバー・ジャクソンから付きまといに尽き警告を出されている女です」

 四人の男の目が写真の上に落とされた。

「オリバー・ジャクソンは、シティーの中流家庭の出身で、父親は自転車屋、母と兄と弟は父の家業を手伝ってます。暮らしぶりはまずまずで、オリバーの稼ぎを当てにせずとも大丈夫なようです。家族に問題はありませんね。

 そこで、オリバーの古い俳優仲間に聞いたところ、数年前からこのアイラ―・グリフィスから執拗に交際を求める付きまといがあり、断ると見境なく暴れるので警察に通報したことがあったそうです」

 ライト記者がホッパー警部を見る。ホッパー警部はその視線を感じ、「知らなかった」と首を横に振るとライト記者はため息をつき、

「接近禁止命令という奴で、1ブロックは離れているように、さもなければ罰金、繰り返す回数によっては刑務所に行くことになっていました。あと、1,2度で刑務所行きだったそうですがね。

 そんなオリバーにも恋人はいたようですが、恋人と言うか、まぁ、そうなればいいなぁとお互いが話していた相手ですよ。ですから、オリバーはこの舞台にかけていたようです。マッキャロン婦人のもとから出るためには基盤が必要ですからね」

「その、アイラーは、その恋人との事は?」

「その彼女の話しでは、どこで見張られているか解らないから、二人だけでは会わないようにしよう。という話だったそうです。彼女自身はそんなのは嘘で、遊ばれているのではないかと思ったようですが、たまたま、カフェの女中と仲良く話していただけですがね。行きつけのカフェの女中ですよ、みんなに愛想を振りまいてチップを稼ぐだけの、その女中に熱いお茶をぶちつけて、オリバーに近づくなと咆えていたそうです。それをきっかけに女中は店を辞めています。

 それを見てから、彼女はオリバーと二人だけでは会わず、会うのは仕事場だけ。とはいえ、仕事場に入れば二人で時間を作って楽屋にこもっていたりしたようですがね」

 ライト記者の話しにホッパー警部は首をすくめて「脱帽」を意味するようにため息をついた。

「だが、彼女がオリバーの部屋にいた形跡は、無かったんでしょう?」

 サミュエルの言葉にホッパー警部は頷き、

「重要書類なんで持ち出しはできないので、まぁ、こういった部屋ですよ」

 と紙に雑に書かれた部屋の間取りを見せられた。

「ホッパー警部……あなた画才がまるでないですね」ライト記者

「字も汚い」とロバート

「うるさい。まぁ、ほぼ真四角の部屋だったわけですよ。玄関を入ってすぐがリビング兼ベッドルームというあり得ない部屋でしたよ。と言っても、男の一人暮らし、その上で俳優ってんだから、普通は寝室になりそうな部屋は衣裳部屋として使われていたし、この二部屋とも。バスルームには美容グッズが山ほどおいていたりしてましたね。ですから、普通の部屋。ではないわけです」

 そう言って一番広い部屋を指さして、

「枕を南にして大きなベッドが部屋の中央にあるような感じでした。窓の側なんで、ずいぶん暑いベッドだと思いましたがね。ゆっくり眠れやしない。まぁ、朝一番から目覚めると健康にいいとかいう今流行りの健康法によれば、この位置はいいのだそうですよ。バカバカしい。

 ベッドのわきにはチェストが置いてあったが、台本とライトが置いてあるだけで活用している風には思えませんでしたなぁ。

 食事はもっぱら外食だったようで、備え付けられている小さなキッチンは作業をした痕跡はなかった。掃除婦がオリバーだと知らずに金曜日に掃除をしに来るたびに、飲んだグラスが机に飾られているのだとか、木曜日にマッキャロン婦人が来た日には、真っ赤な口紅がついたグラスが残っていたそうですがね。

 遺体搬送後に掃除婦に見てもらったが、無くなったものはなさそうだし、移動したものや、格別家探しにあったようなことはないという話だ。

 貴金属の類はほとんど持っていなかった。財布にもまぁ、せいぜいこんなものだろうと思われるほどの金しかなかったし、銀行にもあまり預金はなかった。それらもすべてが揃っていた。これはマネージャーが多分そのくらいしか持っていなかったという証言だがね。まぁ、もしコソ泥の類が入って盗むなら、こんな微々たる残し方はしないでしょうからね。

 衣裳部屋も、ベッド下も、ありとあらゆる棚も家探しをした形跡はなかった」

 ホッパー警部は一気にそう言ってレモネードを飲み干す。ロバートが新しくつぎ足す。

「死因は、ヒ素による服毒死」

「ボトルに入っていましたか?」サミュエルが問う。

「いいや、グラスのほうに入っていた」

「グラスに?」ロバートが驚く。

「そう。ワイン会社も配達員もこれで白になったわけだよ。

 ただ、ボトルの中に入れようとした跡はあった。小瓶に入っているヒ素を何も使わずに移し替えようとしたような、瓶の口と、周りにヒ素が落ちていた。中に入った分量はごくわずかで、それを飲んでも中毒を引き起こすくらいだろうという話だ」

「では、誰かがと?」

「さもなければ本人がボトルに入れようとしたが入らないのでグラスに入れて飲んだか」とホッパー警部が馬鹿にしたように言う。

「それでは最初からグラスのほうに入れますよ、いくら何でも」

 ロバートが抗議する様に言うと、サミュエルが「そうだね」というように優しくロバートの手を叩いた。

「それで、箱ですが、」とサミュエル。

「そう、箱ですよ」とホッパー警部。

「配達員は確かに1本入りの箱を届けたといった。だが、現場にあったのは2本入りほどの大きさの箱だ。鑑識が調べたところによると、ボトルに少し金属のようなものでこすった跡があったという。箱にも同様の傷があった」

「ボトルのどこの辺りですか?」

「ちょうど真ん中だな。箱も同じような場所、」

 ロバートが首を傾げるので、ホッパー警部が図解する。

「こう、四角の箱に、片方にボトル」

「ボトルですか? それ」とロバート。

「ボトルなんです。この隣りに何かあったらしいが、傷があったのは、ボトルのちょうど真ん中と、その対面と、上下です」

「線ですか? 点ですか?」

「上と、左右は2㎝ほどの線です。下のは丸い点です」

「では、こういう形ですか」

「奇妙なひし形だね」とロバート

「カイトのようですね」

「子供が遊んでいる凧の事かい? あぁ、そういうふうにも見えるね」

「そういうものが現場にありましたか?」

 ホッパー警部は首を横に振った。

「これが何であれ、なぜこれを箱に入れてオリバーに送ったのだろうね?」

「送った相手は誰です?」とライト記者

「君が配達員から聞いたザクロ色の口紅の女だよ」

 4人がアイラー・グリフィスの写真を見る。

「いやぁ、この女にそんな色の口紅は似合わないでしょう」とライト記者

「でも、人をつけまとうような女だから、そういうふうになってから嗜好が変わったのかもしれないよ?」

「しかし、配達員の話しでは、白髪だったと言いましたよ。まだ、23,4歳でしょう、どう見ても」

 4人は写真を見て唸った。

「恋人はどうだろう?」

 ロバートが閃いたように言う。

「彼女は役者だよ、白髪のかつらなども扱うだろうし、いろんな口紅も持っているだろう」

「どういう理由で殺すんです?」とライト記者

「パトロンと縁を切ってくれないとか、そういう理由さ」

「どうですかねぇ。彼女はそういう大胆なことをしそうな感じには見えませんでしたがね」

「でも、役者なら、どんな人にだってなれるでしょう。それが仕事なのだから」

 ロバートの言い分も解るが、とライト記者は言葉を濁した。


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