第37話 『嗜虐な彼女は悪戯好き⑯』


「まさか本当にお前ごと背負うことになるとはな」


「あはは……。ごめんね、執事くん」


「それ、まだやんのかよ……」


 旺太郎に肩を借りながら何とか階段を下りきった美栗を、旺太郎がおんぶする。


「つーか、重くて死にそうだ」


「女の子にそれ言っちゃうのは、ドン引きだよ」


「二人分の荷物と人一人背負ってるんだぞ」


「お嬢様の荷物を執事が持つのは当然なんだよ」


 美栗は自分の荷物を背負ったまま旺太郎におんぶされ、一方旺太郎の荷物は自分自身の胸の側に背負う。


「―――はい、じゃあリフトで先に戻らせます。先行したクラスに合流させる感じで……。はい、はい。了解しました」


 インストラクターの男性が神崎先生に連絡を入れる。


「とりあえず、途中からリフトで降りる許可は取ったから、そこまで頑張ろうか」


「あの、ケーブルカーの方が速くて楽だし良いんじゃないですか?」


「ケーブルカーは他の観光客の方々と一緒に乗ることになるからね。遠足は他の観光客の迷惑にならないように行動しないといけないから、体調不良の生徒を乗せるのはダメならしい」


「そうなんですね……」


「まぁ、リフトでも体力は使わないし、問題無いだろう」


 旺太郎と美栗はここから少し歩いたところにあるリフト乗り場までこのまま歩き、そこからはリフトで駅まで行くことになった。


「それと……本当に荷物とか持たなくて大丈夫かい?」


「……俺、こいつの執事なんで」


 心配そうに手助けをしようとするインストラクターだが、旺太郎はその気遣いを断る。何がそうさせたのか、何でそうするのかは分からない。旺太郎が美栗を助けたいと思っていること、それだけが事実として存在する。


(お願い、止まって……)


 旺太郎に身体をくっつけている美栗は、未だに激しく鳴り響く鼓動を平静にしようと尽力する。しかし、そんな生理現象を止められるはずもない。


(……ううん、違う。これは、そういうのじゃないから。だから、バレても大丈夫)


 その鼓動の原因は、まだ美栗にも分からない。正確に言うのならば、美栗はわからないフリをしているのだが。


(だけど、ダメ、止まって……)


 旺太郎の背に掴まる美栗の手に、自然と力が入る。美栗の本当の気持ち。それは、おんぶされて重いと思われたくないだとか、加速する心音を旺太郎に聞かれたくないとか、そんなものではない。


(……お願い。この気持ちは危険すぎるから)


 美栗は自分の身体を、まるで離れたくないとでも思っているのかのようにさらに旺太郎にくっつける。


「どうした?しんどいか?」


「……ううん、執事くんのおんぶ下手すぎて落ちそうだからさ」


「無茶言うなよ……」


「あはは、うそうそ」


 美栗の顔色は至って不健康で辛そうなのだが、その表情にはどこか楽しそうな、嬉しそうな笑みが浮かんでいる。


「……最初はね」


「ん?」


 美栗が語り出す。


「私に話しかけられるの嫌がるかなとか、買い物誘ったりしたら嫌がるかなって思ってたの」


「ふっ、その通りだ」


「わー、サイテー。でもね、だから積極的にそう言うことしてたんだ。ほら、人の嫌がる顔ってなんか……良いじゃん?」


「良くねぇよ……」


(こいつ、やっぱりまともじゃねーな)


 他人の嫌がる顔を見たいが故に旺太郎に積極的に絡んでいたと暴露する美栗に、さすがの旺太郎も引いてしまう。


「まぁでも、そこまで嫌がることはしないよ?執事くんを家から追い出すとか、しようかなーって迷ってたけど」


「……」


(前言撤回。まともじゃない、じゃなくてイカれてる!)


 あんな都会で家から追い出されてしまったら、もはや旺太郎には行く当てがない。旺太郎は美栗に軽く恐怖を覚えつつも、ある程度の常識は持っていたことに安堵。


「お、リフト乗り場だ」


 と、旺太郎たちがそんなことを話していると、美栗が前方にリフト乗り場を発見。何とか乗り場の側まで歩ききった旺太郎は、美栗を自分の背中から下ろす。


「ふぅ、重かった」


「もー!それ禁止!」


 美栗を下ろし、再び重かったと呟く旺太郎に、美栗は恥ずかしそうに禁止を宣言。


 旺太郎と美栗は二人乗りのリフトに乗り、並んで座る。一つ後ろのリフトにインストラクターも乗ったようだ。


「あーあ、結局みんなに迷惑かけちゃったな」


「そうだな」


「……否定して欲しかったなー、なんて」


「迷惑かけられたのは事実だからな」


「……あ、はは。……そうだよね、ごめんね」


 迷惑をかけられた。そうハッキリと告げる旺太郎に、美栗は少なからずショックを受ける。身体的にも精神的にも弱っている美栗にかける言葉としては、旺太郎の言葉選びは最悪。


「だが、不思議と嫌ではなかったし、こういうのも悪くないと思った」


「……」


 先程は迷惑をかけられた、そう言っていたにも関わらず、旺太郎の顔には笑顔が浮かんでいる。


「お前のおかげでこの遠足は一生忘れられそうにない」


 旺太郎は横に座る美栗の方を振り向き、


「最高の思い出になった。ありがとう、夏野」


 笑顔でそう言った。


「さ、最高の、思い出……?」


「あぁ。友達ができて、その友達と仲良くなれた。これ以上ない最高の思い出だ」


「だ、だけど、迷惑だったって……」


 未だにショックから立ち直れない美栗は、自分で自分を傷つけてしまうかもしれないにも関わらず、再び迷惑という言葉を旺太郎に投げかける。


(お願い、迷惑じゃなかったって言って……!)


 迷惑をかけたと思われたくない。自分から口に出したが否定してほしい、安心させてほしい。それは、体調不良によって弱ってしまったが故の気持ちだろう。


 だが、その美栗の願いは旺太郎には届かない。


「あぁ、勿論迷惑だった」


「……っ」


「だが」


 旺太郎は、言葉を続ける。


「友達なんだ、迷惑をかけて当然だろ」


「!!!」


「お前が俺に迷惑かけて、俺がお前に迷惑かける。そうやって助け合っていけばいいじゃねーか。だからいつか、迷惑をかけることになった時はよろしくな」


「……」


 旺太郎の不器用な笑顔を見て、美栗は鳩が豆鉄砲を食らったように、目を瞬きする。


(そっか……。友達、だもんね。嫌われたかもなんて、焦る必要なかったんだ)


 旺太郎の言葉を理解した美栗は、徐々にショックから抜け出し、弱っていた心が戻っていくのを感じる。


「うんっ!まかせてよ!」


 普段通りの精神的な強さを取り戻した美栗は、高らかにそう宣言した。


「あと、忘れてるみたいだけど、今は友達じゃなくてお嬢様と執事だからねっ」


「忘れさせてくれよ……」


 悪戯っぽい明るい笑みを浮かべながら、美栗はそう言った。

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