第35話 『嗜虐な彼女は悪戯好き⑭』
「……」
(変なことは言ってないと思うが……)
あくまでもこれは友達同士の遊びであり、面白半分でやること。それを真剣にリスクなどと考えてしまう旺太郎に、美栗が興醒めしてしまうのも無理はない。
旺太郎が言ったのは、所謂『マジレス』と呼ばれるもの。ふざけあっている最中に言うと場の雰囲気を悪くしてしまうという、用法容量に注意しないといけない危険な代物なのだ。
「そんな真剣になってやるものじゃないもん。それに、陰キャ君にもメリットはあると思うよ?」
「メリット?」
「映画、行きたいみたいなこと言ってなかった?」
旺太郎は確かに以前、そんなことを言っている。旺太郎がスポーツショップから帰る時、タピオカミルクティーを買っていた美栗に出会った時の話だ。
「……そうだな。ちょうど一緒に行く人が欲しいと思っていたんだ」
とある理由から、見てみたい映画があるのだが、旺太郎は映画館に慣れていないため一人で行くのに躊躇っていたのだ。
「あはは、そうこなくっちゃ!」
美栗も旺太郎が考えを改め、自分の提案に乗ってくれたことを喜ぶ。二人は歩きながら手を構えると、いよいよ勝負を始める。
「じゃーん」
「けーん」
「「ぽん!」」
旺太郎が出した手はグー。対して美栗の手は―――
「やった!私の勝ちっ!」
「……負けた」
(やっぱりやらない方が良かった……!)
身体全体で喜びを表現する美栗と、大袈裟に肩を落としがくりと項垂れる旺太郎。勝者の美栗は、意気揚々と旺太郎に命令する。
「じゃあ、私の命令は……」
「な、なんだよ」
そこまで言うと一呼吸おき、美栗はすっと旺太郎に一歩近づき、側に寄る。
女子にしては決して美栗の身長は低くないのだが、それでも旺太郎よりは10cm以上も小さい。性格もあいまってか普段は大きく見えているのだろう。
そんな美栗が女の子らしく自身の真下から上目遣いで見上げてくるその様子に、旺太郎も思わずたじろぐ。
すると美栗は、にい、と笑って、
「今から私のことを『お嬢様』って呼ぶこと。今から陰キャ君が私の執事ねっ」
「……え?」
「あ、もちろん下山するまででいいよ?」
「い、いや、そんなんでいいのか?もっとこう……荷物持て、とか下山するまでおんぶしろ、とか言われるのかと……」
溜めた割には拍子抜けな美栗の命令に動揺した旺太郎は何故か、自分でさらにキツい命令を提案してしまう。
「あはは!そっちの方が良かった?」
「いや、そうじゃないが……」
「白奈が陰キャ君のこと奴隷って言ってたの、ずっといいなーって思ってて。奴隷は嫌だって言われちゃったし、なんかそういう感じのことしたかったんだよね」
「……」
(こいつは四人の中ではまともだと思ってたのに……)
旺太郎は、まさか美栗がそこまで奴隷にしたがっていたとは思わなかった。いっときの冗談程度に受け止めていたが、美栗は本当にそうしてみたかったのだという。この要求をしてくる人間のことを、とてもだがまともとは言うことはできない。
「さてさて、執事くん」
「なんだよ」
「ん?違うでしょ?」
「……なんでしょうか、お嬢様」
悔しそうな表情でお嬢様という旺太郎を見て、美栗は嬉しそうな表情を浮かべる。美栗は旺太郎の表情を確認し終わると、前を向き直す。
「今度、映画観に行きたいな」
「……いってらっしゃいませ?」
「……」
美栗の言葉の真意を、裏に隠された意図を、旺太郎は読むことができない。そんなコミュニケーション能力はあいにく持ち合わせていない。
「もう!執事くんのバカ!」
「おい!どこ行くんだ!」
美栗は旺太郎をおいて前の方に早歩きで歩いて行ってしまう。いつの間にか薬王院のすぐ側までやってきていた。前方のクラスメイトとは距離が空いていたようで、恐らく薬王院に既に到着しているのだろう。
すると、旺太郎の前にいる美栗は突然歩くのをやめる。立ち止まった美栗はくるっと旺太郎の方を振り返り―――
「一緒に映画行こってことだよっ!この鈍感男めっ!」
あっかんべーっとしながらも、美栗は照れたような笑顔を浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます