第34話 『嗜虐な彼女は悪戯好き⑬』
「やっほ、陰キャ君」
「よ。メシ美味かったな」
昼食を食べ終わり、休憩時間の四十分はあっという間に過ぎていった。一同は集合して点呼を取り、最後の下山に向けて出発したところだ。
美栗は最後尾にいる旺太郎のところに近寄ってくると、隣に並び歩き出す。旺太郎達の後ろにいるのは、同行のインストラクターと見知らぬ観光客たちのみ。
「うんうん、美味しかった。紫乃の料理、最高だよね〜」
「メシ食って元気も出たし、あと少し頑張ろうぜ」
「……そうだねっ」
旺太郎たち私立中野学園二年生の遠足も、もう少しで終了。現在地である高尾山頂から約30分かけて薬王院へ向かう。修験道の山である高尾山はその性質上、天狗伝説が有名となっており、この薬王院も天狗などを祀っている。
その薬王院を10分ほど観光したのち、約1時間の下山で遠足はフィニッシュ。途中からリフトもあるが、それは使わずに最後まで自分の脚で歩くのだ。
下山するとそこは京王線高尾山口駅。観光客が多く人混みのため、下山した人から順番に解散と言うことになる。予定通りに行けば、最後尾を歩くH組も、14時45分を目安に全員解散できることになる。
「いやー、疲れたけど楽しかったね。なんてゆーの、自然のパワー?みたいなもので癒された気がするよ」
「あんな都会にずっと住んでたら疲れちまうだろうしな」
「えー、そう?陰キャ君は引っ越してきて疲れた?」
「当たり前だ。騒がしいし買い物に連れて行かれるし……。嫌になるぜ」
はぁ、とため息をつきながら旺太郎はがくりと肩を落とす。そもそも高校に通えることになって勉強をしようと意気込んでいたはずなのに、逆に家での勉強時間は減ってしまっている。
「おねーさん的には、陰キャ君楽しそうに見えたけどねっ」
「あり得ないな」
「わー、一刀両断」
旺太郎が楽しんでいる、美栗がそう感じていることに対して、旺太郎は即座に否定。
「それに、まだ登山は終わってないんだ、気を抜くなよ」
「いーじゃんいーじゃん。ほら、ご飯も食べて元気になったしさ。残りは思いっきり楽しもうよ」
「そう言えば、体調悪そうだったが大丈夫なのか?」
旺太郎は美栗にそう尋ねる。登山を開始する前、平地を歩いているのにもかかわらず大量の汗をかいていた美栗。いくら旺太郎でも心配になるというものだ。
「えー、体調悪そうに見える?」
「……いや、全く見えないな。汗もまったくかいてないし、顔色も悪くない」
美栗の顔を見て、旺太郎は素直にそう言う。
美栗は全くと言っていいほど汗をかいていない。休憩した直後だから当然なのだろう。それに心なしか、顔の血色も良くなっている。
美栗の顔色は、不自然なほどに自然だった。まるで作りものの皮を被っているように。
「あはは、紫乃のご飯のおかげかなっ」
「……そうだな」
「ん?―――あっ、も、もちろん陰キャ君が荷物持ってくれたおかげでもあるよ。うんうん、忘れてない忘れてない」
「夏野、目が泳いでるぞ」
旺太郎の反応が芳しくなかったため、美栗は疑問に思う。ふと、行きに旺太郎が荷物を持ってくれたことを思い出し慌ててリカバリーしようとするが、目が泳いでしまう。
「あはは……ごめんごめん。あ、そうだ!ねね、陰キャ君、ジャンケンしない?」
「……突然だな。ちなみに何を企んでるんだ?」
唐突に美栗がそんなことを言い出すので、旺太郎は警戒する。短い付き合いながらも、何か企んでいると言うことくらいは分かるようだ。
「あはは、バレた?勝った方が負けた方の言うことなんでも聞くってやつ、どう?」
「……なんでもか?」
「そ、なんでも。私が負けたら、陰キャ君の言いなりになっちゃうの。……えっちなのはちょっと困っちゃうけど」
自分で言いながら照れて俯いてしまう美栗。それが逆に上目遣いをする原因にもなり、旺太郎も美栗の顔を見ていれば思わず胸が高鳴っただろう。並んで歩いているのが幸いした。
「ふむ……悪くない」
「でしょ!じゃあ……」
「だがそれではその提案を受けようとはならないな」
「えー、なんで?悪くないって言ってたじゃん」
「悪くはないが、別に俺はお前にやらせたいことは特に無いからな。それにお前が何を考えてるか分からない以上、負けた時のリスクが大きい」
旺太郎はあくまでも自分が思う正しい判断をする。リスクとリターンを考慮すると、美栗が勝った場合のリスクが大きすぎる。なにしろ命令の程度は考案者である美栗に決定権があるのだ。
「えぇ……。そーゆーのやめた方がいいよ……。ドン引き……」
美栗は虫を見るような引きつった顔で、旺太郎への軽い嫌悪感を示した。
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