閑話 『毒舌な彼女は四人のために』


「美栗〜!早く来なさいよ〜!」


「ごめんごめん」


 旺太郎の元から戻ってきた美栗を、紫乃が大きな声で呼ぶ。


「美栗、遅いんです。お腹空いてるんです」


 白奈が歩いてくる美栗をジト目で見ながら苦言を呈する。


「もー、わざわざ待ってくれなくてもよかったのに」


「そういうわけにはいきませんよ。せっかくですから、ちゃんとみんなで食べたいじゃないですか」


 先に食べていても良かったと言う美栗だが、黒音がそんなことは許さない。加えて、そういうわけにはいかない理由がある。


「白奈にあんたの分まで食べられちゃうわよ」


「あはは、さすがにそこまで食べないよね?」


「……」


 美栗が白奈に視線を向けそう訊くが、白奈はぷい、と顔を逸らす。美栗はそんな白奈の態度から、本当に食べ尽くされる危険があったことを察知。


「白奈に『待て』するの、大変だったのですから……」


「……待っててくれてありがとうね」


 登山による疲れでお腹の空きが限界を超えているのだろう白奈を、黒音と紫乃が必死に止めていたのだろう。


「……お腹すいた、です……」


「そうね、私もぺこぺこだわ。ほら、美栗も早く座って」


「はーい」


 美栗はベンチの空いている場所、白奈の横に座る。


 テーブルの上にあるのは、四人がそれぞれのリュックに入れて持ってきていた弁当箱。全て紫乃の手作りであるが、四人分を一人で持つわけにもいかず、こうして持参したのだ。


「おー、サンドイッチとおにぎりですね」


 白奈が持っていた弁当箱には、主食である2種類の食べ物が入っている。登山の過程で多少崩れてはいるが、丁寧に箱に詰められていたためそれでも見栄えは良い。


「サンドイッチはたまごとミックスサンド、おにぎりは明太子とツナマヨにしたわ。こういうのはシンプルなのが食べやすいしおいしいと思って」


「し、紫乃……梅干しはないんですか……?」


 サンドイッチとおにぎりの具を解説する紫乃だが、白奈は不安そうに梅干しがあるか尋ねる。白奈からしたら、大好物の梅干しがないとなると大事件なのだ。


「みくびらないで頂戴。こっちの二つは白奈用に梅干しよ」


「紫乃神さま……!」


 ドヤ顔で「ふふん」と言いながら紫乃がそう宣言すると、白奈はキラキラと目を輝かせ、紫乃を神様のように崇める。


「私のは……わぁ!おかずですね!」


 続いて黒音が持ってきた箱をぱかっと開けると、そこには主菜である塩気の強いおかずが並んでいる。


「やっぱりピクニックと言えばタコさんウインナーよね。味は大したことないけど、楽しい雰囲気でいいわよね」


「うんうん、それに紫乃が作ったんなら味も問題ないだろうしねっ」


「は、ハードル上げないでよ……」


「あはは、ごめんごめん」


 味は大したことない、と謙遜する紫乃を美栗がフォロー。紫乃としては、市販のウインナーを切って焼いただけであるので、ハードルを上げられても困るのだが。


「あとはまぁ、唐揚げとミートボールと煮卵ね。ミートボールは少し手間かけてるから、期待していいわよ」


「おぉ……!紫乃の自身作なんて楽しみ〜!」


 誰もが認める料理上手、紫乃の自信作となれば、美栗が期待するのも当然だ。


「柴漬けも作っておいたわよ、黒音。そこの端っこにあるやつよ」


「!!!紫乃ぉ〜!大好きですぅ!」


 おかずの入った箱の端っこには、紫色のお漬物。黒音の好物である柴漬けだ。更に、市販のものではなく、紫乃が黒音の舌に合わせて手作りしたものである。


 紫乃と並ぶように座っている黒音は、喜びのあまり紫乃に抱きつく。


「や、やめなさいよ!暑苦しい!汗臭いのよ!」


「な……!また言いましたね!?……で、ですが、今日だけは柴漬けに免じて許します……!」


 まるで辱めを受けているかのような表情で黒音は紫乃の言葉を受け止める。


「じゃあ次は私ねっ。……おぉ、こっちは野菜系だね!」


 美栗が箱を開けると、先程の茶色がメインだったおかずの箱とは対照的に、緑黄色野菜が多く、緑やオレンジで鮮やかな色合いだ。


「生野菜だと痛むかもしれないから、全部火を通してあるわ。野菜炒めにほうれん草の胡麻和え、カボチャの煮物、後は……」


「わ!ゴーヤチャンプルーだ!嬉しい〜!」


 美栗は自身の大好物であるゴーヤを見つけて大喜び。疲労や倦怠感を忘れ、満面の笑みを浮かべる。


「正直何が美味しいのか分からないけど……。私は味見できないから黒音に味見してもらったけど、問題ないと思うわよ」


「うんうん、紫乃、ありがとうっ!」


 そんな美栗の大好物であるが、同時に紫乃の嫌いな物と合致してしまうのだ。その為自分では味見ができないと言う紫乃だが、美栗としては作って貰えただけでも十分過ぎる。


「最後はもちろん……」


 紫乃はそう言いながら自身で運んできた箱の蓋に手をかける。


 一つだけ周りに保冷剤を沢山敷き詰めていたその箱の中身は、保冷剤によって荷物が重くなっても構わないほどの紫乃の好物たち。


「じゃーん!私の得意分野のスイーツたちよ!」


「「「おぉ〜!」」」


 明らかにピクニックに持ってくるようなものではない、そんな完成度の高いスイーツたちが並んでいた。味が間違いないことは勿論のこと、見た目だけをとっても高級店のそれと大差ない。


「一応、白奈も食べられるように、甘さ控えめのやつも作ってきたわよ」


「さすが、紫乃神さまです……!」


 幼馴染四人組の料理番長、紫乃。

 彼女はただ単純に料理の腕が立つだけでなく、幼馴染たち全員の好みと苦手なものを把握している。


 それぞれに最高の料理を味わってもらう為、今朝は誰よりも早く目を覚まし、この昼食のため朝から働いていたのだ。普段はかなり寝起きが悪いにも関わらず。


 そんな紫乃の努力や優しさは、美栗も、黒音も、白奈も、三人の誰もが知るところである。そんな彼女たちは、紫乃に対し笑顔でこう言った。


「紫乃、素晴らしい料理をありがとうございます」


「大変なのに、朝早くからありがとっ!」


「ありがとう、です」


 そんな三人の笑顔を見て、紫乃の心の底から嬉しさが湧き上がる。紫乃の見たかった光景が、目の前にある。顔には自然と笑顔が浮かぶ。


 だから紫乃は、その嬉しさをそのまま、言葉にする。


「こんなの大したことないわ。こっちこそ、喜んでくれてありがとう!」

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