第33話 『嗜虐な彼女は悪戯好き⑫』


「―――ということですので、ここから高尾山まで約1時間、険しい道のりですが頑張りましょう」


 二十分の休憩時間が終わり、集合して神崎先生の話を聞く一同。話が終わると、小仏城山からの下山が始まり、高尾山へと歩み始める。


(夏野は……)


 旺太郎は美栗を探そうと周りを見渡す。


「……あいつらと行くのか」


 すると、前の方で紫乃、黒音、白奈たちと歩いている美栗を発見。登りは別々だったが、どうやらここからは四人で行くようだ。


「ふっ……。これで思う存分自然を楽しめるな……」


 旺太郎は清々しい顔で、美栗が居なくなり一人で自然を楽しめる事を喜ぶ。だがその表情は、嬉しそうだとか喜んでいるだとか、決してそんなものではない。よく言えば真顔、あえて悪くいうならば、『無』であろうか。


 旺太郎はクラスの最後尾を、一人で歩いていく。道は険しく、他の生徒からすれば歩いている間はあまり景色を楽しむという余裕はない。

 それでも普段から運動し、山の近くで育った旺太郎は、登山に慣れてきて景色を楽しむ余裕が出てきた。


(たしかに、思っていた高尾山の登山とは違ったが、それほどキツくはないな)


 以前、黒音が『あなたの思っている高尾山の遠足とはまるで別のものですよ』と言っていたのを思い出す。


(まぁ、小学生の頃登ったものよりは明らかにキツいけど。…………小学生、か)


 そう考えて、旺太郎は小学生の頃の記憶を思い出す。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 木口旺太郎、小学二年生。彼は母親と二人、高尾山へやってきていた。


「おーちゃん、今日はあれに乗ってお山のてっぺんにいくんだよ」


 母親がリフトを指差して、旺太郎に話しかける。


「ママ、あれ、なんていうの?」


「あれはね、リフトって言うんだよ。おーちゃんのことを上の方まで運んでくれるの」


「ボク、とべるの?」


「あはは、飛べないよ。よし、じゃあ乗ってみよっか!」


「うん!」


 旺太郎は母親に連れられ、二人乗りのリフトに乗車する。ゆっくりと登っていくリフトは、だんだんと地上から離れていく。木々の間にあった乗車場から三分ほど進むと、旺太郎と母親はいつの間にか木々の上空を通っていた。


「わぁ!ママみて!木がちっちゃい!」


「本当だ〜!あ、あそこ川あるね」


「いいな、ボクも川いきたい!」


「おぉ!じゃあ今度二人で行こっか!」


「うん!」


 そんなことを話しながらもリフトは進み、ふたりは山の中腹辺りで下車する。


「さ、おーちゃん。ここからてっぺんまで歩くよ!」


「はーい」


 二人は山頂までの残りの道を歩いていく。二人の周りにも沢山の登山客がいる。本格的な登山の格好をした人、大学生であろう若者の集団、いちゃいちゃと自撮りするカップル、そして―――


「……ママ、パパはいつ帰ってくるの?」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「うぉ!?」


 過去の記憶へと意識を移動させていた旺太郎は、足元をよく見ずにぼーっと歩いていたため、足を滑らせる。


「……帰ってこねぇよ」


 旺太郎はコケて膝に付いた土を払いながら、ぽつりと呟いた。


 最後尾の旺太郎はクラスメイトに置いて行かれないよう、再び歩き出す。険しい道のりも大した苦ではなかったはずなのだが、不思議と旺太郎には景色を楽しむ余裕はなかった。


 それからおよそ三十分強が経った頃、一同はようやく高尾山の山頂へと辿り着く。高尾山頂と書かれた小さな塔があり、お昼時ということもあってか、多くの人で賑わっている。


「―――それでは、四十分の昼食休憩にします。なので……十三時五分にはここに集合してくださいね」


 神崎先生の一言で一同は一斉に四散し騒がしくなる。ベンチに陣取り昼食を食べる生徒や、富士山の見える位置の地面に直接座るものまでいる。


「どこで食うかな……」


 旺太郎は景色がよく、さらに一人で静かに食事のできる場所を探す。かと言ってこの人混みの中、そんな場所はどこにもない。と、そんな時だった。


「だーれだっ」


 背後から悪戯な声が聞こえると、旺太郎の視界が塞がれる。この状況、旺太郎にとっては圧倒的な既視感。簡単な問題だ。


「何の用だ、夏野」


「ちぇ、そんな反応じゃつまんないじゃん」


「つまんない男で悪かったな」


 美栗としては、多少でも驚いたり照れたりして欲しかったのだが、旺太郎のような天邪鬼な人間が思惑通りに動くはずもない。


「あはは、そーゆーところは面白いんだけどね。ほらほら、早くこっち来て!」


「な、なんだよ」


 ぐい、と旺太郎の腕を引っ張って美栗がどこかへ歩いていく。旺太郎も手を振り払ったりする事はせず、そのままついていく。


「みてみて、富士山だよ!すごくない?」


 美栗が向かったのは、金属製のフェンスで遮られた崖のような場所の上。目の前は崖のため木が少なく、遠くまで見渡せるようになっている。


「おぉ、確かにさっきの場所とは違った絶景だな」


 先程、小仏城山の頂上で写真を撮った時は、木々の緑と空の青によってうまれた絶景。今回の絶景はそんな色のコントラストというよりはむしろ、遠くまで聳える山々の雄大さを感じられる物である。


「山育ちって言ってたけど、それでも絶景なんだね」


「山って言ってもそこまで大きいものじゃないしな。登る事はあるが、木に覆われてて景色なんて楽しめないぞ」


「へー、意外。てっきり『こんなのがすごいのか?山なんて見飽きてるし、富士山だろうが山は山だ』とか言うのかと」


「……」


 美栗が旺太郎の喋り方を誇張気味に真似して話す。旺太郎はそのモノマネをされ、少し恥ずかしくなる。


「そ、そんな喋り方してるか?」


「うんうん。我ながら完璧だったと思うけどね」


「そうなのか……」


 旺太郎は少しショックを受ける。自分の思ってもいなかった特徴などを他人に真似される事は、往々にして恥ずかしいものである。


「じゃ、また後でね!下山する時は一緒に歩こうねっ」


「……そうだな」


 美栗に一緒に歩くことを提案された旺太郎は、微かに嬉しそうな表情を浮かべていた。


 美栗はそんな旺太郎に背を向け、一緒に昼食を食べる紫乃、黒音、白奈の方へ歩いていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……。……後は下山するだけだし、もう少し頑張らなきゃ……!」


 美栗は朦朧とする意識の中、元気な自分を演じるため、自らを鼓舞する言葉で気合いを入れ直した。

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