第32話 『嗜虐な彼女は悪戯好き⑪』


「よし、カメラ貸せ。俺が撮ってやるよ」


「はい、これ。よろしくです、変態さん」


 白奈が旺太郎にカメラを渡してくる。だがそのカメラは、スマホやインスタントカメラ、デジタルカメラのような手頃なものではない。


「すげー、本格的だな。お嬢様かよ」


「壊したら100万円なんです」


「!?」


「嘘です」


「……」


(どっちだ……)


 白奈は冗談で言ったのだろうが、旺太郎としてはこの四人組のお嬢様っぷりを知っているため、嘘と言われても信じきれない。


 渡されたのは遠足に同行するカメラマンが持っているような本格的なカメラ。むしろ、100万円の値段がするカメラだ、と言われた方が真実味があるくらいだ。


 旺太郎は渡されたカメラを覗き込み、四人を画角に入れつつ、奥の青空と山々の緑がしっかりと写るように場所を調整。


「撮るぞー。はい、チーズ」


 かしゃ、とカメラが音を立てて、四人の思い出を記録に残す。旺太郎は位置を変え数枚の写真を撮り、カメラに残ったデータを確認する。


「おお……。カメラマンも悪くねーな」


 楽しそうに満面の笑みを浮かべる四人が、広大な自然の中でキラキラと輝いている。四人ともそれぞれタイプは違えど、紛れもない美少女であるため、雑誌の表紙でもおかしくないほどの出来栄えだ。


「見せて見せて〜!」


「はいよ」


 カメラで確認する旺太郎の元に、四人が歩いてくる。駆け寄ってきた美栗にカメラを渡すと、四人で写真を確認する。


「ぷっ、この写真の白奈、髪が凄いことになってるわよ」


「む……!こっちの写真の紫乃だってすごい顔なんです」


「わぁ、でもこの写真は素晴らしいですよ。みんな笑顔で撮れてますね」


「ほんとだっ。これ背景も綺麗だし、いい写真かも!」


 写真を見て盛り上がる四人を気にせず、旺太郎はその横で山々の美しい風景を楽しむ。汗ばんだ身体に、爽やかな風が自然の香りを運んでくる。


 すると、写真を見ていたはずの紫乃が、ずんずんと不機嫌そうな足音で旺太郎へと近づき、


「な、なんだよ……」


「……な、中々いい写真じゃない。一応、お礼を言っておくわ。あ、ありがとう」


「お、おう」


 頬を赤く染めながら感謝の言葉を伝えてくる。旺太郎は、また文句を言われるかと思っていたため、その意外な行動に戸惑ってしまう。


「おーい、君たち、そこに並んで!早く早く!」


 そんな五人を見かけた同行のカメラマンがそばを通りかかったのか声を掛けてくる。旺太郎は、そもそも被写体となることが苦手なので、何事もなかったかのように去っていこうとするが、


「変態さん、どこ行くんですか?」


「ん?ちょっと、少年!君もだよ、ほら、五人で並んで!」


 白奈とカメラマンに、一緒に写るように引き止められてしまう。


「い、いや、俺は」


「四人で構いませんよ、カメラマンさん」


 旺太郎と違い、カメラマンの指示通りに並ぶ四人。黒音も、四人で撮ると宣言する。


「友達じゃないのかな?だったら尚更一緒に写ってくれないと。友好を築くための遠足でしょ、これをきっかけに友達になったらいいさ」


「た、たしかにその通りですが……」


「ちょっと、黒音。何納得してんのよ」


 カメラマンの言う正論に、真面目な黒音は何も言い返せない。


「ほら、陰キャ君、一緒に撮ろうよっ!」


 美栗は明るい笑顔で旺太郎を呼ぶ。


「『五人目の友達』でしょっ」


「……あぁ、それもそうだな」


 そんな美栗の呼びかけで、去っていこうとした旺太郎も荷物をその場に置き四人の元へ歩いていき、端っこに立つ。


「ちょっと、お呼びじゃないわよ」


「ほら、紫乃、笑ってください」


「はひふんほほ!」


 未だに嫌がる紫乃の頬を黒音がむにぃとつまみ、無理やり笑顔を作らせる。黒音が紫乃の頬から手を離すと、紫乃は「分かったわよ!」とようやく旺太郎が写ることを認める。


「おーい、こっち向いて!じゃあ撮るよ〜!3、2、1、はいチーズ!」


(クソ、写真撮るとき笑えないんだよ……)


 ぱしゃ、という音とともにシャッターが切られ、旺太郎の引きつった笑みがカメラに収められる。


「……うん、オッケー!ありがとうね!」


 写真を一瞬確認したカメラマンは、そう言うと次の写真を撮りに早々に立ち去ってしまった。


「じゃあな、あとは四人で楽しんでくれ」


「言われなくてもそうするわ。しっしっ」


 カメラマンが居なくなると、旺太郎はすぐに置いてあったリュックを背負い直し、四人の元から立ち去っていった。


(はぁ……。あいつらといると、写真を撮るだけで疲れるな……)


 旺太郎は心の中でそんな愚痴を呟く。


 少しだけ、ほんの少しだけ。旺太郎自身も気づかない程度ではあるが。旺太郎は心なしか満足げな表情を浮かべていたのだった。

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