第31話 『嗜虐な彼女は悪戯好き⑩』


「夏野!見ろ!もう少しで山頂だぞ!」


「はぁ、はぁ……。ほんとだ……!」


 旺太郎の言葉に、美栗が顔を上げて見ると、山道がもう少しで広場のようになっている。茶屋であろう建物の屋根も見え、美栗も気合を入れ直し、山頂まで残り少しを登り切る。


「「着いた……!」」


 先程のバス停を通り過ぎ、山道に入ってから一時間と少し。時刻は11時、太陽も登り気温も上昇してくる頃。


 旺太郎たちが到着したのは、標高670mの小仏城山こぼとけしろやま。高尾山と隣接するその山は、多くの登山者に登られる人気の山。


 遠足の目的であり、昼食を食べる場所は、この先にある標高599mの高尾山。ここから凡そ1時間、下りと上りを繰り返しながら向かう。


「おつかれさまでーす!今から20分間休憩になりますが、くれぐれもはしゃぎすぎないようにお願いします!」


 山頂に到着した旺太郎たち二年H組一同は、担任の神崎先生の一言で休憩に入る。茶屋で休む生徒や、一目散にトイレに向かう人。山頂からの眺めを楽しみ、写真撮影に勤しむ者もいる。


「とりあえず、休憩の間は荷物渡しとくぞ」


「うん、ありがとっ」


 旺太郎は胸の方に背負っていた美栗のリュックを下ろし、手渡す。よいしょ、とリュックを背負う美栗を他所に顔を上げると、


「……おい、あいつらお前のこと探してるんじゃないか?」


「え?」


「ほら、あそこ」


 旺太郎の視線の先、木々が少なく山々を見渡せる眺めのいい場所に、紫乃、黒音、白奈が立っている。紫乃がキョロキョロと目を凝らしながらあちこちを見ているのに気づき、旺太郎が美栗に報告。


「あ、写真撮りたいのかも。陰キャ君も行く?」


「行かねーよ。どうせ冬木あたりに『猿のくせに人間に紛れて写真を撮ろうなんて笑わせるわ』とか言われるぞ」


 身振り手振りで紫乃のモノマネをしながら紫乃の発言を予想する旺太郎。


「あははは!全然似てない!へったくそ!」


「……」


 渾身のモノマネを思いっきり笑われて、羞恥心から旺太郎の耳が赤くなる。やらなければよかった、なんて思っても後の祭りだ。


「それに流石にそこまで酷いことは言わないよ。ほら、いいから行くよ!」


「おい、ちょっと、待てって……」


 美栗は嫌がる旺太郎の腕を掴み、犬の散歩のように無理やり旺太郎を連れて行く。


「あ、居ましたよ!美栗、こっちで……なんであなたまで……」


「げ、なんでそいつ連れて来んのよ」


「あはは」


 そんな美栗に気付き、黒音が手を振る。しかし、黒音と紫乃は、美栗が旺太郎を連れて来ていることに気付き、心底嫌そうな顔をする。


「ふふ、変態さん、美栗の奴隷みたい」


「おいコラ秋月」


 白奈だけは、全く別の角度から美栗と旺太郎を捉えているようだが。


「奴隷……アリかも……。陰キャ君、私の奴隷にならない?」


「ナシだよ!」


 白奈の発言を聞いて、真剣な顔でそんなことを提案する美栗だが、旺太郎は一蹴。なぜその提案が通ると思ったのか、旺太郎は不思議で堪らない。


「ちょっと、あんたねぇ。私たちは四人で写真撮りたいの」


「あはは、いーじゃんいーじゃん。陰キャ君も一緒に写真撮りたいんだって」


「お、おい、俺はそんなこと……」


「嫌よ。猿のくせに人間に紛れて写真を撮ろうなんて笑わせるわ」


 美栗が旺太郎をフォローしようと、一緒に写真を撮ることを肯定する。しかし紫乃が見事旺太郎の予想通りの言動。これには旺太郎も美栗も驚かざるを得ない。


「本当に言ったよ……」


「あはは……。猿にハマってるみたいだね」


 ここ最近の紫乃の旺太郎への毒舌には、多く猿と言う単語が入っている。恐らく、山を意識しているためだろうが。


「あっ!いいことを思いつきました!」


 黒音が手をぱん、と叩きながら笑顔で喋り出す。


「木口さんに写真を撮って貰いましょう!」


「断る。俺はカメラマンじゃねーよ」


 名案、とばかりに目を輝かせながら提案する黒音だが、無論旺太郎がそんなことしたいはずもない。


「それがいいわね。無能な猿でもそのくらいは働けるでしょ」


「てめぇ……!」


(こいつとだけは仲良くなれる未来が全く見えねぇ)


 旺太郎は猿と呼ばれるのは最早慣れてしまったためそこまで気にしてはいないのだが、いくらなんでも無能と蔑まれるのは気に入らないようだ。


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。ほら、紫乃もあんまり酷いこと言わないの」


「……ふん」


「陰キャ君もさ、そんなに怒んないで。せっかくの遠足なんだから楽しくやろうよ、ね?」


「……そうだな」


(これ以上言ったって冬木は聞かないだろうし、面倒なだけだ……。ここは我慢だ、俺)


 心の中で自分に言い聞かせ、旺太郎は怒りをなんとか鎮めた。

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