第29話 『嗜虐な彼女は悪戯好き⑧』


「着いた〜!」


 電車から降り、駅から出ると、そこに広がるのは緑に覆われた山々。その開放感に思わず美栗が大きな声で叫ぶ。


「田舎ね……。何もないわ」


「ん〜!空気が美味しいですね!」


「黒音、空気じゃお腹は膨れないんです」


 多少の建物こそあるが、商店街を除けば周囲はほとんど山しかない田舎。そんな自然の中に立って、彼女たちは四者四様の反応を見せる。


「おい、向こうにみんな集まってるから行こうぜ」


 旺太郎はキョロキョロと周りを見渡し、駅の入り口から少し離れた場所に居るクラスメイトたちを発見。五人はその集合場所へ向かう。


 学級委員による点呼が終わり、担任の教師、神崎先生による注意事項等の説明に入る。


(暑いな……。これは体調に気を付けないと危ないな)


 山に囲われているとは言え、旺太郎達がいるのは舗装されたアスファルトの上。午前中とは言え照りつける日差しと、アスファルトの反射熱がじりじりと体力を奪っていく。


「―――なので、こまめに水分補給をして、決してふざけたりしないようにお願いします。それと、熱中症対策のため、今帽子を被っていない人はすぐに被ってください」


 神崎先生による長めの説明が終わり、旺太郎と四人はそれぞれバッグから帽子を取り出して装着する。勿論、全身を迷彩柄で揃えている旺太郎の帽子は迷彩柄であるのだが。


「げ、なんであんたまで同じの買ってるのよ……」


「どうせお前らも駅前のスポーツショップで買ったんだろ」


 紫乃が旺太郎のかぶる帽子と自分たちのものが同じであることに気づく。旺太郎も紫乃たちも、同じ店で買ったのだから、こういうことも起きうるだろう。


「事前に予測して買う店を変えておけばよかったです……。紫乃、すみません」


「……」


 黒音が悔しそうに言い、心の底から紫乃に謝罪している。流石にそこまで本気で後悔しているのを見ると、旺太郎もなんだか居た堪れない。


「陰キャ君、どう?似合ってる?」


「……。どうだ、秋月、俺の格好は」


「無視!ひどい!」


 美栗が帽子をかぶってポージングを取るが、旺太郎はすぐに視線を逸らして華麗にスルー。笑いながら「見てよー」と旺太郎の背中に話しかけてくるが、それすらも無視している。


「変態さん、軍人さんみたいなんです」


「だろ?これで山の行軍も楽勝だぜ」


 旺太郎たちがそんな冗談を言い合っていると、一同は遠足を開始する。紫乃、美栗、黒音、白奈の四人はわいわいと喋りながら歩いていく。旺太郎もその後ろを一人で着いていく。


 どうやらここから山に入るまでは2kmほどあるようで、その道中にある相模湖やダムを見物しながら歩くルートの様だ。


 クラス替えをしたばかりのクラスメイトたちは、お互いのことを知りながらワイワイと楽しそうに歩いていく。


(癒されるな……)


 旺太郎はそんなクラスメイトを気にもせず、一人で山々や自然に懐かしさを感じる。都会の喧騒や連日の買い物の疲れや悩みなどが癒されて、満足げな表情。


「せっかくの遠足なのに一人ぼっちでいいの?」


 そんな旺太郎を気遣ってか、話しかけてきたのは美栗。


「何を言ってるんだ。せっかくの自然なのに一人で味わわないでどうする」


「うわぁ、拗らせてるね……」


 そんな旺太郎の捻くれた考え方に苦笑する美栗。


「だが……確かにこれでは一人で来たのと変わらないもんな。夏野、一緒に歩こうぜ」


 しかし旺太郎も、今回の遠足を楽しみにしていたのもまた事実。自然の懐かしさを身体いっぱいに感じたいという気持ちもあるが、遠足を楽しみたいという気持ちもまた強いのだ。


「……うん」


 美栗はそんな旺太郎の言葉に嬉しそうに頬を染める。


(……こういうところ、なんか意外かも)


 意外とぐいぐい来る旺太郎の性格を、美栗はそう評する。旺太郎は決して肉食系とかそう言うわけではなく、ただ単に特に人間関係がどうとか考えていないが故の行動なのだが、それが美栗には嬉しいようだ。


「つーか、他の三人はどうした」


「みんなそれぞれの友達と喋ってるよ」


「お前は友達いないのか?」


「まぁね。サボり魔だし仕方ないよ」


「たしかにそうだな」


 美栗は笑顔を崩さずにそう言う。


「なら、俺がお前の五人目の友達ってことだな」


「えっ」


「え?」


 美栗の友達と自称する旺太郎に、美栗が驚く。旺太郎の方も、まさか驚かれるとは思っていなかったため、美栗の反応をそのまま返す。


「す、すまん。たしかに、友達と呼ぶには関係が浅すぎたよな。まだ会ってから数日なのに、山に来て調子に乗りすぎたみたいだ」


「……ぷっ!あはははは!なにそれ!」


 旺太郎が焦って言い訳をしようとするが、そんな態度に美栗が思わず笑い出す。


「そんなに笑わなくても……」


「そんな面倒なこと考えなくていいの。陰キャ君が私のことを友達だと思ってるなら、それはもう友達だよ」


「そういうもんなのか」


「そういうもんなのだよ。ま、さすがに五人目ってことはないけどね」


 旺太郎と美栗がそんなことを話していると、前方から歓声が上がる。二人がふと顔を上げると、前方に大きな湖が見えてきた。相模湖である。


「見ろ!夏野!すげぇ、湖ってこんなにでかいのか!」


「あはは!陰キャ君はしゃぎすぎ!」


 無邪気な子供のように前の方に駆けていく旺太郎の背中を、美栗は嬉しそうに見つめる。


「……ちょっと暑くなってきた、かも」


 美栗は太陽の方を見ながら、わざとらしくそう呟いた。

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