第27話 『嗜虐な彼女は悪戯好き⑥』


「四日連続……何してんだ俺は……」


「あはは、いーじゃんいーじゃん。引っ越してすぐなんだから、忙しいのは当然だよ」


「確かにそうだが……」


 美栗、白奈と共にインテリアショップに買い物に来た旺太郎。結局、白奈も来たいというので、三人で来た。旺太郎は人数が増えて困ることはないが、白奈が来たいと言ったとき、美栗は少し不満そうだった。


「美味しい、です」


「お前はいつの間にソフトクリームなんか買ってんだ!」


(マジで気付かなかったぞ。くのいちかよ)


 いつの間にか、白奈がソフトクリームを美味しそうにチロチロと舐めていた。思わず突っ込む旺太郎だが、今まで本当に気付いていなかったのだ。


「入り口の横に屋台があったんです。あ、欲しいんですか?」


「いらねーよ。てか店の中でそんなもん食べるな!」


 少なくとも旺太郎の常識では、店の中で食べ物を食べるなど言語道断。床にこぼしたり、ましてや商品にこぼしてしまったりしたら迷惑極まりない。


「そうだよ、白奈。コーンじゃなくてカップにしなきゃたれちゃうじゃん」


「はっ!盲点だったんです」


「そこじゃねーよ!?」


 あくまでも店の中で食べることを否定はしない美栗。しかしカップだから良いというわけではない。躓いて落としてしまう可能性だってあるのだ。そもそも店の中で飲食しないのが一番だ。


「はぁ……。今日は棚を買いに来ただけだし、俺と夏野で見てくるから、秋月は店の外でソフトクリーム食べててくれ」


「ええっ!せっかく来たのに、それじゃ意味がないんです」


 目を少し見開いて驚く白奈。


「そうだよ、陰キャ君。おねーさんはキミをそんなつまんない男に育てた覚えはないぞっ」


「お前にだけは育てられたくないな」


「えぇ……。ちょっと傷つく、かも……」


『お前にだけは』と言われ、しゅん、という効果音が適切なほどしおらしく落ち込む美栗。旺太郎も、そんな美栗のらしくない様子に思わず、


「え、な、なんかすまん」


「……あはは!引っ掛かった!」


「てめぇ……」


(クソ、いつものやつか……)


 頬を赤らめ、笑顔で楽しそうにそう言う美栗に、してやられたと旺太郎は唇を噛む。だが、旺太郎は気付かない。その笑みが作られたものだということも、笑顔の裏に隠れた辛そうな表情にも。


 そんな様子を黙って、いや、ソフトクリームを食べながら見ていた白奈だが、食べ終わるや否や、


「ふん!」


「ぐほぉっ!」


「ちょ、白奈!?」


 旺太郎の脇腹をつつく。つつく、というよりはむしろ正拳突きと言う方が適切かも知れないほどの威力で。これにはさすがの美栗も驚きを隠せない。


「なにすんだ秋月……」


「お前は先に行ってるんです、変態さん。私と美栗は後から行くんです」


「は?いや……」


(なんで殴ったんだよ……)


 先に行け、と言う白奈に、状況が分からない旺太郎は困惑する。


「白奈?どうしたの?」


「それはこっちのセリフ。美栗こそおかしい」


「……っ」


 おかしい、そう言われた美栗は思わず、図星を突かれたように驚く。


「変態さんはいいから行って。すぐ行くから」


「お、おう……?早く来いよ?」


(秋月の口調……。怒ってんのか?)


 普段とは打って変わって、真剣な表情で、強い意志を込めた目で旺太郎にそう訴える白奈。旺太郎もその白奈の様子から、従った方がいいと感じスタスタと歩いていく。


 旺太郎がエスカレーターに乗り、上の階に登っていくのを見届け、白奈が口を開く。


「美栗、大丈夫?」


「……なにが?私は全然平気だよ?」


 再び笑顔を作りそう答える美栗だが、幼馴染として小さい頃からそばに居る白奈が気付かないはずもなく。


「平気な人は平気って言わない。辛いとき笑うのは美栗のクセ」


「あはは、辛くなくても笑うよ。もー、白奈は心配しすぎだって」


 美栗はあくまでも笑みを崩さない。それが余計に、白奈の心を締め付ける。


「……無理しないで。辛かったら頼って」


「ありがとっ。さ、行こ行こ!陰キャ君待たせちゃうよ!」


 美栗は白奈の腕を掴んで、旺太郎の後を追いかけて行った。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「真っ暗なんです」


 白奈が空を見てぽつりと呟く。


 家の最寄り駅の構内から出た美栗、白奈、旺太郎の三人。四月、冬が明けたばかりでまだ日の入りの時刻は早いが、それでもたった一件買い物するだけならここまで時間はかからなかったろう。


「あはは、ごめんね。私も買いたいものがあって」


「俺もイヤフォン買ったから人のことは言えねーな」


(なんか最近出費が多いな……)


 やたらと買い物に行っている旺太郎は、引っ越す前からしたら考えられないほど急ペースで出費している。今日も、棚を買いに行ったはずが、美栗と白奈の買い物に付き合わされ、ついでに旺太郎もイヤフォンを購入してしまった。


(勉強のためだから仕方がないと思うしかないな)


 自ら言い訳をしないと買い物すらできない。旺太郎の貧乏性が浮かび上がっている。


「棚も買えたし、よかったね、陰キャ君」


 ちなみに棚は、あまり大きいものを買っても仕方がないということで、旺太郎は組み立て式の控えめなものを購入。かと言って持ち帰れるサイズではないので、配送してもらうことになっている。


「まぁな。てか夏野は薬局でそんなに何買ったんだ?」


「んー?酷いこと言う陰キャ君には内緒っ」


「……」


 美栗は美栗で、薬局で何やら大量に買い込んでいた。なぜ教えてくれないのかは分からないが、旺太郎も特に深く聞こうとはしない。


 と、スマホをいじっていた白奈が口を開く。


「……美栗、今日夕食当番なのにいないって、紫乃が怒ってるんです」


「あっ!やば、ほんとに忘れてた!急がなきゃ!」


「紫乃に代わってもらったから大丈夫です。……美栗は帰ってゆっくり休むんです」


「うー、後で一緒に謝ってね、陰キャ君」


「なんでだよ!」


 謝る理由がない、と旺太郎は断る。しかし結局家に帰ると、美栗とともに白奈と旺太郎も、紫乃に正座させられ説教を受けることになったのだった。


 余談だが、旺太郎が部屋に入ると既に旺太郎が選んだ組み立て式の棚が設置してあったのだった。


「どうなってんだよこの家……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る