第25話 『嗜虐な彼女は悪戯好き④』

 

「黒音!あんたタオル持ち過ぎよ!そんなに持って行ったら荷物が重くなるわよ!」


「タオル程度で重さは変わりません!それに、私にはこのくらい必要なんです!汗をかかない紫乃には分からないでしょう!?」


(あーもう。騒がしいな……)


 ソファのところで「わーわー」とか「ぎゃーぎゃー」とか騒ぎながら遠足の荷造りをしているのは、黒音と紫乃だ。部屋で勉強していた旺太郎だが、そんな彼女たちの騒ぎ声で集中できず、リビングへと降りていく。


(この家に来てから勉強なんてほとんど出来てねーぞ……)


 はぁ、とため息をつきながら階段を降り、リビングでやいやいと騒ぐ紫乃と黒音に話しかける。


「ちょっと静かにしてくれないか」


「なんですか、私たちの家ですよ。そんなのあなたに言われる筋合いはありません」


「俺も住んでるんだけどね」


 黒音が言う『私たち』には、恐らく旺太郎は含まれていないのだろう。少し距離は近づいたとは言え、一緒に暮らすのを認めるのはまだ抵抗があるようだ。


「あら、あんたまだこの家に住み着いてたの?」


「住み着くって、俺は鳥じゃねーよ」


「お猿さんは山奥の田舎に帰って木登りでもしてれば?ここは人間の住む街で、人間の家なの。分かったら早く帰りなさい」


「てめぇ……」


(……待て、ここで怒ったら逆効果だ。余計騒がしくなって勉強ができない)


 旺太郎の額に青筋が浮かび、思わず怒りそうになるが、冷静になって怒りを抑える。


「遠足は明後日だろ?遠足の準備なら明日で良いんじゃないか。ほら、今日はおとなしくしてようぜ」


「何を言ってるんですか。もし買わなきゃいけないものがあったらどうするんですか?今日準備して、明日足りないものを買い出しに行くんです」


「これだから猿はダメなのよ。知能指数を上げて出直しなさい、サヘラントロプス・チャデンシスさん」


「おいコラ、誰が最古の化石人類だ」


(つーか猿じゃなくて一応人類じゃねーか)


 サヘラントロプス・チャデンシス、それは最古の人類とされる猿人だ。脳容積は350ccで、チンパンジーと変わらない。つまり、紫乃の中では旺太郎をチンパンジーと罵ったのと同義だ。


「はぁ、もういいけど、少し静かにしてくれ。勉強に集中できないんだ」


「音楽でも聴けばいいじゃない」


「CDなんて持ってない」


「は?あんたスマホ持ってないの?」


「持ってるが……」


(音楽とスマホになんの関係が……)


 旺太郎はスマホを持っている。持ってはいるが、使いこなせているとはお世辞にも言えない。この春、高校生になるお祝いに、と自分で買ったはいいが、基本的な操作しか知らないのだ。


「スマホでも音楽は聴けますよ。あっ!良ければおすすめの曲を教えましょうか?」


「お、いいのか?」


 黒音が手をぱちん、と叩きながら、「名案ですっ」と言いながら目を輝かせて旺太郎の方を見る。


「ダメよ!こいつにあんたのおすすめの曲なんて聴かせたら、ただでさえセンスの欠片もないのに余計……。ダメ、考えただけで吐きそう」


「せ、センスがないとはなんですか!訂正してください!やはり日本人たるもの、昭和の歌謡を聴くべきです。特に八十年代の名曲は……」


 そのまま熱く語り出す黒音。そんな黒音を意識から排除して、旺太郎が喋り出す。


「おい、こいつはともかく、俺のセンスは良い方だぞ」


「本気で言ってるならドン引きだけど」


「『武士道』はダサかったかもしれないが……。他にも『騎士道』とかも持ってるぞ。色だって白地に金の文字だ」


「ダッサ!漢字が書いてあるだけで基本ダサいのよ!しかも白地なら良いってわけないでしょ!金がダサいのよ!」


「……」


 紫乃の怒涛の罵声にショックを受け、旺太郎は思わず立ち竦む。


「もういいわ、ほら、スマホ貸しなさい。私のオススメの曲聴けるようにしとくから」


「お、おう……」


 そう言って紫乃は旺太郎からスマホを受け取ると、ささっと操作して旺太郎に渡す。


「まぁ、頼むから少しぐらいは静かにしてくれよ」


「うるさいわね。さっさと行きなさいよ」


「はぁ……」


 結局、旺太郎の願いは聞き入れてもらえないようだ。旺太郎はため息をつき、諦めて部屋へと歩き出す。


「―――って聴いてください!ふたりとも!」


 そんな中、ずっと夢中になって語っていた黒音がようやく我に帰る。旺太郎はそんな黒音の訴えかけを無視して部屋に戻った。

 ちなみに紫乃に教えてもらった曲は、旺太郎にも分かるくらいお洒落だった。

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