第24話 『嗜虐な彼女は悪戯好き③』
「……」
そんな声と共に突如、二杯のタピオカミルクティーを両眼の前に出され、旺太郎は前方が見えなくなる。しかし旺太郎は、そんなものに構ってあげるほど良くできた男では無い。
無言のまますっとしゃがみ、そのドリンクの下をすり抜け、何事もなかったかのように歩き出す。
「もう!陰キャ君、無視は酷くない?」
「何の用だよ、夏野。てか学校サボった癖になにしてんだよ……」
美栗はそんな旺太郎を、たたたっと小走りで追いかけると、隣に並んで歩く。初めからそれが誰なのか気づいていた旺太郎は、横に現れた美栗を見る事なく歩き続ける。
「あはは、学校つまんないんだもん。はい、これ。ちょうど私が買おうとした時に、キミが見えたから二人分買っといたの」
「甘いものは得意じゃ無いんだが……」
「ええっ!ごめん、知らなかった……」
そう言って断ろうとする旺太郎に、若干ショックを受ける美栗。そんな様子を見て、旺太郎は昨日の出来事を思い出す。
『女の子がプレゼントしてくれてるんだから、ウダウダ言ってないで受け取りなさいよ』
黒音が服を渡す時に紫乃が旺太郎に言った言葉が脳内で再生される。
「……だが、帰って勉強するのに少し糖分が欲しいと思ってたんだ。ありがとう」
「!!」
そう言って旺太郎は、美栗の手からドリンクを受け取る。一方美栗は、一瞬驚いたような表情になるが、すぐに楽しそうな笑みを浮かべる。
「もう、陰キャ君は素直じゃないなぁ。やっぱり黒音と似てるよ」
美栗は「あはは」と言いながら言う。
「あそこまで頑固じゃない、と思うけどな」
「ま、でも陰キャ君も成長したんじゃない?黒音が一緒に走ろうって誘ってくれたのを断ってた時はドン引きだったもん」
「そんなにか……」
旺太郎としてはあの時、黒音の意図が分からず、前日のペペロンチーノ事件もあり疑心暗鬼になっていたのだ。仕方がないと思いたい。
「そんなにだよ。女の子のお誘いは断らないのが基本だよっ」
「ほう、そう言うなら女の子も男の誘いを断らないのが基本だよな。そうじゃなければただの性差別だぞ」
「えぇ……。ちょっと今陰キャ君にドン引きしてるよ……」
「そ、そんな目で見ないでくれ」
汚物を見るような目で旺太郎を蔑む美栗。自分の言いたいことが伝わらず、正論で返す旺太郎に呆れているのだ。正論は時に、円滑な人間関係を妨害する。
「だが、例えば俺がお前を映画に誘ったら、一緒に来るのか?」
「いや、そーゆーこと言う人とは男女関係なく行かないかなぁ。楽しくなさそうじゃん?」
「う……」
(変に距離が近いぶん、拒絶された時に心にくるな……)
苦笑いしながら拒否する美栗に、精神的ダメージを負う旺太郎。初対面から距離が近く、それはまるで男子の理想の女性のような振る舞い。明るい笑顔に絡みやすい性格。だからこそ、時々美栗の口から溢れる刺々しい言葉が一層際立つのだ。
「まぁでも、陰キャ君意外と色々見えてるし、素直だからおねーさんは好き……かも」
「あっそ」
(相変わらずよくわかんねーな……)
頬を赤らめながら上目遣いでそう言う美栗だが、旺太郎は冷たくスルー。並の男子高校生なら一撃で撃沈するであろう笑顔だが、旺太郎の心を揺らすことはできなかったようだ。それどころかむしろ旺太郎は、困惑している。
「もう!そーゆーところだぞ!」
「ぐはっ」
そんな旺太郎を見て頬を膨らまし拗ねた美栗が、肘で脇腹を小突く。思った以上の力で小突かれ、旺太郎は腹をさする。
「強ぇよ……」
「あ!見て!猫がいる!かわい〜!」
寝っ転がる猫を見つけた美栗は、小走りで猫に近づき、しゃがみ込んで猫の背中を撫でる。とても警戒心の薄い猫のようだ。
「……猫ってさ、すごい自分勝手だと思わない?」
「?」
「それなのに、みんなから可愛がられてる」
「そういうのも含めて可愛いんだろうな」
「……そっか」
しゃがみ込んでいた美栗がすっと立ち上がる。
「さ、帰って遠足の準備するぞ〜!」
「勉強が先だけどな」
並んで歩く二人の背中を、夕焼けが赤く照らした。
雑談しながら帰り道を並んで歩く。美栗に貰ったタピオカミルクティーをちょうど旺太郎が飲み干したタイミングで、ようやく家に着いた。
「ただいまー」
「おじゃまします」
玄関のドアが開き、美栗と旺太郎が一緒に帰宅。ぴょこ、とリビングから白奈が顔を覗かせる。
「む!デートしてたんですか!デートなんですか!」
リビングにいた白奈がそんな二人を見て、駆け回りながら「きゃーきゃー」と棒読みで騒ぎ出す。
「んー?陰キャ君、デートだって。どうする?」
「そうだな……。本当に付き合ってみるか?」
悪戯っぽく笑いかける美栗に対抗して、悪い笑みを浮かべる旺太郎。そんな二人の会話は、「きゃーきゃー」と騒いでいる白奈には聞こえていないようだ。
「えっ……」
「お前がいつもやってることの仕返しだ」
旺太郎はそう言うと靴を脱ぎ、そのままリビングへと立ち去っていく。玄関に残された美栗は、頬を微かに赤らめ、恥ずかしそうに顔を隠すように手を当てた。
「ほんと……調子狂っちゃうじゃん……」
美栗には、心臓がとくんと音を立てたような、そんな気がした。
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