第22話 『嗜虐な彼女は悪戯好き①』


「おはようございます」


「おはよ」


 ランニングしようと門の外に出た旺太郎に、先にそこにいた黒音が朝の挨拶。旺太郎も体を伸ばしながら短く答える。


「一緒に走らないか?」


「嫌です」


「……」


(少しは関係が良くなったと思ったんだがな……)


 少しでも印象をよくしようと勇気を出して誘った旺太郎だが、呆気なく惨敗。やはり人間関係は難しいと旺太郎は思い知らされる。


 人間というのは、好きだった人間はすぐ嫌いになるくせに、一度嫌われたら仲良くなることはとても難しいのだ。そう易々と黒音にとっての旺太郎の第一印象が変わるわけではない。


 はぁ、とため息をつき諦めて、旺太郎は一人でランニングに行こうとする。


「ですが」


 黒音が口を開き、旺太郎もその続きを聞こうと立ち止まる。


「たまたまランニングコースが同じになってしまったとしても、私は文句は言いません」


 そう言った黒音の表情は旺太郎には見えないが、頬を赤らめている。黒音がぎゅっと手を握り恥ずかしさに耐え、なんとか絞り出した言葉なのだ。


「そうか」


 黒音はそのままランニングを開始、旺太郎もその後を追っていく。初めて通る慣れない道を、黒音の後について走って行く。たったっとリズム良く走っていく黒音の美しいスタイルは、こうした努力の賜物だろう。


 ふと、黒音の足が止まり、旺太郎を振り向く。


「少し、休憩しませんか?」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「都会にもこんな場所があるんだな」


 木々が生い茂り、遊具が少なく、どちらかと言えば広場といった方が近いような公園。二人でベンチに腰掛けて、汗を拭ったりして休憩。三人がけぐらいのベンチが二つあったため、二人とも別々のベンチに座っている。


「いつも、ここを目的地にして走っているんです。たくさんの自然に、小鳥のさえずりや葉っぱが風に揺られる音が心地良いんですよ」


(やはりこういう自然の中にいると落ち着くな……)


 旺太郎は今まで暮らしていた山奥のことを思い出し、少し懐かしい気持ちになる。


「自然と言えば、もうすぐ遠足ですね」


「遠足?」


「知らないんですか?私たちの学校では、クラス替え後の友好を深めるために、すぐに遠足があるのです。今週は私たち、来週は三年生、そして再来週が一年生、と言うような形です。年間予定表にも書いてありましたが……」


(そうだったのか……)


 学校行事にあまり興味がなく、年間予定表にも目を通していなかった旺太郎は、まさかそんな直近に遠足があるということなど、つゆほども知らなかった。


「ちなみに、遠足はどこにいくんだ?やっぱり動物園とかそういう感じか?」


「どこの小学生ですか……。というか、それすら知らないのですね。私たちが行くのは高尾山ですよ」


「高尾山か。それなら小学生の頃登ったことがある」


 旺太郎の小学生の記憶。電車で麓まで行き、そこからリフトである程度登る。途中から山頂まで歩き、元来た道を下山。いわゆる観光ルートだ。


「……おそらくですが、あなたの思っている高尾山の遠足とはまるで別のものですよ」


「ん?あの高尾山じゃなくて別の高尾山に登るってことか?」


 黒音の言葉に、頓珍漢な考えをする旺太郎。


「いえ、あの高尾山ですが……。まぁ、登ってみたら分かりますよ。私も話を聞いているだけで、実際のところは分かりませんから」


「なんなんだよ」


「さぁ、そろそろ帰りましょう」


 結局、旺太郎は何が別物なのかは教えてもらえなかった。帰り道、遠足についてぼんやりと考えながら走っていた旺太郎は、電柱にぶつかりそうになったのだった。

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