第20話 『清楚な彼女は頑固者⑧』

 

「お、遅くなってすみませんでしたぁ〜」


「大丈夫ですよ」


 紫乃、美栗、白奈の三人を発見した黒音が、謝罪しながら合流する。白奈がそんな黒音の頭をよしよしと撫でて慰める。


「ちょっと!ただの荷物持ちの癖に迷惑かけてるんじゃないわよ!ほんっと使えない犬」


 そんな白奈とは反対に、黒音と旺太郎が他の三人と合流して早々、紫乃が旺太郎に苦言を呈する。


「誰のせいだと思ってんだてめぇ……」


「し、知らないわよ」


(こいつ、絶対心当たりあんじゃねーか)


 そんな紫乃に負けじと言い返す旺太郎。紫乃は気まずそうに視線を逸らすが、その反応で旺太郎に心当たりがあることがバレてしまう。


「あんたの腸が弱すぎるんじゃないの?鍛えておかないのが悪いわ」


「腸を鍛えるってなんだよ」


「金歯ってあるじゃない?あれの腸バージョンだと思って金属製にしたらどうかしら。お金なら私が出すわよ」


「できるか!」


「まぁまぁ、それよりほら、早く買い物済ませちゃおうよ」


「それもそうね。黒音〜!私の服も選んでくれる?」


 しょうもない言い合いをする二人を見て、美栗が仲裁に入る。紫乃はすぐに切り替え、笑顔で黒音のもとに駆け寄っていく。


「仲直り、できた?」


「っ!近ぇよ」


 ぐいっと旺太郎に一歩近寄り、ぼそっと小さな声で美栗がそう尋ねる。相変わらずの距離感に未だ慣れない旺太郎は、驚き一歩後退。


「多分、少しはな」


(そもそも喧嘩はしてないし、関係が良好になったとも言えないが……。少しくらいは進歩があったと思いたいな)


 喧嘩をした、と美栗は言っていたが、そもそも旺太郎の中では喧嘩とは言わない。喧嘩をするほどお互いのことを知っているわけではない。だがどちらにせよ、旺太郎には今回のことで黒音との少し距離が縮まったような気がするのだ。


「そっか、良かった。さ、いこいこ!まだまだ荷物は増えるからね、男の子なんだから頑張ってもらうよっ」


 軽くそれだけ言い残すと、美栗は三人のもとにかけて行ってしまった。


「荷物持ちじゃねーってば」


(こいつら……自由すぎるだろ)


 そんな事を考えながら、旺太郎はどこか機嫌の良さそうな表情で、四人の背中を追いかけて行った。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「買いすぎだ、お前ら……」


 どっさりと持たされた荷物を見て、旺太郎はため息まじりに呟く。中身はほとんどが衣類、雑貨と靴が少しだと言うのに、まるで部活の遠征後のような重さがある。


「いっぱい買えたわね〜」


「ふふ、大満足です」


 不満げな旺太郎とは真逆に、旺太郎の前を歩く紫乃と白奈が満足そうな笑顔を浮かべる。


「いやー、前から欲しいと思ってたものがあったからつい」


「美栗は少し買いすぎです……」


 えへへ、と照れたように笑いながら美栗が言う。さすがの黒音も、これには一言言わずにはいられない。


「つい、で買う量じゃねーだろ……。これ、ほとんどお前のじゃねーか。てかお前ら、今日だけでいくら使ったんだよ……。値札見るのが怖いぞ」


 貧乏な環境で育ってきた旺太郎には考えられないほど大量の買い物。服なんて繕えばいくらでも着れる、そんな祖母のもとで育てられた旺太郎からしたら、今回の買い物は無駄遣いでしかない。


(しかも夏野が行った店って、有名な高級ブランドだったじゃねーか。あの店でこれだけ買うって、どうなってんだ?あの家と言い、今回の買い物といい、住む世界が違いすぎる……)


 お洒落や流行というものに全く興味のない旺太郎でも知っているような高級ブランド。美栗がそんな店で買い物を始めた時には、旺太郎は店の外で待っていることさえ場違いに感じた。


「えー、そんなの気にしてたら楽しく買い物できないじゃん。ま、せいぜい数十じゃない?」


「す、数十……」


(単位が気になるが……。まぁいい、考えないことにしよう……)


 単位を省略して今日の金額を述べる美栗だが、旺太郎もその単位には察しがつく。旺太郎は信じられない額の買い物に思考停止。


「そんなことより、私は一つ、あなたに言いたいことがあります」


「な、なんだよ……」


(なに、この雰囲気……)


 突然、真剣な表情で旺太郎に話しかけてくる黒音にたじろぐ。


「そうね。私も我慢してたけど、やっぱり一言言わなきゃ気が済まないわ」


「私も、お買い物に来てから、変態さんのこと気になってたんです」


「うんうん、逆に気になるよね。なんていうか……そういうの、男らしい?って言うの?」


「お、おい、お前らどうしたんだよ……」


 他の三人も揃って旺太郎の方を向く。紫乃はムスッと機嫌が悪そうに、白奈は相変わらずの真顔で、美栗は悪戯っぽい笑みを浮かべながら。


 予想だにしなかった急展開に、旺太郎の脳は限界を超えて高速回転。一つの可能性について、脳内で推測を始める。


(ま、まさか……。こいつら、俺のことを……。待て、まだ会って二日目だぞ!?あり得ないだろ!それに、紫乃に関してははっきりと嫌いって……。はっ!『嫌よ嫌よも好きのうち』っていうことか……!だが待て!そ、そんな急に心の準備が……!)


 一つの推測に確信に近いものを得た旺太郎は、今から言われるであろうことを予測して焦り出す。


「ま、待て、心の準備ってもんがあるだろ、そんな急に、こ―――」


「はい?心の準備?あなたは何を言っているのですか?」

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