第19話 『清楚な彼女は頑固者⑦』

 

「ふっ……。9回裏二死ツーナッシングからのサヨナラ満塁ホームランだったぜ」


(漏れるとこだった……)


 用をたし終わり手を洗いながら、訳の分からない比喩を用いて呟く旺太郎。要するに、もう少しで人生敗北ゲームセットの危機だった所を、何とか生き延びたという事だ。ハンカチで手を拭きながらトイレの外に出ると、


(春咲と……あの男たちは……)


 近くのベンチに座る黒音と、その目の前に立って話しかけている二人のガラの悪そうな男たち。


(友達か?いや、兄弟という説もあるな……)


 見当違いも甚だしい予測を立てる旺太郎だが、何しろ黒音のことをなにも知らないのだ。名前すらも本人から直接聞いたものではない。


(真面目そうなのに、ああいうのがタイプだったりするのか)


 そんな事を考えながら旺太郎が黒音の方へと歩いていくと、その話の内容が旺太郎の耳に入る。


「君、高校生?いやー、ほんと可愛いね」


「なぁなぁ、ヒマ?ちょっと俺らと遊ばね?」


「結構です。お友達と来ているので」


「いーじゃんいーじゃん、ちょっとだけだからさぁ」


「なぁ、頼むってば、なんか奢るからさ。な?」


「しつこいです」


(ナンパか……。中身あんなんでも、容姿は目立つからな)


 友達でも兄弟でもなく、ただの厄介な人間に絡まれているだけだったと旺太郎は判断する。


「……ま、いいか。俺なんかに助けられなくても大丈夫だろ」


(また関わらないでくださいとか言われそうだしな)


 旺太郎は踵を返し、黒音から離れるように歩いていった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「しつこいです」


 黒音はキッと二人組の男を睨みながら、はっきりとそう言った。黒音にとってナンパは珍しいものではない。特に四人で歩いている時には無謀な男たちによく声をかけられる。


(いつもはみんなが居てくれるのですが……)


 だが、ひとりの時に声を掛けられることは珍しく、黒音も少し困惑している。


「……チッ。てめぇよ、ツラが良いからって調子のってんとちゃうぞ!」


「もしかしてお買い物よりもっと楽しいことしたいの?悪いけどおにーさんたち、優しく出来ないぜ?」


「ひっ…………」


 一際大きな声で威圧してくる男たちに、黒音は萎縮し言い返すことができない。というより、瞳に涙を浮かべており、恐怖で固まってしまったと表現した方が適切。


「おいおい、震えてんじゃねーか。かわいーな。怖がらなくて良いんですよ〜」


「たっぷり可愛がってあげるからさ、良い子にしよーぜ?」


(助けてください……っ!)


 黒音は声もあげられず、心の中で助けを求める悲痛な叫び。黒音が俯き、男たちが黒音の腕をつかもうと手を伸ばしたその瞬間―――。


「誰かぁぁぁ!女の子が襲われてまぁぁぁす!」


「……え」


 戻ってきた旺太郎の大きな叫び声が、店内に響き渡る。勿論その声に反応して、客や店員も旺太郎の方に注目する。当の本人、黒音は突然の旺太郎の登場に唖然とする。


「なっ……!んだよお前!ダルすぎんだろ!」


「おい、行こうぜ。めんどくせー。イキってんじゃねーよ、雑魚が」


 そう言い残して男二人組は歩いてその場から去っていく。


「春咲、誰か来る前に移動するぞ」


「あ、えっ、ちょっと!」


 困惑する黒音の荷物をばっと持つと、反対の手を黒音に差し出す。恥ずかしそうにその手をとった黒音を連れて、そそくさと別の場所に移動する。


「ふぅ。ここまで来れば大丈夫だろ」


「あ、あんな大きな声出さないでください!迷惑ですよ!?」


「んなこと言われてもよ……」


 先程の旺太郎の行動に怒りをあらわにし、声を荒げる黒音。


「もう少しスマートに出来なかったのですか?だいたい、あなたが居なくても一人でどうにかできました。余計なお世話です」


 頬を膨らませて、拗ねたように黒音はそう言う。


「へっ、あんなに震えてたくせによく言うな」


「み、見ていたのですか!?あっ、違います!決して震えてなどいませんでした!」


(めんどくさい性格だな……)


 認めたも同然の反応をしてから否認する黒音に、旺太郎はそんな評価を下す。


「で、ですが、多少手を焼いていたのは確かです。いつもならあの様な方々は美栗と紫乃が撃退してくださるのですが、今日は混乱してしまいました。で、ですからその……」


「ん?なんだ?」


 恥ずかしさから頬を赤らめ、下を向いてしまう黒音。最後の言葉が聞き取れず、旺太郎は聞き返す。


「い、一応、お礼を言っておきます。ありがとうございます」


 黒音は照れながらも何とか旺太郎に聴き取れる声量で声を絞り出す。


「……そんなに気にしなくて良いぞ。俺に大きな借りができたと覚えておけば良い」


「おっ、恩着せがましいですよ!それに借りだなんて思っていません!」


 気にしなくていいと言いながら、しっかりと貸しを作ろうとしているあたり、旺太郎のセコさが滲み出ている。


「ほー、真面目だと思っていたが、残念だ。お前には義理も人情も無いんだな」


「な……っ!その言い方は卑怯です!だからありがとうございますと言ったじゃないですか!?」


「まぁどうでもいいか。ほら、そんなこと言ってないで早く行くぞ」


「あなたが言い出したんです!」


 黒音と旺太郎の二人は、やいやいと口喧嘩をしながら他の三人の元へ歩いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る