第16話 『清楚な彼女は頑固者④』
紫乃と黒音が荷物を運んでいたその頃、旺太郎はスーツケースを引きながら、職員室までの廊下を歩いていた。
(そういや制服があるのに私服も可ってどういうことだよ。制服いらねーだろ)
ふとすれ違った私服の生徒を見てそんな感想を抱く。
都内有数の進学校、私立中野学園。東大、京大、国公立医学部にそれぞれ毎年30人程度の卒業生を送り込んでいる。自由な校風を重んじ、生徒の自主性を尊重するため、『上履きを履くこと』以外の校則が存在しない。
そんな進学校と呼ばれる学校だが、旺太郎にとって唯一と言っていい懸念がある。
(驚異の浪人率6割……か)
その自由な校風故か、はたまた生徒たちの第一志望への熱いこだわり故かは分からないが、とにかく、他の進学校と比べても異常な数値。
そんなことを考えていると、職員室に到着。旺太郎はノックしてから入室する。
「失礼します。二年H組、木口旺太郎です。神崎先生はいらっしゃいますか」
「ん?神崎先生なら向こうの休憩スペースに居ると思うぞ」
「あ、ありがとうございます」
ドアの側に立っていた男性教員が、旺太郎に神崎先生の居場所を伝えてくれる。
(中学の時は職員室の中に入っちゃいけなかったから、職員室の中を生徒がうろうろしてるのは新鮮だな)
去年は学校に行っていなかったとはいえ、旺太郎も義務教育はしっかり修了している。その時の記憶と比べても、旺太郎はこの学校の自由さに改めて驚く。
教師が数人会話をしながら座っている、休憩スペースらしき場所に到着した旺太郎は、再び声をかける。
「すいません、神崎先生はどなたでしょうか」
旺太郎がそう声をかけると、若い女教師、神崎先生は「あっ」と旺太郎に気づく。会話を中断し、立ち上がって旺太郎の方に近づいてくる。
「木口くん、教科書ですよね?」
「はい、受け取りに来ました」
「ごめんね、今取りに行って貰ってるので、少しだけ待っててください。もう少しで来ると思うんですけど……」
神崎先生はそう言いながら両手を合わせて謝罪を表現。すると、旺太郎の背後にあったドアが音を立てて開いたので、邪魔にならないように、と旺太郎は少しだけ避ける。
(こっちにもドアがあったのか)
学校の教室とは、基本的に二箇所のドアがあるものなのだが、それを失念していた旺太郎は思わずそんなことを思う。そのドアから「失礼します」と言う声とともに台車を押した女子二人が現れる。
「あ」
旺太郎がその二人、紫乃と黒音に気付き、声を漏らすと、
「げ」
紫乃も嫌そうな顔で反応。黒音はまるで旺太郎が存在しないかのように華麗にスルーし、神崎先生に話しかける。
「遅くなって申し訳ありません、神崎先生」
「いえいえ!いつも春咲さんには感謝してるんですよ」
(運んでもらってるって、こいつらだったのか……)
謝罪する黒音に、身振り手振りで感情を表現しながら、神崎先生はそう伝える。神崎先生はくるっと旺太郎の方に顔を向け、
「春咲さんに運んできて貰ってんです。それに、冬木さんも手伝ってくれてありがとうございます。ほら、木口くんもありがとうって言わないとダメですよ」
「……ありがとう」
視線をそらしながらではあるが、神崎先生に言われた通り感謝の言葉を口にする旺太郎。紫乃は興味なさそうにスマホをいじっており、一方の黒音は、
「いえ、とんでもありません。あなたのために、わざわざ、私たちが、運んであげましたが、全然気にしないでください」
一句一句区切って、自分が旺太郎の教科書を運んできたという事実を改めて強調する黒音。
「顔が引きつってんぞ」
その言葉の内容とは裏腹に、ぴくぴくと引きつっている笑顔を浮かべている。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだが、黒音の場合はまさにそれが当てはまるだろう。
「仲が良さそうで良かったです」
「うふふ」と笑いながらそんな見当違いな感想を述べる神崎先生に、黒音と旺太郎は仲良くこうハモったのだった。
「「どこがですか!」」
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