第15話 『清楚な彼女は頑固者③』
『―――二年生は今年から先輩に、三年生は最高学年として責任を持った行動をしていきましょう』
始業式の大トリ。壇上で校長が長くありがたい言葉を在校生に授けると、一歩下がって礼をする。そんな中旺太郎は、一切話を聞かず勉強に勤しんでいる。
『それでは、三年生から退場してください―――』
周りの人の流れに合わせて、旺太郎はポケットに単語帳をしまってから歩き出す。流れるままに教室に到着すると、持参したスーツケースを見て「はぁ」とため息。
(流石に面倒だな……)
他の一般生徒は事前に受け取っていたのだが、転入という形で新しくこの学校に来た旺太郎は、今日まとめて全ての教科書を受け取ることになったのだ。その為、旺太郎は今から職員室へ向かい、スーツケースいっぱいの教科書を持って帰らなくてはならないのだ。
そんな中、同じ教室の少し離れた場所で、美栗、紫乃、白奈の三人が集まっている。
「あー、やっと終わった〜。紫乃、白奈、行こ〜」
始業式が終わり、ふたりに帰宅の誘いをかける美栗。だが、黒音が見当たらず、美栗は教室の中をキョロキョロと見渡す。
「ちょっと待って。黒音、先生に呼ばれてたから」
「黒音のこと、待つんです」
「なるほど。いやー、ほんと黒音は偉いよね。いつもお手伝いしてて」
「あんたがそれ言うと嫌味にしか聞こえないわよ、美栗」
紫乃がスマホをいじる手を止め、苦笑しながらそう呟く。
「です。問題児なのに頭がいいなんて、美栗じゃなかったら許せないんです」
「あはは、そんなことないよ。運動なら黒音の足元にも及ばないし」
「黒音の運動神経はバケモノだもん、当たり前よ。てか黒音、遅いわね。始業式終わってすぐ職員室向かったのに」
「学長に呼ばれてるんじゃないですか」
「あー、だったらまだかかりそうだね」
「かもね。ちょっと見てくるから、あんたたちはここで待ってて」
紫乃はそう言うと、スマホを制服のポケットにしまい教室から出て職員室に向かう。
一方、そんな三人の会話を気にも留めていない旺太郎は、勉強に一区切り付けた後、スーツケースを持って教科書を受け取りに職員室へ向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
職員室に到着した紫乃は、コンコン、と軽くノックしてからドアを開ける。
「失礼します」
(確か、神崎先生に呼ばれてたわよね)
軽くそう言って入室すると、黒音と黒音を呼び出していた先生を探して職員室の中を歩き回る。職員室の右手にある休憩スペースで他の教員と喋っている、若い女性教師を見つけ、紫乃は話しかける。
「神崎先生」
「あっ、冬木さん。今年も貴方たちの担任になれて先生嬉しいですっ!今年もよろしくお願いしますね」
神崎先生は紫乃に、嬉しそうな笑顔を向けてそう答える。
「こっちこそ、神崎先生が担任でよかったです」
「どうかしましたか?」
「さっき黒音……春咲のこと呼び出してましたよね。どこにいるか分かります?」
「春咲さんなら、運んできて欲しいものがあったので、社会科準備室に取りに行ってもらってますよ」
(理事長に呼ばれたわけじゃなかったのね)
推測が外れた、と紫乃は心の中で呟く。
「社会科準備室……三階でしたっけ?」
「西階段を上がってすぐ右側にありますよ。一番端にあるのですぐわかると思います」
「ありがとうございます」
職員室のドアまで歩き、振り返って「失礼しました」と軽く挨拶をしてから退出する。
(同じ北棟なんだからそんなに遠くないじゃない。ったく、黒音は何してんのよ。遅すぎるわ)
紫乃や黒音の今年のクラスは二年H組であり、その教室は南棟二階の最も西側に位置する。職員室は北棟にあるが、同じ二階の西側にある。その為、社会科準備室が三階にあるとはいえ、大した距離は無いはずなのだ。
(何かあったのかしら)
若干の心配を抱えながら、紫乃は西階段に到着し、三階に登っていく。階段を上り切り、紫乃が右に曲がろうとしたところ、その角で黒音と遭遇する。
「あ、いた」
「紫乃!あなたも先生に呼ばれたのですか?」
「違うわよ。あんたが遅いから見に来たのよ」
「す、すみません……。少し運ぶものが多くて……」
そう言って黒音は視線を下げ、押している台車に乗った荷物を見る。紫乃も同様に視線を下げると、
「げ。なにこれ、こんなに運ぶわけ?」
台車にいっぱい積んである教科書類を見て絶句。
「彼の教科書だそうです」
「先生はなんであいつに運ばせないのよ」
不機嫌そうに紫乃が言う。
「ま、まぁ彼はまだ学校の地図も把握してませんし……。それより、台車があるから大丈夫って言われてきたのですが……」
「階段があるじゃないのよ」
「そうなんです……。がんばって積んでいたのですが、階段のことを私も忘れていて……」
「はぁ……。ったく、神崎先生はこーゆーとこ抜けてんのよね。いいわ、手伝うからとりあえず教科書だけ下ろしちゃいましょ」
紫乃と黒音は、台車の上の教科書をテキパキと階段の下に運び、最後に台車を下ろし、再び教科書を積む。
「……ま、でも担任があの人で良かったわ」
「ふふっ、そうですね」
「私たちも一緒だったし。はぁ、あいつさえ居なければ完璧だったのに」
「同感です。せめて学校くらいは本当に関わりたくないです」
重い台車を押しながら、二人は職員室へ向かっていった。
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