第14話 『清楚な彼女は頑固者②』


 歯磨きを終えた旺太郎は、部屋に戻り動きやすい服装に着替えると、キッチンへ向かう。


「おはよ、陰キャ君。よく寝れた?」


 その途中、リビングのソファでテレビを見ている美栗に声をかけられる。


「寝れたと思うか?」


「あはは、まぁ慣れるまではしょうがないよ。ところでその格好、ランニングでも行くの?」


「ん?あぁ、ちょっと駅まで走ってこようかと」


「……へー、かっこいいじゃん。いってらっしゃーい」


「おう」


 軽く会話を済ませ、冷蔵庫にあったお茶を一杯飲んでから家の外へ出る。


「あの二人、意外と相性良いのかな」


 ソファで寛ぐ美栗は、玄関のドアがガチャリと閉まる音を聞くと、笑いながらそう呟いた。

 一方、旺太郎は庭で軽く準備運動をしてから門の外へ出る。


「え」


「あ」


 そこには、旺太郎と同じく、ジャージを着て準備運動をしている黒音がいた。


「……」


「……」


(クソ、こいつもランニングか……!)


 気まずい沈黙が流れる。必要以上の関わりを嫌がった黒音と、宣言された旺太郎。どちらも自分から口を開くことができない。沈黙の数秒、時が止まったように感じる。


「お前……」


「あ、あの……」


 意を決して話そうとする二人だが、同時に口を開いてしまい、再び口を閉じる。


「……ランニングですか?」


「あぁ。身体動かさねーと勉強に集中できないからな」


「そ、そうですか」


(なんでこんな居心地が悪いんだ……)


「そうだ!私もこれからランニングなんです。良ければ一緒に走りませんか?」


「え」


(どういう事だ……。一人で走るのが寂しいのか?いや、待てよ。昨日の冬木のように何か企んでるって可能性も……)


 黒音からの突然の提案に唖然とする旺太郎。必要以上に関わるつもりはない、そう宣言したのは一体何だったのか、と旺太郎の頭の中を疑問が渦巻く。


「い、いや、遠慮しとく」


(なんか気まずいしやめておこう)


 結局、旺太郎が選択したのは拒否。先程の居心地の悪さを思い出し、黒音の提案を断った。すると、黒音の顔が徐々に紅潮。恥ずかしさに耐えているのか、若干涙目になりながらぷくっと頬を膨らませて、


「も、もう知りません!勝手にしてください!」


 そう言って走り去っていってしまった。


「なんだったんだ……」


 そんな黒音の反応に、旺太郎は困惑する事しかできない。ただでさえ苦手な人間関係で、さらには言葉と行動が一致していない黒音の気持ちを、旺太郎に読み取れるはずもない。


「今のは陰キャ君が悪いよ〜」


 うーん、と考え込む旺太郎の後ろ、庭の方から声が聞こえ、振り返る。そこにはネグリジェの姿のまま、サンダルを履いて旺太郎の方へと歩いてくる美栗がいた。


「夏野か。何か用か?」


「んーん。ちょっと心配で見にきたら、案の定陰キャ君がやらかしてたからさ」


「やらかしたって……」


 門のところまで来た美栗は、塀に背をつける様にしてしゃがみ込み、話始める。


「黒音はね、真面目だから色々考えちゃうんだよ。私だって時には喧嘩しちゃうこともあるんだよ」


「……にわかには信じられないな。お前は喧嘩とかしないタイプだと思ってた」


「あはは。昔から一緒にいるとさ、だんだんお互いのことも分かってくるけど、全部が全部わかるわけじゃないし、お互いに譲れない時もあるから」


「そういうもんなのか」


「そういうもんなのだよ、陰キャ君。特に黒音は真面目過ぎる、って言うか、不器用なところがあるからさ。素直になれないだけなんだよ」


「……良くわかんねーな」


 美栗が言うことに自分と重なるものを感じ、旺太郎は少し考えてからそう言った。


「んー、じゃあさ、黒音が一度でも陰キャ君のこと嫌いって言った?」


 しゃがんでいる美栗が、笑顔で旺太郎を見上げながらそう質問する。その言葉で旺太郎は記憶を遡り、確認する。


「たしかに言われてはないが……」


「真面目だからさ、なかなか人のこと嫌いになれない子なの。きっと黒音は、キミとも仲良くなりたいんだと思うよ」


 そう言うと美栗はすっと立ち上がり、旺太郎の正面に来ると、目を見ながら、


「黒音が歩み寄ってくれたんだから、キミも頑張らなきゃね」


「……あぁ」


(深く関わる気はないが、このままというのも何かと不便だろうしな)


 明るい笑顔で旺太郎にそう言った。そんな美栗に、旺太郎は思わず視線を逸らしてしまう。


「じゃ、ランニング頑張ってね」


「昨日も、あいつらを悪く思わないでって言ってたろ」


「うん?」


 背を向けて家に戻ろうとする美栗に、旺太郎が突然声をかける。


「優しいんだな」


「……」


 一瞬、美栗の動きが止まる。


「なーに?もしかして私のこと好きになっちゃった?」


 美栗が振り返り、いらずらっぽい笑みを浮かべながら旺太郎を揶揄う。


「ちげーよ」


「はいはい、ほら早く行った行った!」


 笑顔の美栗は旺太郎の背中を押し、旺太郎をランニングへと向かわせた。


「バレてない……よね……?」


 走っていく旺太郎の背中を見つめながら、力が抜けたようにしゃがみ込む美栗。赤くなった顔を隠すように頬に手を当て、そう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る