第13話 『清楚な彼女は頑固者①』

 

 白い白い部屋で、彼は涙を流していた。


「おうちゃんはどんな人と結婚したいの?」


「ママみたいなひと!」


「うー!おうちゃんは本当にいい子だなぁ〜!ママのどんな所が好き?」


「ママはヒーローなんだよ!どんなときも、ママはママなんだよ!」


「我が子ながらよく分かってるね〜!このこの!」


「えへへ」


「やりたいことはやる!やりたくないことはやらない!自分に素直に生きれば、後悔なんてしないから」


「うん!ボク、がんばる!」


「よし!ママも応援するよ!」


「うん!だから……!」


「……おうちゃん、幸せになってね」


 母はもう、そこにはいなかった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


『ジリリリリリリリリリ』


「う……」


 目覚まし時計のけたたましいアラームの音で、旺太郎は意識を覚ます。時刻は朝6時、至って健康的な時間だ。


「はぁ……。嫌な夢だ」


(慣れない場所で寝たからか、寝つきが悪かった気がするな)


 そもそも、旺太郎が今まで暮らしていた木造のボロ家では、ベッドではなく布団で寝ていた。こんなに柔らかい場所で寝るのも、高い位置で寝るのも、旺太郎には初めてのこと。枕が変わると寝付けない人がいると言うが、布団ごと変わっているのだ。当然寝付けないものだろう。


 旺太郎はベッドから立ち上がると、カーテンを開ける。部屋は北側に位置しているため、光はほとんど差し込んで来ない。部屋の換気も兼ねて、旺太郎は窓を半分ほど開けると、ぐっと体を乗り出し、外の風を上半身で浴びる。


「……都会だなぁ」


 そこから見える風景は、どこまでも続く住宅街、遠くに見える高速道路や高層ビル。時々公園らしき場所に緑も見えるが、それも僅かなもの。


 旺太郎の暮らしていた山奥では、窓を開ければ虫や鳥の声が鳴り響き、鬱蒼とした山々の緑が視界を埋め尽くしていた。


 とは言え、そんな旺太郎も都会への憧れがなかったと言えば嘘になる。目の前に広がる都会の光景に酔いしれる旺太郎だが、はっと我に帰り洗面所へと向かう。


(やはり都会は誘惑が多い……。ちゃんと勉強しないと堕落してしまう)


 そんな事を考えながらトイレで用を出し、そのまま洗面所へ向かう。洗面台は三つあり、同時に三人まで使用できるが、旺太郎がそこへ向かうと既に先客が顔を洗っていた。


「早いですね」


 春咲黒音。和菓子を取り合った黒髪の彼女だ。


「あぁ、朝の勉強は気持ちが良いからな」


 そう言うと黒音は歯磨きを開始する。旺太郎も顔を洗ってから、歯を磨く。


(そう言えばこいつも冬木と同じくらい怒ってたよな……)


 気まずい雰囲気が流れる中、昨日の事を思い出す旺太郎。紫乃と黒音は即座に部屋に戻ってしまい、まともな会話ができなかった。夕食の後、紫乃と会話が出来たため、現時点で最も関わりが薄いのが黒音と言うことになる。


(気まずい……。早く行ってくれ……)


 歯を磨き終わった黒音は口を濯ぎ、旺太郎の後ろを通って階段の方へ向かう。と、すれ違いざま、黒音が旺太郎に言い放つ。


「あなたとは必要以上に関わるつもりはありません。挨拶程度はしますが、それ以上はそちらも関わらないでください」


「……」


 歯磨きの途中で喋ることができない旺太郎の返事も待たず、黒音はそのまま階段を降りていった。

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