第12話 『毒舌な彼女はお料理上手②』
「まさか本当にないとは……」
居た堪れない気持ちになった旺太郎は、即座にリビングから部屋に戻り、勉強を再開する。
(相当怒ってたってことか、まずいな……)
だがこんな状況で勉強に集中出来るはずもなく。さらに空腹がそれに追い討ちをかけ、勉強が中々捗らない。
そんな効率の悪い勉強をすること小一時間ほど。ついに空腹の限界を迎えた旺太郎は、先程買ってきた梅干しを食べようとキッチンへ向かう。
「げ」
「……洗い物か」
「ちょっと、近づかないで、気持ち悪い」
そこには、四人分の食器を洗っている紫乃の姿があった。旺太郎はそんな紫乃に近づくと、無言で残りの洗い物を手伝い始める。
「な、なによ。そんなことしたって何も……」
「さっきは悪かった」
「!!」
「知らなかったとは言え、女性の家に無断で立ち入るなんて、どうかしてた」
「……その通りよ。心の底から気持ち悪かったわよ」
再びはっきりと気持ち悪いと断言され、旺太郎の洗い物をする手が一瞬止まる。
「……。ま、まぁ、言いたかったのはそれだけだ」
「あっそ」
会話が途切れ、無言の時間が流れる。食器どうしが当たる金属音と、流れる水の音が広いリビングに響く。洗い物をしながら、ふと紫乃が口を開く。
「わ、私も、す、少しは悪かったって思ってるわ。ごめん」
少ししおらしい表情で、紫乃が謝罪の言葉を口にする。紫乃のことを、謝罪など死んでもしないタイプだと思っていた旺太郎は、その突然の謝罪に驚く。
「!!……いや、謝ることはない。俺が撒いた種なんだ、悪かったのは俺だ」
「……」
旺太郎がフォローすると、紫乃はふと黙り込み、何やら考えだす。その思考に結論が出たのか、再び紫乃が口を開く。
「そうよ、確かに話を聞かなかった私も悪かったけど、元はと言えば全部あんたのせいよ。だから私は悪くないわ」
「思ってた反応と違う」
少なくとも、まさか堂々と自分は悪くないと宣言するとは思っていなかった旺太郎は、その紫乃の態度に釈然としない。
「お前は他の三人を守ろうとして、あんな態度になったんだ」
「!!」
「お前たちの関係はよく知らないが、恐らく親友みたいな感じだろ。……いいんじゃねーか、友達を守るために無我夢中になれるのも」
自分の友達と暮らす場所に、見知らぬ男が突然やってきた。そんな状況で恐怖に飲まれることなく、友達を守るために行動できる。そういう人間は少なく、旺太郎から見てもとてもかっこよく見える。
「……う、うるさい。全然違うわ、意味わかんない。……本当ムカツク」
そんな話をしていると、旺太郎と紫乃は最後の皿を洗い終える。
「……幼馴染だもん。大切に決まってるじゃん」
「そうか」
「あんたがストーカーじゃない事は分かったけど、だからって一緒に暮らすのはお断りよ」
水に濡れた手を拭きながら、紫乃が旺太郎に宣言する。
「うぐ……っ」
「それに、嫌いな事に変わりはないわ」
「そ、そうかよ……」
(少し仲良くなれたと思ったんだけどな。やっぱ人間関係は分かんねえ)
紫乃からの嫌いという明確な意思表示を受け、旺太郎は自分の思い違いを恥じる。旺太郎にはまだ、人間関係というものは難しいようだ。
すると、紫乃が突然冷蔵庫を開き、旺太郎に問いかける。
「あんた、嫌いなものとかアレルギーとかある?」
「ん?いや、ないな。好き嫌いするなってばあちゃんに言いつけられてたからな」
「アレルギーもないわね?」
「無いけど……」
「あっそ。テキトーに何かつくるからそこで待ってなさい」
「え?」
「……何よ、いらないの?」
「い、いや、ありがとう」
「今日の当番は私だから。任された事はちゃんとやるわよ」
(俺の分を作ってくれるのか?どういうことだ?他の三人と同じタイミングで食べさせたくなかった……とか?)
突然、旺太郎にご飯を作ってくれると言い出す紫乃に、旺太郎は困惑するしかない。
旺太郎は仲良くなれたと思ったが、紫乃からは嫌いと言われた。そもそも、当番だから、と言うのであれば、何故さっきまとめて作らずに今別で作るのか。そんな疑問を解消しようと、旺太郎の頭は急速に回転、今までの会話の中から一つの結論を導き出す。
(あぁ、そういうことか)
旺太郎は思い出した。白奈が言っていた言葉を。
『紫乃はとっても優しいんです』
「……その通りかもな」
旺太郎は、キッチンで料理をする紫乃を見ながら、ポツリと呟いた。
「?なんか言った?てか、気持ち悪いからこっち見ないで」
「なんも言ってねーよ」
「あっそ。もう出来るわ」
そう言うと紫乃は皿に食事を盛り付け、旺太郎の座る席まで運んでくる。
「桜海老と春キャベツのペペロンチーノよ」
「へぇ、よくこんな短時間で」
「残したら許さないから。後で洗うから、食べ終わったらキッチンに置いときなさい」
「残さねーよ」
「部屋、戻るわ」
そう言ってスタスタと階段の方へ歩いていく紫乃に、旺太郎は後ろから声をかける。
「冬木、ありがとう」
「……」
その声が届いたのか届かなかったのかは分からない。相当嫌われているのか、または逆に、気持ち悪いと言われなかっただけ進歩だったのかもしれない。
「いただきます」
お洒落なレストランで出てきそうなほどしっかりしたパスタ。紫乃が料理が上手であるということは、旺太郎から見ても、見た目で明らかである。旺太郎はぎこちない手つきでパスタをフォークに巻き付け、一口。
「―――っ!!!」
紫乃特性激辛ペペロンチーノを食べ切るまで、小一時間かかったのだった。
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