第6話 『彼女たちは同居人⑥』

 

「結構デカい駅なんだな」


 目的地に到着した旺太郎は、無事に電車を降り駅から出ると、外から見た駅ビルの大きさに圧巻される。


(スーパーも雑貨屋もレストランも何でもあるじゃねえか……。さすが都会だ)


 そんなことを考えながら地図を開き、彼は今日から暮らす家へと向かう。予定の時刻はとうに過ぎており、太陽ももう2時間程で沈んでしまいそうだ。


「急ぐか」


 旺太郎は紙の地図を見ながら、見知らぬ地にも関わらず迷うことなく、右へ左へと目的地に急行する。


(なんかデカい家ばっかだな)


 商店街を抜け、一軒家やマンションなどの民家が多い住宅地に突入する。


(ここを右……)


 漸く最後の角。駅から徒歩5分とは言うが、最短ルートだと無駄な曲がり道が多いようで、旺太郎も若干の疲労を感じる。


(この道の左手の角にあるはず)


 地図を見て目的地を最終確認。場所が間違っていないことを確認した彼は、顔を上げその場所にそびえる建築物に視線を移す。


「……」


 足を止めてその建築物を凝視するが、旺太郎はその建築物の異様さに困惑。


 そこに建っていたのは、高い塀に囲まれ、大きな門の付いた、家と言うよりもはや屋敷と言うべき建築物。所謂高級住宅街にあってなお圧倒的な存在感を放つ邸宅がそこにはあった。


 そして、門の前にはスーツ姿の女性が一人立っている。


(こんな豪邸なんて聞いてねえぞ)


 その建物に圧巻される旺太郎に気づいたその女性が、足早に向かってくるのに気づき、旺太郎は踵を返し歩き出す。


(こんな家で暮らしていたら絶対堕落するじゃねーか!)


「み、道を間違えたようだな。よし、駅からもう一回歩いて―――」


「木口様、お待ちしておりました。後藤と申します」


「……」


 旺太郎の行動は意味をなさず、呆気なく女性に追い付かれてしまう。


「えーっと、後藤さん。なぜ俺の名前を……」


 もはやどう考えても結論は一つ。旺太郎も理解しているにも関わらず、違う家であって欲しいという微かな希望に縋り付く。


「本日よりこちらに住まわれると伺っております。どうぞこちらへ」


 そう言って先程の豪邸の方に歩いて行く女性に、旺太郎もついて行く他ない。慣れない高級住宅街に居心地の悪さを感じながら、旺太郎はその豪邸の門をくぐった。


(噴水にプールって……。どうなってんだこの家は。リゾートかここは……)


 門をくぐると、高い塀に囲まれて見えなかった内部の様子が旺太郎の目に入る。長いアプローチの先に豪邸があり塀に囲まれた庭には、花々や木々に噴水、そしてプールまで付いている。


 そんな現実離れした光景に、思わず足を止めて見入ってしまう旺太郎。この豪邸から一度は逃げるそぶりを見せた彼だが、この家に暮らしてみたいと思うほどの美しさがその庭にはあった。


「木口様、どうかなさいましたか?」


「……いや、なんでもないです」


 この光景を見て冷静でいられるその女性を見て、旺太郎も我に帰り、再び歩き始める。


「こちらになります」


 建築物の入り口に到着し、女性が旺太郎の方を振り向くと、ぺこりと彼に向かって頭を下げる。


「私の案内はここまでになります。それでは、良い共同生活を」


「え、あ、あの」


「私の案内はここまでになります。それでは、良い共同生活を」


「……」


 取りつく島もなく女性に突き離されてしまった彼は、この状況に困惑しながらも頭を回転させる。


「勝手に入っていい……のか?」


 インターホンは門の前に着いていたため、家のドアの側には住人を呼び出すものがない。かと言ってまだ彼にとっては知らない家であり、勝手に入るのは少し躊躇われる。


(ノックしてみるか)


 コンコン、とドアを拳で軽く叩き中の住人にアピールするが、誰かが出てくる気配もない。旺太郎は人が出てくることを期待して少し待機してみるが、やはり誰も出てこない。


「誰も出てこないんじゃ仕方ないよな」


 旺太郎は意を決してドアノブに手をかけ、がちゃりと重たいドアを開く。


「お、お邪魔しまーす……」


 緊張からなのか、勝手に入った後ろめたさからなのか、小声で挨拶をする旺太郎。


(玄関でこの広さって……。一部屋分くらいあんじゃねーか)


 靴を脱ぎながら玄関を見渡し、その広さに唖然とする。二階まで吹き抜けになっているため天井が高く、より広く感じさせる構造だ。

 靴を脱ぎ段差を上がり、正面方向へと廊下を歩く。廊下とその先の部屋はドアがなくつながっている。


 決して長い廊下ではないが、旺太郎には理解しかねるような絵画などがいくつか飾られている。


「ふむふむ……この画家は……なるほど」


 その絵の前で立ち止まり、顎に手を添えてドヤ顔で考えるポーズを取る。彼が芸術の分かる金持ちの気分を味わっていると、突然廊下の先から声が聞こえ―――


黒音くおん〜?帰るまえに連絡してって言っ―――」


 バスタオルに身体を包み、ワインレッドの髪を拭きながら、彼女が旺太郎の目の前に現れた。先程切符を購入する際、旺太郎に中指を立てた赤髪の彼女だ。


「!!」


「えっ」


 絵画を見て自分の世界に入り込んでいた旺太郎はその気配に気付けず、突然人が現れたように感じ驚きの声を漏らす。すると、その聞き慣れない声に反応し、彼女が旺太郎と目線を合わせる。


「……」


 彼女の目に若干涙が溜まる。それを見た旺太郎の顔が、見る見るうちに真っ青に染まっていく。


 当然、勝手に知らない家に入り、更には住人のほぼ裸同然の格好を見てしまったのだから、通報されてもおかしくない状況である。


「いやあああああああ!変態!ストーカー!粗大ゴミ!」


 彼女の大きな大きな悲鳴が、住宅街に響き渡った。

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