第7話 『彼女たちは同居人⑦』

 

「どうしたの紫乃?」


 悲鳴を聞きつけたのか、恐らく他の住人であろう女の声が、部屋の方から聞こえる。


「すっ、ストーカーよ!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺は―――」


「黙れよ変態。気持ち悪いからウチの中で呼吸すんな、ウジ虫野郎が」


「い、言い過ぎだろ」


 誤解を解こうと必死に説明しようとする旺太郎だが、裸に近い姿を見られ、怒りを露わにする彼女は聞く耳を持たない。それどころか、ゴミを見るような目と共にありったけの罵詈雑言を浴びせ、旺太郎の心を抉ってくる始末。


「あれ、陰キャ君じゃん。キミ、ストーカーだったの?」


「え、お前なんで……」


 と、罵詈雑言を浴びせる赤髪の彼女の後ろから出てきたのは、栗色の髪をした彼女。彼女は悪戯っぽく旺太郎に笑いかける。


「ちょ、美栗聞いて!こいつデパートからつけてきたのよ!」


「えー!私、ストーカーは好きじゃないなー」


「だ、だからちげーって」


(好き放題言いやがって……)


 ストーカー疑惑を晴らしたい旺太郎だが、この状況とその後ろめたさから、強く言うこともできない。


「紫乃、美栗、騒がしいんです。どうしたんですか?」


「!?」


 突如、旺太郎の頭上から声が降ってくる。顔を上に向け、その声の主の方に視線を向けると、そこにはデパートのベンチで声をかけてきた、白い髪の毛の彼女が居た。


「お、お前まで……」


「ストーカーが不法侵入してきたのよ!」


「あ、さっきの変態さんじゃないですか。やっぱり犯罪者だったんですね」


「白奈、あんたもこいつにつけられてたの?ほんとサイテー。信じらんない、あんた社会のゴミクズだわ」


「ちょ、紫乃言い過ぎ。陰キャ君泣いちゃうよ」


 栗色の髪の彼女が、可笑しそうに笑いながらそう言う。


「こんな顔面フンコロガシに遣う気なんてないわよ」


「く……っ」


(まずいまずいまずい……!どんどん状況が悪くなってる!)


 旺太郎は何とかこの状況を打開しようと頭をフル回転。もう二度と会うこともないだろうと思っていた彼女たちが、何の因果か再び目の前にいる。それも恐らく同居人として。


(……待てよ、同居人は四人のはず。それにさっきこの女が言ってた『くおん』って名前、どっかで聞いたような……)


 一瞬の間に記憶を遡り、旺太郎は思い出す。


『黒音〜!何してるの〜?もう行くわよ〜!』


『今行きます〜!』


『友達に呼ばれたので失礼しますね』


 それはデパートでの出来事のこと。手土産を買おうとした旺太郎の邪魔をした黒髪の彼女は、たしかに黒音と呼ばれていた。そのことを思い出し、思わず戦慄する。


(ま、まさかな……。そんなわけ……)


「ただいま帰りました。あっ、紫乃、電話したのになん……で……」


「よ、よぉ」


 旺太郎の悪い予感は見事的中。玄関のドアが開き、家の外から帰って来たのは、紛れもなくデパートで出会った、黒髪の彼女だった。


「な、なんであなたが……。というより、一体どういう状況ですか」


「黒音、気をつけて。ストーカーよ」


「え!?」


「い、いや俺は今日から―――」


「まぁまぁ、みんな落ち着こ?陰キャ君も言いたいことあるみたいだし、紫乃も少しは話聞いてあげようよ」


「……ふん」


(今言おうとしたのに……)


 旺太郎の言葉を遮り、茶髪の彼女が場をまとめる。赤髪の彼女は、渋々と言った感じで了承したようだ。


「美栗、変態さんは危険なんです。耳を貸さないほうが良いんです」


 が、上から見下ろしている白い髪の彼女はそれに反対する。警戒心が強いようだ。


「もー、みんな早とちりしすぎだよ」


「ま、待ってください。あなた、もしかして木口さんですか?」


 何やら考え込んでいた黒髪の彼女が、なにかに気付いたように反応し、旺太郎に問いかける。


「あ、あぁ。俺は木口旺太郎、きょうからお前らの同居人になる男だ」


「う、嘘よ!男なんてイヤ!」


「あはは、やっぱりね」


「変態さんは嫌、なんです」


「最悪です……。ま、まさかこの人だったなんて……」


 木口旺太郎、16歳の春。前途多難なスタートを切って、新生活が始まった。

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