第5話 『彼女たちは同居人⑤』

 

「はぁ」


(クソ、ついてないな。何で今日はこんなに嫌な目に遭うんだ)


 改札を抜け、電車に駆け込んだ旺太郎。平日かつ時間帯のせいなのか、ほとんど乗客はいないため、席に座って考える。


(手土産は買えた。それにあいつらとももう会うことは無いだろう)


 先程から続く嫌な出来事を頭から消し去り、気持ちを切り替える。考えるべきは明日からの学校の事であり、勉強のことなのだ。


 旺太郎はポケットから手作りの単語帳を取り出し、勉強を開始する。静かな車両の中で、小刻みな揺れとリズムが勉強の集中力を底上げする。


「ねぇキミ」


(verifyは……『を証明する』)


「おーい、聞こえてるー?キミのことだよー?」


(censorshipは『検閲』)


「お勉強楽しい?」


「うわっ!」


 単語帳をじーっと見つめて勉強している旺太郎だったが、自分の目の前に突然女の子が現れて驚きを露わにする。思わずのけぞり、電車の壁に頭をぶつけそうになる。


「ん?」


 旺太郎が視線を合わせると、腰を曲げ顔を近づけている彼女が、右手で髪をかきあげながら見つめ返してくる。栗色の短めな髪だが、前髪が左右非対称になっている、所謂アシンメトリー。そして髪にはアサガオの髪飾りがついている。


「ま、まぁ、楽しい、かな」


「そっか。……ねぇねぇ、おねーさんがもっと楽しいこと教えてあげるって言ったら、どうする?」


(急になんなんだ……)


 真顔でそんな事を言う彼女の意図が掴めず、旺太郎は困惑する。


「そんな嫌そうな顔しないでよー」


「一瞬の感情に任せて行動する奴は必ず後悔するぞ。俺は将来の為に勉強してるんだ、邪魔するなら帰ってくれ」


「あはは、キミ、堅いんだね。そんなんじゃモテないぞー?」


「モテない方が都合がいいからな」


「ふーん……」


 ニヤニヤしながら見つめてくる彼女に、何か既視感を覚える旺太郎。彼女はそんな旺太郎にぐっと顔を寄せ、


「おねーさんはキミみたいな人、好きだよ?」


「……っ」


「……どうしたの?顔、真っ赤だよ」


 好き、その直接的な言葉に思わず頬を赤らめる旺太郎。何しろ家族以外にそんな事を言われたのは初めてである。


「あはは、陰キャの子っていじりがいがあって楽しいんだ」


「すごいひどい事言ったな今」


 だがそんな喜びも束の間、彼女に陰キャと言われ蔑まれる旺太郎。たしかに旺太郎には友達と呼べる人物もいなければ、勉強ばかりやっている。彼女の評価はあながち間違いでは無い。


「俺はあんたみたいな軽い女は嫌いだけどな」


「あー、キミがモテないのはそう言うところだよ。もー」


「うるせぇ」


 彼らがそんな会話をしていると、電車の中にアナウンスが鳴り響く。


『次は永福町です。出口は左側です。永福町の次は―――』


「あ、そろそろ乗り換えだ。私戻るね!ばいばいっ」


 そのアナウンスを聞いた彼女は、笑顔で小さく手を振りながら旺太郎に別れを告げ、隣の車両へと移っていった。


「はぁ……」


(何だったんだあいつは……)


 突然現れ、意味のわからない事をしてきた彼女に呆気に取られたままの旺太郎。今日は訳の分からない奴らによく絡まれ、旺太郎も気が滅入ってしまう。だがそんな事も言ってられない。


(まぁいい。そろそろ準備するか)


 単語帳をポケットにしまうと席から立ち上がり、目的地を乗り過ごさないように、旺太郎はドアの側で待機を始めた。

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