第87話 成長は感じられるか
器用だ。
実に器用である。
<ミツマタオロチ>の3つある首はそれぞれ、まったく違う動きであたし達に襲いかかってきていた。
あたしなんて右手と左手が一緒に動いてしまう。
師匠には「両手持ち武器以外は無理だな」とまで言われたし。
「くっ。ヴォルケード・ファイアー!」
「ギャウ!」
走りながら後ろでにヴォルケードに火球を飛ばしてもらう。
あの巨体だ、見なくたってどこかには当たる。
「ルッル殿、効いておらん!」
「分かってるし! でも何かしないと逃げられないんだし!」
サスケとヴィヴィは離れた位置でバラバラに走り回っている。
最初の攻撃がまずかった。
階段の前で陣取っていたあたし達めがけて振り下ろされた<ミツマタオロチ>の首を横っ飛びで回避した。
そこまでは良かったが、その攻撃であたし達が昇ってきた階段が崩れてしまったのだ。
ダンジョンの壁は崩れない。
これは冒険者の常識であるが、例外はある。
ひとつ、常識では考えられない威力で壁を破壊した場合。
これをやったとされるのは前の守護者である英雄ジュリアンヌである。
彼女はダンジョンの罠部屋で絶体絶命のピンチに陥った時、仲間を助けるために迫りくる吊り天井を粉々に粉砕したのだとされる。
ムーシに聞けば本当かどうか分かりそうだが、たぶん本当だし。
もうひとつは、そもそもダンジョンの仕掛けとして崩壊するとき。
落とし穴の罠なんかがこれにあたる。
今回のケースはおそらく後者。
フロアボスから逃げられないような仕掛けだったんだし。
「あと二つの下り階段、そのどちらかから退却するし!」
「ルッルちゃん大丈夫! お侍さんが解決してくれます!」
「無茶言うなであるッ!!」
相変わらずヴィヴィの侍への信頼度が凄まじい。
いくらなんでもA級魔物の単独討伐はできないだろう。
できるとしたらそれこそ<英雄皇子>や<武帝>レベルの超人たちだけだ。
こうして逃げ回っていられるのもあとどれくらいか。
三人が別々の方向に逃げているため、<ミツマタオロチ>も多少動きが制限されている。
だがもし誰かが先に階段を降りてしまったら、首がひとつ余る。
そうなれば2つの首に狙わられた一人が確実に殺され、残る一人も同じ結末を辿るだろう。
降りるのであれば同時でなければいけない。
しかし同時に降りるためには一箇所に集まる必要がある。
注意を拡散させてなんとか凌いでいる現状で、それはそれで致命的だった。
つまり状況はもう詰んでいるのだ。
「<
ヴィヴィが放った砂の刃が<ミツマタオロチ>の首元に食い込む。
先ほど石像を真っ二つにしたはずのそれはしかし、首の中程で止まり切断には至らなかった。
砂はその場に拡散し、再使用もできなくなってしまう。
「砂の量が足りないです!」
「つけた傷もみるみる元通りだし……!」
これこそが<ミツマタオロチ>がA級魔物に区分される理由。
どれだけ細かな傷をつけても、瞬時にそれを再生してしまうのだ。
この魔物を倒すには一撃で致死たらしめるか、もしくは再生する間もないほどの連続攻撃が必要だ。
軍隊レベルでの討伐が必要な魔物。
それがA級の魔物である。
「ルッル殿! <守護者>の力は使えんのか!」
「どうなんだし、ムーシ!」
<守護者>の力であれば、倒せなくとも逃げる隙ぐらいは稼げるかもしれない。
「何度も言っておるが、<守護者>の力の根源は守りたいと想う気持ち。<守護者>よ、今なにを想う?」
「助けてほしいしっ!」
「逆じゃろうがッ!」
そんな事いっても自分の気持ちのコントロールなんて出来ないし!
守る~、守る~!
何を? 命だし命!
あああ……、全然ダメなのが自分でもわかる。
「致し方なし! このままでは埒が明かぬ。一斉に飛び込むぞ!」
「どっちにするし!?」
「真ん中でよかろう! タイミングを合わせるのである!」
「じゃあ、あたくしカウントしますね! ひゃーく!」
「長過ぎるであろうッ!!」
100秒も待っていたら潰されてしまいそうだ。
とはいえ逃げ回るだけで精一杯の現状、タイミングを合わせて階段に飛び込むのも至難の業だ。
「どうにかして動きを止めないと――――あっ、そうだし!」
「手立てがあるのかッ!?」
「効くかどうかはわからないけど……サスケ、パスだしっ!」
「ギャウーーー!」
ヴォルケードは抗議の声をあげながら飛ばされていく。
サスケは上手いことそれをキャッチした。
「ヴィヴィ、砂袋はまだあるし!?」
「あと二つです!」
よし。
一か八かのチャンスはあるし。
「サスケはヴォルケード・ファイアーをとにかく撃ちまくるし! ヴィヴィは残りの砂で<砂嵐>! あたしが合図をしたら真ん中の階段に駆け込むし!」
「承知! ゆけヴォルケード殿!」
「ギャギャギャギャギャギャギャギャ――――!」
もの凄い速度で腹を押されて、火球を吐き出しまくるヴォルケード。
いつぞやのガーネット・フロッグの攻撃のようだ。
僅かに怯んだ<ミツマタオロチ>の隙をついて、ヴィヴィが砂袋を取り出す。
「<
3つの首の顔付近で集中的に吹き荒れる砂嵐。
<ミツマタオロチ>は砂が目に入るのを嫌い、首を振った。
ここまでは狙い通り――――!
「今だしッ! 階段に駆け込むしッ!」
合図を出すのと同時に、あたしは道具袋から取り出したそれを<ミツマタオロチ>目掛けて思い切り投げつけた。
「ルッル殿――――!」
「ふっふっふっ! これは秘密兵器だしッ! イシスの露天商から買った魔法玉! ぶつけて割れれば光が弾けて目くらましになるしッ!」
物の試しにと買ってみた魔法玉。
<光よ>が込められたそれは、光石代わりのガラス玉だ。
だが光石と違うところは、割れると元のスキルである<光よ>が発動するところ。
激しく輝くだけのスキルだが、逆にこれなら割れても危険がないからと持ち歩いていたのだ。
<ミツマタオロチ>は目であたし達を追っていた。
なら目潰しは有効な手段のはず。
あたしも冒険者として成長しているんだし!
知的な作戦で危機脱出だし!
「いや、それはいいのであるが飛んだ先が――」
「いいから早く走るし! 目をくらませた隙に――――あいたっ!」
頭に固いものがぶつかった。
カツン、と音をたてて地面に落ちたのは、先ほど<ミツマタオロチ>に投げつけたはずの魔法玉だった。
ころころ転がっていくそれは、明るく光り輝いてはいるものの、目を眩ませる程ではない。
あれ、意外と割れないんだし?
「どうやったら真上に投げられるのだッ!」
「思ってたのと違ったし」
「こっちのセリフであるッ!!」
ちょっと作戦と違ったが、とにかく今のうちに階段に逃げ込まないといけない。
最も近い位置にいたあたしと、サスケはほぼ同じタイミングで階段につきそうだ。
一番遠いヴィヴィが急いでこちらに向かってくるが――。
「あっ――――!」
足をもつれさせて勢いよく倒れ込むヴィヴィ。
このタイミングでまさかの転倒。
うそだし、そういうのはあたしの役目のはずだしッ!
慌てて起き上がろうとするも、<砂嵐>の効果がきれて視界が晴れた<ミツマタオロチ>がヴィヴィに狙いを定めた。
「マズイのであるッ!」
サスケがヴォルケード・ファイアーで目眩ましを試みるが、首の一つが盾になる形で防がれる。
<ミツマタオロチ>が大きくその首を振りかぶり、そして――――。
「ヴィヴィ殿ーーーー!!」
「――――レッション>」
轟音と共に振り下ろされる首。
地面が揺れ、たたらを踏んで踏みとどまる。
舞い上がる埃。
しかしそれは不自然に巻き取られていく。
そして視界が晴れた時、<ミツマタオロチ>の首はヴィヴィのギリギリ脇に振り下ろされていた。
ヴィヴィはすぐに立ち上がり、<ミツマタオロチ>から距離を取った。
その無事な姿に胸を撫で下ろすあたし。
だがそんなあたし達の間に経っている人物がいた。
その人物は、掲げた手のひらの上に、埃と一緒に巻き取った風の玉を浮かばせていた。
そしてゴミでも捨てるかのようにそれを<ミツマタオロチ>に投げつける。
大した威力はないようだが、<ミツマタオロチ>は埃が目に入って嫌そうにしていた。
先程まで空にかかっていた夕陽の色は闇に溶けた。
だけど、夕焼けよりも鮮やかな茜色の瞳が、あたしを捉えていた。
「お久しぶりですね、ルッルさん」
ほんの僅か、瞳と声に喜色を乗せて紡がれた言葉。
そこには2ヶ月前と変わらない姿をした、キルトさんが立っていた。
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「ハァ……! ハァ……!」
大きく肩で息をして、近づいてくる相手をにらみつける。
ラスティリザードの薄い錆鉄の鱗はなんとかダメージを通せるようになり、僕は次の4階層に向かった。
4階層にいたリザードマンはちょうどいい練習相手だった。
人型であるから急所が狙いやすいし、武技の腕もそこそこ立つから力を読む練習にも持ってこいだ。
ただ複数で襲いかかって来られた時は、難易度が急にあがった。
じっと相手を見るのではなく、見ないように見る。
実際は一瞬で相手の動きを予測して、その後は視線を外すという事の繰り返しだ。
もし読みが間違えていれば窮地に陥る。
その判断を一瞬でしなくてはいけない。
僕は何度も危うい一撃を貰い、その度にポーションで回復してきた。
ポーションでも回復できない致命傷を貰えば、そこまでだ。
ヴィオラは僕が完全に習得するまで待っているわけじゃない。
ただ、この先の鍛錬を一人で行えるように、その入口のきっかけが掴めるまでを待っているのだ。
相手の動きを見る、という事について僕はおおよその感覚を掴んでいた。
だが、自分の力の流れを完全に制御する。
これについては0か1しかない。
きっかけも何も、出来るか出来ないかしかないのだ。
そして僕は未だに完全な力の制御に成功をしていなかった。
目の前にいるリビングアーマー。
暑い鉄の鎧で覆われたこいつを木刀で倒すには、完成された一撃が不可欠だった。
「う――らぁ!」
振り下ろされたリビングアーマーの騎士剣を回転しながらいなし、その勢いのすべてを乗せて横薙ぎに兜を叩いた。
木刀から返ってくる手応えはかなりのものだ。
明らかにここに来る前よりも威力を乗せられているが、ほんの僅か、力の流れが乱れているのだとヴィオラは言う。
自分では感覚が分からない。
目指す先が分からないため、どこが間違えているのか、どこを直せばいいのかも分からない。
ただひたすらに力の流れを意識し続け、鉄の鎧に攻撃をし続ける。
これは訓練だが、訓練ではない。
相手は本気で僕を殺しにきている魔物だ。
一歩間違えば死ぬ。
そんな緊張感の中、ゴールも見えずに鉄を叩き続ける。
力の流れが全く見えない動く鎧を相手に、一瞬の見極めで攻撃を回避する。
息はきれ、手は痺れ、体力はもう限界だ。
だからだろう。
「あれ――――?」
僕の意思と関係なく、膝が折れたのは。
そしてそんな隙を見逃す程、相手が甘いはずもなく――――。
「が――あぁぁぁッ!!」
リビングアーマーの騎士剣が、僕の左肩を貫いた。
左手に持っていた世界樹の木刀が音をたてて転がる。
引き抜かれた騎士剣にはべっとりと赤い血がついていた。
肩からも大量の血が流れ出す。
だがそれに気を取られている暇はない。
リビングアーマーはとどめとばかりに剣を振り上げた。
隙だらけの動きだ。
だが威力を最大に乗せることができる動きだ。
僕は残ったもう片方の木刀を掲げて防御態勢をとる。
分かっている。
これでは防げない。
だがこの距離で回避しても、袈裟懸けに斬り捨てられるだけだ。
振り下ろされる騎士剣。
それが木刀に振れ、やはり片手では支えきれず押し込まれ、そして――――。
――――仕方ないよな? いざという時だよな?
僕は闇の力を解放した。
「<
後ろでヴィオラがやれやれと首を振っているのが分かった。
安心してほしい、僕は闇の力に呑まれたりなどしない。
くくく――――。
くははは――――。
力が、溢れてくる――――――――!!
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