第88話 あれは誰だ
<蜃気楼の塔>の最上階は、乱戦の様相を呈していた。
まず暴れているのは石の鱗と3つの首、そして強力な再生能力をもつA級魔物の<ミツマタオロチ>。
魔物らしくところ構わず暴れまくっている。
攻撃が掠りでもすれば死んでしまうので、できるだけこちらには気を向けないでほしい。
次にサスケを、というかサスケが持っているヴォルケードを追い回しているのが、キルトさんと同じ階段から上がってきたトカゲ族。
顔に大きなヤケド跡がある。
サスケはヴォルケード・ファイアーで牽制しているが、同じような火球をぶつけられて相殺されている。
時々<ミツマタオロチ>の横やりが入るために、互いに走り回りながらの撃ち合いだ。
そして最後、あたしの目の前で戦っているのが――――。
「どきなジュリア! そこのチビはアタシが
「それが皇族に仕える者の言葉ですか? そんな事はさせません!」
「キルトさん……!」
襲いかかる光の矢を、風の盾で逸らしているキルトさんと、冒険都市で返り討ちにしたエルフの弓士だ。
あの時よりもキルトさんの能力があがったのか、光の矢は全て完璧に塞がれていた。
エルフの女は苦々しく舌打ちをする。
「<器>ごときがアタシらと同等のつもりかよ。アタシはお前なんか認めちゃいねぇ!」
「<器>だなんだと、何も教えて頂けないなら私は自分の正義に従います」
「はっ! 記憶もねぇくせに正義を語れるのかよ!」
キルトさんが片手をエルフ女に向けた。
「ええ――――心が教えてくれますから。<ウィンド・リッパー>!」
キルトさんの手のひらから放たれた風の玉が、瞬きの一瞬でエルフ女に迫る。
両手で包める程だった大きさの風の玉は、弦のない弓で受けられたと同時、大の大人が抱え込む程の大きさに膨れ上がった。
「ぐっ――くそがッ!」
風の玉の範囲内にいたエルフ女は、後ろに飛び退いてそれから逃れる。
だがその一瞬だけで、弓を持っていた片手に幾筋もの切り傷がついていた。
どうやらあの風の玉の中は、風の斬撃が吹き荒れているようだ。
「キルトさん、仲間を裏切っても大丈夫なんだし?」
「命を拾われた恩はありますが、だからといって何もかも言う通りにする必要はありません。エルフィナのは完全に逆恨みですし、見過ごせませんね」
「うう……、いい人なんだし……!」
再びこちらに向かって弓を構えるエルフ女。
キルトさんはあたしを守るかのように立ちはだかった。
「ちょうどいいじゃねえか。裏切り者の<器>なんか、ここでいなくなればいい。そうすれば――――」
白い鱗が顔の表面を覆い始める。
それが目に到達した時、エルフ女の瞳が銀色に変わった。
いつかみた、爬虫類のような瞳孔。
エルフ女から発せられる威圧感に、空気がギシリと軋みをあげた。
そして番えている光の矢が輝きを増し、ふたまわりも太くなる。
あれじゃまるで
さすがに風の盾だけでは――――。
「ずっと一緒にイられるんダ――――!」
巨大な光の矢があたし達に向かって放たれた。
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「ヴォルケード殿! 息継ぎであるか!? 息継ぎが必要であるか!?」
「ギャギャギャギャ――――!」
走りながら炎の撃ち合いをしている相手である火傷痕のトカゲ族は、下層から上がってくるや否や、拙者が持つヴォルケード殿に襲いかかってきた。
果たしてどのような狙いであるかは分からぬが、トカゲとはいえここまで手助けしてくれた恩人。見捨てて逃げるわけにもいくまい。
「ぬおぉぉぉ! 魔物の攻撃だけでも脅威であるというのに!」
<ミツマタオロチ>は走り回る拙者たちを獲物とみなしている模様。
ルッル殿とキルト殿も何やら戦闘中であるようだし、そちらに攻撃がいかないのは僥倖ではある。
だがA級魔物は格上も格上。
首のふたつがヴィヴィと敵のトカゲ族に向いていなければとっくに死んでいる。
ヴォルケードが息を整えている間、炎の雨と<ミツマタオロチ>の首の攻撃を必死で避け続ける。
正直、自分からは打つ手がない。
状況を打破するには、何かしら変化を起こさなくてはいけなかった。
「お侍さん! 今からあたくしが3つ首さんの弱点を探ります! そしたらブスッとお願いしますね!」
「なにっ? どういう事であるかッ!?」
拙者の問いに答えず、ヴィヴィは額を両手で覆い隠した。
そしてその場に膝をつく。
バカなっ。
この状況で足を止めては命の危険が――――!
焦る拙者の気持ちとは裏腹に、ヴィヴィはゆっくりと呪文の詠唱を始めた。
「瞳を開けて、瞳を開けて、ここは光り輝く偽りの空。私は真実を願う者。開け!<
額を覆うヴィヴィの手から漏れ出す光。
その光が収まり、抑えていた手を外した時、そこにあったのは先程までなかったはずの第三の目で――――。
「いかんっ! ヴォルケ―ド殿、頼むのであるッ!」
「ギャギャギャギャギャギャギャギャ!!」
立ち止まったヴィヴィに<ミツマタオロチ>が狙いを定めた。
振り上げられた首に、これまでで最速の連射速度で火球が吐き出される。
炎の集中砲火を受けた首は、さすがに耐えかねたのか振り下ろされることはなかった。
だが、炎の向け先を<ミツマタオロチ>にしてしまえば、敵のトカゲ族から相殺できない炎の雨が――――。
「――こないであるな?」
不思議に思って視線をやると、先ほどまで相対していた火傷痕のトカゲ族は、もの凄い形相でヴィヴィを睨みつけていた。
「その目、トゥアタラ……!」
「まあ博識! そういう貴方は――――わあ! ドラゴンさんです!」
ドラゴンさんと呼ばれたヤケド痕を持つトカゲ族の顔を、さらに別の鱗が覆い始める。
その色は朱。
多くのトカゲ族のような赤ではなく、燃える灼熱のような朱だ。
「ワタシは……アグニャ。アグニャ・ハルベスト」
「ドラゴンさんにも名前があるんですね!」
「――――! ハルベストの名を……覚えてもいないのか、トゥアタラ……!」
ついに全身を覆った朱の鱗。
アグニャと名乗ったトカゲ族の瞳は、燃え上がるかのように真っ赤に染まっていた。
「絶対に許さナい……! 灼き尽くシてヤるッ――――ガアァァァッ!!」
「ぬおぉぉぉ! 熱いであるッ!」
叫び声と共に全身に炎を纏ったアグニャ。
それを解き放つかのように両手を広げると、熱をまとった衝撃波が襲いかかってきた。
肌を焦がす熱波であったが、攻撃にしてはぬるいといえる。
だが再びアグニャに目を向けた時、それはただの力の解放の余波でしかなかったのだと知った。
「カッコいいです!」
「なんと。あの姿はたしかに竜である……!」
アグニャの変化は劇的だった。
全身を覆っている鱗に加え、頭からは角、尻尾まで生えていた。
まさに竜、いや竜人と呼ぶべき姿だ。
纏う威圧感も尋常ではない。
あの闘技場でみせた<英雄皇子>のスキル解放の時のように、身体が震えだす程とはいかないが、あの時よりもずっと近くにいる分、ヒリつく空気の感覚をより感じる。
だがそんな空気を感じることができないのか、足を止めたアグニャに<ミツマタオロチ>が襲いかかる。
地面スレスレを這うように迫っていく石の竜の首。
大きく開かれたその口がアグニャを呑み込もうとして――――。
「邪魔をスるナ――――!」
その頭が粉々に粉砕された。
高速で振り抜かれたアグニャの尾が、たった一撃で石の竜の首から先を刈り取ってしまったのだ。
さすがにそこまでのダメージともなると瞬時に再生とはいかないようで、<ミツマタオロチ>の残った2本の首は怒りの咆哮を上げた。
頭を失った首は動くことなくだらりとしているが、砕かれた石が少しずつ集まっていき再生自体ははじまっている様子だ。
「あれでも再生するのであるか……!」
「お侍さん、真ん中の首の付け根のちょーっと下の方。そこにある核を潰せば倒せますよ!」
「は?」
唐突にもたらされた<ミツマタオロチ>の弱点。
一体どういうことかと視線を向けると、ヴィヴィが走り回りながら自分の額の目を指差していた。
「たった一つの真実見抜くッ! 美少女探偵の目はごまかせないのです!」
「どういう事であるかッ!?」
「うちの家系に伝わる魔道具です! 信頼度100パーセント!」
よくわからないが、弱点の位置が正確だとすると、首が一本動いていない今がチャンスだ。
だがあの圧倒的な気配を持つアグニャに対し、ヴィヴィ一人で立ち向かうことができるのか。
その懸念がヴィヴィにも伝わったのか、こちらの視線に対してヴィヴィが応えた。
「大丈夫です! <
「灰になれトゥアタラ……!」
「よっ、ほっ。当たりませんよー!」
先程とは比べ物にならない数の火球が放たれるが、まるで着弾点が分かっているかのようにその全てを避けて廻るヴィヴィ。
そのうち痺れを切らしたのか、アグニャがヴィヴィに向かって突進していく。
振り抜かれた拳は速度も威力もかなりのものだ。
その証拠に、避けた拳が塔の壁を叩くと凄まじい音が響き渡った。
それを余裕を持って躱したヴィヴィは、バク転を繰り返して軽快に距離を取っていく。
「魔素の流れも、力の流れもぜーんぶお見通し! 動く前から丸わかりです!」
「なら、躱せないほど速ければいいだけ……!」
竜人となると細かい動きができないのか、再びまっすぐ突っ込んでいくアグニャ。
ヴィヴィはまたもやそれを躱すが、先程までの余裕はない。
アグニャの速度が格段に上がっていたからだ。
これはいつまでもつか分からない。
急いで<ミツマタオロチ>の核を潰し、自分も加勢しなくては……!
「とはいえ……、懐に潜り込むのも至難の業である……!」
元々実力が足りていない。
<ミツマタオロチ>は主に再生能力のためにA級指定されているとはいえ、それがなくてもB級相当の強さはあるだろう。
それに<ミツマタオロチ>とてバカではない。
あからさまに自分の弱点に近づいて来ようとする敵に対して――――。
「2本ッ! 2本同時は無理なのであるッ!」
――必死にならないはずがなかった。
これはマズイ!
右へ左へと攻撃を躱し続けるが、この手数はいつまでも避けきれない。
遂には壁側に追い込まれ、2本の首が逃げ場を失くすようにして同時に襲いかかってきた。
「避けきれぬ――ッ! ヴォルケード殿、せめてお主だけでも――――!」
このまま潰されるぐらいなら、せめて手の中のトカゲだけでも逃してやらなくては。
そう思い、ヴォルケードを放り投げようとしたところで、全く予想だにしない声が響いた。
「天晴な心意気でアールッ!! 吾輩感動ッ!!」
「――――は? ぬぐあぁぁ!!」
凄まじい速さで飛び出してきた何かに抱え込まれ、横合いに吹き飛ぶ。
直後、先程まで自分が立っていた場所に<ミツマタオロチ>の首が突っ込んだ。
避けられることは想定外だったのだろう、2本の首が互いにぶつかり合い、削れた石が雨のように降り注ぐ。
ゴロゴロと転がった先で止まると、拙者を横から突き飛ばしたであろう人物が勢いのままに立ち上がり、マントを翻してこちらを見下ろしていた。
「うむ。己が死を前にして、小さき命を生かそうとしたその有り様! 称賛に値するのでアールッ!」
「な、な……! ディ殿……!?」
真っ黒いシルクハットに、黒のマント。
さらに手にはステッキを持ち、くるくると回している。
見知った格好ではないが、その顔は見間違いようがない。
イシスについてから街に入らず野盗稼業にせいを出していた筈の賞金首。
ここ2ヶ月一緒に行動していた旅の仲間。
ディ・ロッリその人である。
果たして何がどうなったら<蜃気楼の塔>の最上階で再会するのか。
というかその口調は一体何なのか。
混乱する頭に、目の前の人物は拍車をかける。
「くはは! 吾輩もはやただのディでは非ず! 武人よ、音に聞いて目にも見よッ!!」
バサリとマントを翻し、両手を掲げて意味もなく空を仰ぐディ殿。
そして大仰に名乗りを上げた。
「吾輩は
ディーリッヒと名乗ったディ殿の右腕にキラリと光る、見覚えのある黒い腕輪。
それを見た時、拙者はなんとなく事態を悟った。
ルッル殿の言う通り、たちの悪さはヴィヴィに負けていないのである…………ッ!
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