第86話 ヴォルケード・ファイアー
口の中に広がる鉄の味。
目くらましにでもなるかと思い、ラスティリザードにそれを吹き付ける。
同時に左前足に力を込めたのが見えた。
左から巻き込んでの尻尾での横撃――。
ラスティリザードが動き出す前に、前方に飛び上がる。
すると数瞬の後に足元ぎりぎりを錆鉄の尻尾が勢いよく通り抜けた。
よし、読みは完璧。
そして完全にこちらに背を向けている状態のその首筋に、体重を乗せて木刀を突き下ろす。
「おらぁ!」
ギギンッ!
金属がぶつかり合う音がし、鉄の外皮に僅かにヘコみをつけた。
だが致命傷には程遠い。
そのままラスティリザードの上に着地し、動き出しを阻害するようにして踏みつけながら、自分は宙返りしながら後ろに距離を取る。
仕切り直しだ。
「まだまだ力まかせだねえ」
戦い始めてからかなりの時間が経過している。
途中、こちらからの攻撃の隙をつかれて何度か尻尾で弾き飛ばされた。
重量のある尾撃で骨にヒビが入ったらしく激しく痛んだが、ポーションを飲んで動ける程度には回復している。
硬い鱗を何回も打ち付けているものだがら握力も限界だ。
しかし体力面に反して、力の流れを読む目はどんどん冴えてきた。
まるで、忘れていた事を思い出していくかのような感覚だ。
随分とスキルに頼りきっていたという事か。
「ひとつ、あんたに残念なお知らせがある」
「うん?」
なんだ、ポーションならまだあるぞ。
「その<
普段と言動が変わらないから分かりづらいがね。と腕を組んでいるヴィオラが歯をむき出しにして笑った。
侵食だって?
フォートの話では自分なのに自分ではない感覚ということだったが、まったくそんな風には感じられない。
むしろ身体の調子は良いぐらいだが。
「相性が良すぎだって言ってるだろう。自分じゃ気づけないレベルで混じり合ってきている。その証拠にほら――」
ヴィオラが指差した先。
僕の腕にある<暗黒リング>から闇色のモヤのようなものが立ち上っていた。
これはフォートが使っていたあの力か?
ということは――――。
「――俺にも出来るのか、<暗黒解放>が」
「やるんじゃないよ。一気に持っていかれるからね」
「力の鼓動を……感じる……!」
「絶対やるんじゃないよ!!」
もちろんやらないさ。
こういうのはそう、いざという時。いざという時なら仕方ないだろう。
くくく、まだ慌てるような時間じゃない。
「修行にはもってこいだったんだが、早まったかねえ……」
ため息を吐くヴィオラを背に、僕は再びラスティリザードに向かっていく。
安心してほしい。
英雄は一回闇落ちしても必ず復活するから!
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「笑止! あたしの火魔法の前にひれ伏すしッ!」
「ギャギャウ~!」
最強の力を手に入れたあたしは、2階層のポイズンリザードを次々と光の粒へと変えていった。
まさに破竹の勢い。
もはやこの階層にあたしを止められる魔物はいなかった。
ふふふ、念願のスキルゲットだし!
「ルッルちゃん楽しそうです!」
「もはや撤退など頭になさそうであるな」
ムーシの見立てによれば、このちみっこトカゲは火の精霊が憑依している大トカゲの子供であるらしい。
本来精霊というものは直接的に世界に影響を及ぼすものではない。
だが、何かを媒介にすれば、限定的ではあるものの力を発揮することができるようになるのだそうだ。
ムーシが<守護者>の力を解放したあたしの装備として一体化するのも同じようなものなんだとか。
精霊は気まぐれに力を貸すことがある為、トカゲに宿っていても不思議ではないのだが――。
「随分と情けない姿になりおってからに。大精霊の名がすたるのじゃ」
「ムーシには言われたくないと思うし」
「この姿は森の王者じゃぞ! 情けなくなどないッ!」
「ギャウギャウ!!」
そう、ちみっこトカゲに宿っているのは火の大精霊だった。
言葉が発せないほどに弱まってはいるが、消滅して精霊石になるほどではない。
このまま時間をかけて過ごしていれば、1年ほどで力を取り戻せるのだそうだ。
「何をしてそんな事になっておるのやら」
「ギャーウギャーウ!」
「こらヴォルケード、暴れちゃだめだし」
「――ちょっと待つのじゃ。なんじゃそのヴォルケードというのは?」
「この子の名前だし」
可愛い名前にするか、かっこいい名前にするか迷ったけど、やっぱり最強の力なんだからカッコいい方がいい。
「おかしいじゃろう! 同じ精霊でなんで我はムーシでそいつはヴォルケードなんじゃ! 見た目でいくならトカーゲじゃろうが、トカーゲ!!」
「ムーシってセンスないし」
「我の名は!?」
ヴォルケードは可愛いし強いのだ。
頭にひっついているだけのムーシとは違う。
まあ道案内として役に立っているけど、一度つけた名前は変えられないし。
「む、階段である。だが2階層の宝箱はまだ見つかっておらぬが……」
「退路など不要だしッ!」
「ルッルちゃんが頼もしくなって、お姉ちゃん嬉しいです!」
「完全に力に呑まれているであるな……」
大丈夫大丈夫。
ヴォルケードの力があれば余裕だし!
うなだれるサスケを引き連れて、あたし達は3階層に足を踏み入れた。
ヴォルケードを構えるあたしが一番先頭を歩き、どんどんと突き進んでいく。
しばらくして遭遇した魔物は、ラスティリザードと呼ばれる錆びた鉄の鱗をまとうトカゲだった。
錆びているとはいえ鉄は鉄。
対策をとっていない冒険者にとっては驚異となる魔物だが――。
「ヴォルケード・ファイアー!」
「ギャウーー!!」
2発、3発と火球を浴びせられ、ラスティリザードは光の粒となる。
「うーむ。実にずるいであるな」
「本来ああいう力の貸し方を大精霊がしてはいかんのじゃ。憑依したトカゲ経由でかつ、力がだいぶ弱まっているからグレーなんじゃぞ。本気を出せば我だって……!」
「虫ちゃん頑張りましょう!」
「やかましいわッ! 誰が虫じゃ!」
3階層もあたしの真の力の名前に敵となる魔物はいないようだ。
中級スキルを持っている人たちってこんな感じなのだろうか。
だとしたらホントずるいと思う。
たまたまスキルを授かっただけでこんな力が使えたら、増長しても仕方がないだろう。
だからといって<敵対者>を差別してもいい理由にはならないけど。
ドレスアーマーの言葉じゃないけど、やっぱり精霊にたまたま与えられた力で優劣が決まるこの世界は、どうしても不公平だ。
今のあたしは世界が壊れてしまえばいいとまでは思えないけど、この在り方が正しいとも思えない。
でも、じゃあどうしたらいいだなんて答えもわからない。
<守護者>なんて望まない力が眠っていたけど、この力で世界を変えようと思わない。
あたしが守りたいのは、あたしに手に届く範囲の人たちだけなんだし。
ともあれ今は目の前の冒険だ。
目指せ最上階だし!
「立ちはだかる敵は全て焼却だー! だし!」
「ルッルちゃんゴーゴー!」
「これでよいのであるかなぁ……」
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4階層。
出てきたのはリザードマン。
軽鎧と盾、片手剣をもっていた。
試しにサスケが戦ってみたが、リザードマンの巧みな剣術と盾の前になかなか攻め込めず。
結局ヴィヴィが砂で目潰しをした隙をついて、辛くも勝利を収めた。
それ以降はヴォルケード・ファイアーにて焼却。
5階層。
ここの敵は強敵だった。
出てきたのは歩く鎧こと、リビングアーマー。
全身鉄の甲冑で覆われたこの魔物は、光魔法以外に弱点がない。
D級の魔物の中では最強格であり、多くのC級冒険者にとっても気を抜ける相手ではない。
だがヴォルケード・ファイアーの連射でなんとか倒せた。
一体倒す毎にヴォルケードがぜえぜえと辛そうにしていたけど、気合だし!
そして6階層。
階段を昇った先は大きな広間になっていた。
天井は高く、窓のひとつもなかったこれまでとは違い、壁の上の方が大きく空いている。
夕陽が沈む時間帯なのだろう、空は僅かに朱を溶け込ませた群青色をしていた。
吹き付ける風もずいぶん冷たくなった。
広間はだいぶ大きさがあるものの、端から端まで見渡せる。
目につくのは中央にある台座。
その上に置かれている宝箱だ。
それ以外には、あたし達が昇ってきた階段とは別の下り階段が2つ。
昇り階段はどこにも見当たらない。
どうやら、ここが<蜃気楼の塔>の最上階であるようだった。
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「ああもあからさまに宝箱が置かれているのは、罠であろうな」
「では開けてみましょう!」
「人の話を聞かんかッ!」
宝箱が置かれてる台座の両脇。
そこにある翼の生えた悪魔の像。
動きますよ、といわんばかりである。
「とりあえず燃やすし?」
「発想が物騒である。だがまあそれもよいか」
「じゃあじゃあ、あたくしが左の像を壊しますから、ルッルちゃん右の像を壊してください! 初めての共同作業ですよー!」
「別々に壊すんだから共同作業でもないし」
「れっつ友情パワー!」
「聞けしッ!」
あたしの抗議の声を無視して、ヴィヴィは懐から砂袋をひとつ取り出した。
一体いくつあるのか。重くないのか。
そんな考えが頭をよぎるが、あの馬鹿力である。
砂袋の10個や20個、大した重さじゃないのだろう。
ヴィヴィのスキル<サンド・コントロール>は砂をほぼ無制限にあやつるレアスキルだが、僅かながらも制限がある。
まず土や石は操れない。
砕いて砂状になれば操れるらしいが、そのままでは無理だそうだ。
まあそれが出来たらほぼ<武帝>の<天地創造>である。
あとはある程度まとまった量がないと操れない。
具体的には両手に盛るぐらいの量が必要だそうだ。
<砂嵐>のように、固まりから分散させる事は可能なのだ。
だが分散したまま固まりに戻さないでスキルを解除すると、その砂は細かすぎてスキルの対象外になる。
2階層でポイズンリザードの毒霧を押し返す時に使った砂は、手元に戻すと毒霧まで戻って来てしまうために廊下の向こうでスキル解除した。
その為に、あの時使った2袋分の砂は再利用できなかった。
あたしとヴィヴィは、それぞれの像に向かって構えをとる。
「いくし、ヴォルケード・ファイアー!」
「ギャウウーー!!」
「<
あたしはヴォルケードのお腹を3度、4度とベコベコとへこませる。
動かない石像に火球がいくつも迫り、そして直撃した。
激しく燃え上がる石像は、しばらくすると首や腕などの細い部分からボロボロと崩れていった。
一方、ヴィヴィが放った砂の刃は一瞬で石像を真っ二つにしていた。
「やったし!」
「どうやらただの石像であったようである」
「あたし知ってます。邪竜の封印には石像が使われたのです!」
「いやいや、それは物語の話で――――」
ゴトリ。
崩れた石像の方向から、何かが動く音がした。
見ると、ヴィヴィが真っ二つにした石像が、ビキビキと音を立てて細かく割れていくところだった。
さらに反対側の焼き崩れた石像も、同様に小石ほどの大きさに割れていく。
そして宙に浮いたその小石が、なにやら模様のようなものを形づくる。
「むっ。召喚の魔法陣じゃ! なにか来るぞ!」
ムーシの警告の声と同時、宙に浮く魔法陣が光を放ち始める。
「封印された8つの首がある邪竜は、その昔に国を一つ焼いたんですよ!」
「不吉な事を言うのをやめんか!」
「風が……! 飛ばされるし――!」
吹き荒れる風。
そして目を開けていられないほどのまばゆい光が辺りを包み込んだ。
光が収まり、目を開ける。
宝箱がある台座の向こう側。
先程まで何もいなかったはずのそこにいたのは――――。
「いち、にい、さん――。どうしましょう!? 首が足りません!!」
「もっと他に心配事があるのであるッ!!」
――巨大な3本の首を持つ、石の鱗を持つ亜竜<ミツマタオロチ>。
強力な再生能力を持つ、A級指定の魔物だった。
D級ダンジョンでこれはずるいし……!
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